ノンテクニカルサマリー

プロダクト・イノベーションにおける波及効果と戦略的関係-わが国のイノベーション政策への示唆-

執筆者 五十川 大也 (東京大学)
大橋 弘 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 新しい産業政策に関わる基盤的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「新しい産業政策に関わる基盤的研究」プロジェクト

わが国を含む先進国の厳しい財政事情のなか、持続的な経済成長を実現するために、民間部門が行うイノベーションに対する期待が高まっている。とりわけ近年において理論・実証の両面からその経済的重要性を示す分析結果が蓄積されるなか、新たな付加価値を創出し、社会的な課題解決にも資するようなプロダクト・イノベーション(新製品・新サービスの市場投入)への政策的な関心が高いように見受けられる。

先行研究では、イノベーションには正の「波及効果」が存在することから企業がイノベーションの成果を専有できず、従ってイノベーションに対する誘因は社会的に過小になるとの指摘がなされている。他方で、企業のイノベーションが市場において競合他社の顧客を奪うような効果を持つ場合、イノベーションにはある種の負の波及効果を持ちうる。加えて、企業間の動学的な相互依存関係もイノベーションの波及効果と密接に関係している。ある企業がイノベーションを実現した場合、競合他社のイノベーション活動に影響を与えることで、競争他社の利潤が変化しうるからだ。イノベーションに係る政策を考えるときには、以上のような複雑に関係し合う波及効果がもつ経路を統合的・総合的に勘案した分析が望まれる。

本稿では、文部科学省 科学技術政策研究所が2009年に実施した「第2回全国イノベーション調査」を用いて、わが国におけるプロダクト・イノベーションの波及効果を定量的に評価し、それを踏まえた政策効果の推定を行った。ここではイノベーションに係る政策の中でもとりわけ補助金による公的な助成に焦点を当てている。構造推定とシミュレーション分析を基礎としたアプローチによる本稿の定量分析から以下の3点が明らかになった。

第1は、民間企業のプロダクト・イノベーションには技術的な波及効果が存在し、その影響は競争激化による負の波及効果を上回っている点である。合わせてプロダクト・イノベーションを既に実現している企業の方が技術的波及効果の恩恵を強く受ける傾向があることも示された。第2に、イノベーション活動への公的助成はプロダクト・イノベーションを活発化することを通じて社会厚生を増大させうる点である。補助金の形での公的助成による便益(企業価値)の上昇幅は配分された補助金の1.4倍程度となることがわかった。最後に、現状の補助金配分は必ずしも効率的に行われていない可能性が示唆された点だ。補助金を受けた企業のうち4割程度は、仮に補助金を受給しなくともイノベーション活動を実施したであろうことが定量分析の結果から推測された。

本稿の結果から、民間企業のプロダクト・イノベーションには正の波及効果が存在し、公的助成を通じたイノベーション活動への政策的関与が有効に機能する可能性が示唆された。しかし同時に現行の補助金配分には見直しの余地があることも明らかになった。イノベーション競争のグローバル展開やわが国の厳しい財政事情を踏まえると、限られたリソースをいかに有効に活用して民間企業のイノベーション活動を支えていくかが重要な視点となる。本稿は、わが国における補助金を通じた公的助成の効果・検証を産業組織的な観点から定量評価した最初の研究と考えられ、今後のイノベーション政策を考える上での1つの視座を提供するものと評価される。

表:シミュレーション結果(注)表:シミュレーション結果
(注)3年間の合計を各市場で平均した値。現状の公的助成に対応する補助金配分と公的助成が全くないという仮想的な設定のもとで、シミュレーション分析を行った結果である。「有効な公的助成」とは、公的助成がなければイノベーション活動を実施していなかった企業に配分された補助金を意味する。