ノンテクニカルサマリー

アジア域内の中間財貿易と産業別為替レート

執筆者 佐藤 清隆 (横浜国立大学)
清水 順子 (学習院大学)
ナゲンドラ・シュレスタ (横浜国立大学)
章 沙娟 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

アジアにおける中間財貿易はグローバルなサプライチェーンの拡大と垂直貿易の進展を受けて、2000年代中頃から急速に拡大してきた(図1)。このアジア域内での中間財貿易の拡大は、アジア諸国の域外への最終財輸出と非常に似た動きをみせており、アジア域内に展開するフラグメンテーションや部品・中間財の工程間貿易が世界的な最終財需要に牽引されていることを示唆している。本論文が取り扱うのは、こうした世界の最終財需要に加えて、アジア域内の為替レートの変動が域内貿易の拡大にどのような影響を及ぼしているかという課題である。さらに、域内の為替レートの変動の影響が産業ごとに異なるか否かという課題にも焦点を当てて分析している。

2008年9月のリーマンショックに端を発した世界的な金融危機は、アジア通貨に対して非対称な影響を与えた。対ドル相場で急騰した日本円、急落した韓国ウォン、ドルとの連動性を高めた中国元など、その影響はさまざまであり、結果としてアジア各国間の為替レートのボラティリティ(変動性)は高まった。こうした為替レートの変動が、アジア域内に拡大した工程間貿易にどのような影響を与えるかはアジア諸国にとっても重要な課題であり、これまでにも少なからず先行研究があるが、本稿の分析は以下の2点において先行研究との差別化を図っている。

第1に、為替相場として二国間の産業別実質為替レートを用いて分析を行った。アジア10カ国の産業別の生産者物価指数を収集し、産業別の実質為替レートを計算した点が、先行研究にはない新しい試みである。産業別実質為替レートのボラティリティが日本を含むアジア10カ国の中間財貿易にどのような影響を与えるかという分析課題を、2003年から2010年というリーマンショックを含むサンプル期間のデータを用いて明らかにした。第2に、アジア域内で発達した垂直産業内貿易によって製造された完成品は、米国や欧州などの域外諸国を最終消費地として輸出されている。この「三角貿易」では、最終消費地の需要の増減も域内の中間財貿易の重要な決定要因となっている可能性がある。したがって、域外諸国への最終財輸出も説明変数として追加することにより、世界的な需要の変化を考慮した上で、実質為替レートの変動が域内の中間財貿易に与える影響を産業別に把握することが可能となる。

実証分析の結果、以下の2点が明らかになった。第1に、最終財輸出に対する世界需要はすべての産業においてアジア域内の中間財貿易に有意に正の影響を与えている。この結果は、国際的な金融危機による欧米経済の不振がアジアの中間財貿易にも深刻なマイナスの影響を与えていることを示しており、図1のデータとも整合的な結果である。第2に、産業別実質為替レートのボラティリティは一般機械および一部の電気機械産業における中間財貿易においてのみ有意に負の影響を与えているが、その他の電気機械産業と輸送機器産業での影響は確認されなかった。

実質為替レートのボラティリティの影響が産業毎に異なる理由として何が考えられるだろうか。第1に、各産業の主要品目の製品差別化の程度が違うことから、たとえば競争力のある財を輸出する企業は輸入相手に為替レート変動のリスクを転嫁しようとする状況が考えられる。この想定のもとで為替レートのボラティリティが高まると、輸入企業は為替リスクを嫌って取引を減らす可能性がある。他方で、他国と激しい競争に直面している財の場合、輸出企業は為替レートの変動にもかかわらず為替リスクを輸入者側に転嫁することは難しい。輸入企業の直面する価格は容易に変化せず、実質為替レートのボラティリティは貿易量にマイナスの効果を与えない可能性がある。第2に、中間財貿易を主に企業内貿易で行っている企業と、そうではない企業とでは、実質為替レートのボラティリティが与える影響は異なるだろう。たとえば、上述の実証結果が示す通り、輸送機器産業のように企業内貿易、あるいは系列子会社相手に中間財貿易を行っているのであれば、為替変動が与える影響は少ないと考えられる。

仮に電機機械産業や輸送機器産業が実質為替レートのボラティリティの影響を受けない理由が企業内貿易の拡大にあるとすれば、それはアジアにおける最適な為替レート制度の選択を考える上で重要な示唆を与えると思われる。アジアの生産ネットワークが企業内貿易を中心に広がることによって、為替レートの変動と関わりなく実体経済面での統合が進むことを意味するからである。また、企業内貿易を行っていない産業においても、アジアに安定的な中間財貿易を拡大するためには、将来的に円とアジア通貨の実質為替レートのボラティリティを下げる為替や金融の協調政策が必要となろう。

図1:アジア諸国の中間財貿易と最終財貿易(1995-2010年:10億ドル)
図1:アジア諸国の中間財貿易と最終財貿易(1995-2010年:10億ドル)
注)アジア10カ国(中国、インドネシア、インド、日本、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾)の機械輸出(ISIC 2桁分類の29から34)に基づいて、「アジア域内の中間財貿易」と「域外への最終財輸出」のデータを作成。
出所)OECD STAN databaseに基づいて筆者作成。