ノンテクニカルサマリー

輸出市場への参入と障壁―産業間と企業間の異質性

執筆者 Anders AKERMAN (ストックホルム大学)
Rikard FORSLID (ストックホルム大学)
大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

近年、企業の異質性を考慮した貿易理論(いわゆる「新新貿易理論」)の分析が発達し、実証研究も盛んにおこなわれ、国際貿易に関する新しい知見が多く明らかになってきた。生産性の高い企業ほど輸出しやすいことはよく知られている。しかし、産業間でその度合いは異なる。企業の異質性だけでは十分分析できない面もあり、その1つが「産業の異質性」である。この論文では企業の異質性とともに産業の異質性も分析した。とくに、輸出市場の浸透のためのマーケティングコストの産業間の違いに注目した。たとえば、市場での宣伝広告売上比率や販促費、マーケティングコストは産業間で大きく異なり、輸出企業の直面する輸出関連費用は産業により大きく異なる。

本論文では、理論研究の結果、(1)宣伝広告比率が高い産業ほど輸出の平均生産性が高くなる、つまりセレクション効果が強くなる、(2)市場の大きさが大きくなればなるほど、条件により輸出企業の平均生産性は低くなったり、高くなることがある、ということが分かった。次に、スウェーデンの企業データを用いて、日本市場に輸出するケースを実証分析した。

以下の図はスウェーデンの日本への輸出企業の生産性の分布を示したもので、広告宣伝集約度や販売促進費集約度の高いセクターと低いセクターとで分けて生産性分布を示したものである。結果、日本への輸出企業は集約度の高い産業の生産性分布が低い産業に比べて有意に上回っていることが分かる。

図:スウェーデンにおける対日本輸出企業の生産性分布
(点線:広告・販売促進費非集約的産業の分布、実線:集約的産業の分布)

図:スウェーデンにおける対日本輸出企業の生産性分布(点線:広告・販売促進費非集約的産業の分布、実線:集約的産業の分布)

政策的インプリケーションとしては第1に企業の異質性だけではなく、「産業の異質性」も企業の輸出行動を考えるうえで非常に重要である。個々の企業の生産性だけではなく、輸出市場への浸透度合い(浸透しやすさ)も重要である。第2に政府の中小企業支援政策では、個々の企業の生産性やポテンシャルを考慮することはもちろんのこと、セクター自体を選ぶ必要があると思われる。1つの指標としては実際輸出した際に現地市場でどれだけ浸透しやすい産業であるかがあげられる。これに関連して、海外市場に浸透しにくい産業では多くの宣伝広告や販売促進費を要するため、政府がいくら中小企業支援や輸出振興を積極的に行っても、うまくいかない可能性が高い。したがって、一種の「市場の失敗」が生じる可能性がある。第3に関税などの従来の貿易障壁よりも、むしろ広告宣伝や販売促進費用が輸出に対して非常に重要になってきている。言い換えれば、従来の貿易政策よりも市場の顧客のニーズや満足度が市場の障壁となっているともいえる。少なくとも日本市場への輸出ではこの傾向が顕著である。

なお、本論文の分析はスウェーデン企業の日本市場に対する輸出を分析したものであり、分析結果は限定的な可能性もある点にも注意すべきであり、今後より一般化した研究が待たれる。