ノンテクニカルサマリー

通貨高は輸出競争力に影響を与えるか―日中韓の産業別実質実効為替レート―

執筆者 佐藤 清隆 (横浜国立大学)
清水 順子 (学習院大学)
ナゲンドラ・シュレスタ (横浜国立大学)
章 沙娟 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

日本経済はこれまで何度も大幅な為替レートの変動を経験してきた。最近では2008年9月のリーマン・ショック以降、円の名目為替レートは米ドルや他の主要通貨に対して大幅に増価した。さらにヨーロッパの財政危機の影響を受けて円は一段と増価し、2011年10月31日には1米ドル=75.32円の史上最高値をつけるまでに円高が進行した。しかし、2012年末には円高の流れが変わり、2013年に入ってからは大幅な円安に転じている。日本企業は円安の恩恵を受けて営業利益が改善の兆しを見せているが、果たして日本企業は円安へと転換したことで世界市場での輸出競争力を改善させているのだろうか。

日本企業の輸出競争力を考える場合に、海外の競争相手の為替レートの変化も考慮する必要がある。たとえば2007年までウォン高の水準にあった韓国では、リーマン・ショック以降急激にウォン安へと転じた。この大幅なウォン安水準によって韓国企業は輸出価格競争力を大きく改善させた可能性がある。この世界金融危機の時期に中国は自国通貨と米ドルとの連動を高めて、為替レートの安定を図った。日中韓を例にとれば、3国はまったく異なる為替レートの変動を経験した。こうしたアジア通貨の変動は、アジア各国の輸出競争力に少なからず影響を与えると考えられる。

本稿は、2005年以降の日本、中国、および韓国の産業別実質実効為替レートのデータを構築することにより、3カ国のそれぞれの産業の輸出価格競争力がどのように変化しているかを検証した。その結果、産業別実質実効為替レートの水準は各国で産業ごとに大きな違いがあることが確認された。国別でみると、中国の実質実効為替レートが全体として緩やかな上昇(人民元高)傾向を示しているのに対して、円とウォンはリーマン・ショック前後で大幅な変化をみせている。

そこで、円とウォンに着目しよう。まず、円の実質実効為替レートを産業別にみると、電気機械産業において実質実効為替レートが最も円安の水準にあるのに対して、自動車に代表される輸送用機器の実質実効為替レートは全産業の平均値よりも高い(円高の)水準にあることがわかった。これは日本の電気機械産業が高い輸出価格競争力を持っていることを示唆しているようにみえるが、実際には必ずしも輸出価格競争力が高いわけではない。日本国内の産業間で実質実効為替レートの水準を比較するのではなく、海外の競合相手との比較が必要である。

日本の電気機械産業の競争相手である韓国の同産業の実質実効為替レートをみると(図1)、ウォン高局面であった2005~2007年において同産業の実質実効為替レートは大幅な低下をみせている。リーマン・ショック直後に一度60を突破して50に迫る水準まで低下(減価)した後、ほぼ60付近を推移して現在に至っている。2013年に入ってからの円安の進行によって、日本のすべての産業は実質実効為替レートを低下させているが、最も低い水準にある日本の電機産業でさえ、3月後半においても71~72の水準にとどまっている。60付近を推移する韓国の電機産業との差は依然として大きい。日本と韓国を比較すると、輸出価格競争力の面で韓国の電気機械産業の方が圧倒的に優位な状況にあることが確認できる。

さらに、どのような要因が日本と韓国の輸出価格競争力の差を生み出しているかを分析するために、産業別実質実効為替レート変動の要因分解を行った結果、韓国では2005~2007年のウォン高期に電気機械産業の国内生産者物価が大幅に低下しており、その結果、ウォンの実質実効為替レートが同産業で大幅に低下(減価)していることが明らかになった。これはウォン高を経験した韓国電機メーカーが、他国と比べて生産コストを大きく低下させ、輸出価格競争力を向上させた結果だと解釈できる。その後、2008年9月以降の大幅なウォンの名目為替レートの減価によって、韓国電機メーカーは圧倒的に大きな価格競争力を手にしたと考えられる。日本の電機メーカーも2008年9月以降、生産者物価指数を相対的に大きく低下させ、輸出価格競争力を高めている。しかし、韓国との差は容易に縮まっていない。さらに、2007年まで相対的に円安水準にあった時期に、日本の電機メーカーは大規模な設備投資を国内で行い、過剰な供給能力を抱え込んでしまった。リーマン・ショック後の金融危機の拡大によって、欧米の需要は減少し、名目ベースで円が大幅な増価となるなど2重のショックに見舞われた。

このように、産業別実質実効為替レートのデータを用いて国際比較を行うことで、従来の為替レート指標では分析できなかった、産業レベルでの輸出価格競争力の違いを分析することができる。同データは経済産業研究所のホームページで公開しており、日次のデータが利用可能である。為替レートは日々変動しており、わずか数日間で大幅な変動を示すこともある。そうした変化をタイムリーに捉える指標として、産業別実質実効為替レートのデータを経済分析だけでなく、企業の為替戦略や投資判断などに役立てて頂きたい。

図1:韓国の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年3月22日)
図1:韓国の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年3月22日)
注)2005年1月3日のデータを100に基準化して作成。実質実効為替レートの上昇は韓国ウォン高(増価)を、低下はウォン安(減価)を示す。