ノンテクニカルサマリー

イノベーション創出に向けた「縁結び」と「絆の深化」:音楽産業の価値創造ネットワーク

執筆者 井上 達彦 (ファカルティフェロー)
永山 晋 (リサーチアシスタント)
研究プロジェクト 優れた中小企業(Excellent SMEs)の経営戦略と外部環境との相互作用に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「優れた中小企業(Excellent SMEs)の経営戦略と外部環境との相互作用に関する研究」プロジェクト

問題背景

近年、コンテンツ産業の一角をなす音楽産業は、配信メディア、ソーシャルメディア、スマートフォンなどの台頭によって、世界的に既存のビジネスモデルが通用しなくなってきている。さらに日本では、ごく一部のアーティストの活躍が市場を支えているだけで、多くのアーティストはヒット輩出に苦しんでいる。そのため、レコード会社などの音楽ビジネスにかかわるプレイヤーは、収益力の低下から新人アーティストの育成・輩出が困難な状況に陥ろうとしている。コンテンツ産業において、新人アーティストやクリエイターの輩出は、製品イノベーションとも捉えられており、新人を生み出す土壌を失うと、将来的に産業自体が立ち行かなくなる恐れがある。

こうした状況を打破するため、価値を生み出すうえで必要不可欠なプレイヤー同士のネットワークを活性化し、イノベーションを促進するためには、いかなる施策が効果をもたらすのだろうか。企業間関係を分析対象とするネットワーク研究によれば、イノベーションの創出には新たなプレイヤーとの「縁結び」が適しており、経済的な価値創出には既知のプレイヤーとの「絆の深化」が適しているという。

しかし、これまでの研究では、取引相手によってビジネスモデルが異なる場合の「縁結び」や「絆の深化」がもたらす効果、また、その関係構築のメカニズムについての実証研究は限られており、既存理論を今後の施策に応用するには不十分である。

音楽産業の価値創造ネットワークは、楽曲制作にかかわるレコード会社とプロダクションとの「制作関係」と、著作権の分有にかかわるレコード会社と音楽出版社との「投資関係」という2つの関係によって構成される。そのため、それぞれの関係において「縁結び」と「絆の深化」の関係構築のパターンがあり、下図のように4つに分類できる。それぞれの関係構築がイノベーションや価値創出に与える影響、そして企業を取り巻く環境の変化による関係構築のパターンの違いを知ることができれば、施策を検討する際の助けとなるはずである。

そこで、本研究は、日本の音楽産業のレコード会社、プロダクション、音楽出版社という異なるビジネスモデルを有するプレイヤーの価値創造ネットワークに着目し、次の2点の調査課題について定量分析で明らかにすることを試みた。1点目は、作品のヒットの不確実性の変化に応じた、縁結び、絆の深化の構築パターンの違いを、制作関係、投資関係についてそれぞれ明らかにすることである。2点目は、イノベーションと楽曲の価値創出に対して、各関係構築が果たす役割について明らかにすることである。

図:音楽産業の価値創造ネットワークにおける制作関係と投資関係
図:音楽産業の価値創造ネットワークにおける制作関係と投資関係

推定結果

日本の音楽産業における1977年から2004年の28年間のパネルデータを用いた分析の結果、不確実性の変化に対する関係構築の影響は、制作関係と投資関係では、一定のコントラストがみられた。これは、各プレイヤーのビジネスモデルの背景にある経済合理性が異なるためである。

ヒットが安定的に生み出せないような不確実性が高い時期は、新規のプロダクションとの制作関係の縁結びは難しくなるが、既知のプロダクションとの制作関係の絆は深まりやすい。これは、プロダクションがアーティストという「ヒト」をビジネスとして扱うことから、長期的人間関係を重視する「ヒトの論理」が経済合理的となるためだと考えられる。ヒットを生み出しにくい苦しい時期こそ、既知のプレイヤーとの絆を深めることが大切になる。一方、音楽出版社との投資関係では、不確実性が高くなると、縁結び、絆の深化がともに控えられてしまう傾向にあった。音楽出版社は、発売して短期間で価値が落ちてしまう楽曲をビジネスとして扱うため、その場その場の短期的投資収益を追求する「カネの論理」の発想が経済合理的となるためだと考えられる。

また、新人アーティスト数で測定された製品イノベーション創出には、新規のプロダクションとの「縁結び」が適しており、楽曲の経済的価値を高めることについては、既知の音楽出版社との「絆の深化」が適していることも明らかとなった。

図:分析結果の全体像
図:分析結果の全体像

政策含意

現状のコンテンツ産業に対する政策は、コ・フェスタという企画のもとに、商談会・ショーケースを定期的に政府が主催するというものである。その狙いは、異業種とのコラボレーションの活性化と国際展開を念頭に置いた企業同士の縁結びの場を用意するというものだ。これらの施策の効果をさらに加速するためにも、われわれの分析を踏まえた政策含意として、支援のタイミング、関係構築に巻き込むプレイヤー、成功モデルの提示の3点について提言したい。

1点目は、現状のコ・フェスタのような縁結びの場は、収益モデルが安定化した時期こそ重要ということである。仮に、安定的な時期になればもう十分なので支援は不必要という発想は危険である。安定的な時期こそ縁結びは実現しやすく、この時期に次なる製品イノベーションの種を撒いておかなければ、新たに変化が生じた際に有力なコンテンツがない、という状況を招く恐れがある。

2点目は、その時代ごとに、楽曲価値の向上に適した手段が提供できるプレイヤーを、権利分有のネットワークに巻き込むことが肝心ということである。音楽産業の現況を鑑みれば、近年市場規模が拡大しているライブの制作会社や、ソーシャルメディアを活用できる企業がこれに当てはまるのかもしれない。映画産業では既に製作委員会方式を通じてこの方法をとっており、配給会社だけでなく、玩具メーカーや、DVDを発売する企業が共同で映画の制作費を投資し、権利を分有している。ただし、こうしたやり方を持ち込む場合、権利関係の複雑化の問題を解消するための権利体系の整理や仕組みも新たに検討しなければならないだろう。

最後は、いち早く有効なビジネスモデルを提示することである。有効なモデルが提示できれば、業界にもそのモデルの模倣を通じて、また新たなイノベーションが生まれる。特定のモデルを追求すればよいという指針があることで、不確実性の受け取り方も緩和する可能性もある。これが間接的に縁結びの促進につながるかもしれない。これまでも音楽産業は、新たなメディアが現れるたびに、そのメディアに適合したビジネスモデルを持ち込んだプレイヤーが現れ、業界全体で模倣が起こり、ビジネスモデルが鍛えられ、産業が活性化していくという歴史を繰り返してきたからである。