ノンテクニカルサマリー

現代・起亜自動車の合併に関する定量的評価

執筆者 大橋 弘 (ファカルティフェロー)
遠山 祐太 (東京大学)
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト

グローバル化が進む経済環境の中で、「国際競争力」の観点から企業合併が注目されている。産業構造ビジョン(経済産業省 2010)においては、わが国の産業構造の行き詰まりの一因として同一産業内に多くの企業が存在している点が指摘され、政府主導で産業集約を行った成功事例の1つとして1998年12月に韓国にてなされた現代自動車による起亜自動車(97年に経営破綻)の買収が取り上げられた。合併当時の業界第1位と第2位との合併は韓国乗用車市場で60%以上のシェアを占めるビックディールであった。合併審査過程において韓国公正取引委員会は国内市場における競争制限性の蓋然性を認めたものの、産業の合理化および「国際競争力」強化によって海外輸出が促進されるとの判断から当該合併を最終的に承認する判断を下した。

本稿では、現代自動車と起亜自動車の合併が韓国の国内および輸出市場に与えた影響を産業組織論の分野における推定・シミュレーション手法を用いて明らかにした。企業合併は、経済厚生の観点から効率性向上効果と競争制限効果との相反する2つの効果が併存することが知られているが、本稿ではこれらの効果が国内・輸出市場において発生するメカニズムを明らかにするとともに、その定量的な評価を行ったものである。

まずデータの予備的分析において、現代・起亜合併後に韓国国内自動車市場における実質販売価格が上昇した点と共に、通貨危機後の経済回復に伴って販売車種も高級化した点を確認した。つまり、現代・起亜合併後の価格上昇が必ずしも競争制限効果に基づいていない可能性がある。

次に車種レベルの市場データを使って推定を行ったところ、当該合併によって現代・起亜自動車における車種別の限界費用は8.4%低下したことが分かった。つまり当該合併において効率性を大きく向上させる効果が見出された。この効率性向上効果は、合併前に輸出が行われていなかった大型車については国内市場の価格を下落させるものだったのに対して、合併前から輸出がなされていた軽・小型車および中型車(国内販売台数シェア70%)については国内価格にほとんど影響を与えることはなく、効率性向上効果の大部分は輸出の拡大にのみ貢献したことが判明した。韓国自動車市場においては、軽・小型車および中型車のシェアが高いことから、当該企業合併は平均的には国内市場の販売価格を1%ほど上昇させ、輸出を倍増させる効果があった。また合併によって、韓国における社会厚生は約9%上昇し、そのうち輸出から得られた企業利潤の増加が8割以上を占めると推定された。

本稿における現代・起亜自動車のケースステディを通じて、企業合併が国内において画定された一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなっても、合併による効率性向上効果が輸出の拡大を生むことによって、経済厚生を増大しうる点が明らかになった。本合併が仮にわが国の企業結合審査にかかった場合には、合併が承認される可能性が小さい案件と見込まれるが、韓国においては「当該企業合併が産業の合理化もしくは国際市場における競争力の強化に資するのであれば、これらの効果が競争制限効果を上回る限りにおいて合併が認められる」(当時の韓国独占禁止法3章7条1項および同法施行令13条および14条)があることによって、当該合併が承認された。

本稿における結論は、消費者余剰基準に基づく企業結合規制の問題点を明らかにするだけでなく、海外事業活動の活性化が企業結合の経済厚生に与える影響として看過できない点を指摘しており、現行のわが国における企業結合審査に対して新たな論点を提起するものである。なお当該合併においては、国内における競争の実質的制限が見られるにもかかわらず、合併によって増加した利潤の8割以上は輸出活動から得られていることが推定の結果明らかになった。つまり国内市場において超過利潤が存在するものの、その利潤が海外市場へ移転されているわけではない。

表:現代自動車・起亜自動車の合併(1998)の経済厚生
表:現代自動車・起亜自動車の合併(1998)の経済厚生
注:合併有は1999-2009年までの実績値(11年間の合計値)。合併無は同一時期において現代・起亜の合併がなかった場合の仮想現実におけるシミュレーション値(11年間の合計値)。なお単位は10億ウォン(1996年基準価格)