ノンテクニカルサマリー

電力供給と産業構造

執筆者 佐藤 仁志 (研究員)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

東日本大震災に端を発する電力供給構造の変化が産業に及ぼす影響が懸念されている。本稿は、電力供給能力が製造業の生産と貿易に長期的にどのような影響を与えるかを考察するため、GDP関数から導出される産業の生産シェアをOECD15カ国、12の製造業部門のパネルデータ(1990-2008年)を用いて推計した。主たる結果は以下のとおりである。

  • 生産性を加味した電力供給能力(以下では「実効電力供給」と呼ぶ)の変化が産業の生産シェアに与える長期的な影響は、方向性、大きさ共に産業によって異なる。
  • 方向性については、12の産業のうち7の産業で負の影響となった。影響が負となった産業には電気機器、輸送機器、一般機器が含まれるが、日本では他の先進国に比べ、これらの産業がGDPに占めるシェアが高い。これは実効電力供給の低下が、日本の比較優位を幾分か弱める可能性があることを示唆している。
  • 大きさについては、いずれの産業も産業自身のTFPの変化の影響に比べると小さい。推計結果に基づく実効電力供給の生産弾力性は、ほとんどの産業で産業自身のTFPの生産弾力性の半分から3分の1以下の大きさである(下表参照)。ただし、日本の製造業における近年のTFPの成長が鈍かった点を考えると、電力供給制約の影響が負に働く産業では長期的には生産が低下することも懸念される。
  • 被説明変数の1期ラグを説明変数に加えたダイナミック・パネル推計では、生産要素や実効発電供給の係数は多くの産業で小さくなるか統計的な有意性が低下した。これは、実効発電供給の変化も資本や労働といった生産要素の賦存量の変化と同様、長期に本格的な影響が出ることを意味する。一方、TFPが生産に与える影響は短期から比較的よく現れる。
  • なお、産業自身のTFPの変化が生産シェアに与える影響が生産要素の賦存量や実効電力供給の変化が与える影響より大きいという結果は、生産や貿易の特化においては、リカード的な要素(生産性の差異に基づく比較優位)の方がヘクシャー・オリーン的な要素(生産要素の賦存の差異に基づく比較優位)よりも強く働くことを示唆している。

以上の結果を踏まえると、次のようなことがいえるだろう。

  • 電力供給制約が産業の生産に与える影響は、従来強調されてきた素材型産業ばかりでなく、より広範囲の産業にも同程度に及ぶ可能性があることに留意すべきである。
  • 電力供給制約の影響は短期ではなく、生産要素の部門間異動などの調整過程が進んだ長期により強く現れる傾向がある。一方で、産業の生産性の改善の効果は短期から生産の増加として出やすい。したがって、各産業における生産性の改善が継続的に果たされれば、電力供給制約の負の影響が大きく現れないまま推移する可能性もある。
  • しかし、電力事業の環境変化は明らかであり、現在の電力供給制約に関しては電力供給産業の在り方の見直しや技術開発と普及によって供給の効率性を上げることで対応していくことが重要である。
  • これらの点を踏まえ、政府は今夏に予定される電力制度改革案などを通じて、電力需給の効率化に精力的に取り組むべきである。それには、技術的な改善や電力市場自由化の促進などさまざまなことが含まれるだろう。一方で、個別企業の生産性改善の努力を妨げることがないよう、政府の堅実な経済政策の運営が望まれる。
表:生産の弾力性
表:生産の弾力性