ノンテクニカルサマリー

購買力平価に基づくAMU乖離指標及びバラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)
王 志乾 (一橋大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

1997年に東アジア諸国経済はアジア通貨危機を経験した。事実上のドルペッグ為替相場制度と債権債務上の通貨・期間のダブル・ミスマッチが通貨危機を引き起こし、深刻化した。アジア通貨危機の教訓から、域内為替相場のミスアライメントを防止するため、東アジア諸国の通貨当局は域内為替相場のサーベイランスを行う必要がある。

それを実現するために、共通の通貨バスケットから構成される地域通貨単位を指標としてそれを参照しながら為替相場の動きを監視する提案がなされていた。多様な手法で通貨バスケットが構成される中、ASEAN+3各国の通貨を用いて作られた米ドル・ユーロ建ての共通通貨バスケット単位AMU(Asian Monetary Unit)およびAMU乖離指標(AMU Deviation Indicators)は東アジアにおける地域通貨協力に役立つと思われる。一方、AMUとAMU乖離指標のデータが10年以上の蓄積となってきたことから、ベンチマーク為替相場の構造的変化を考慮に入れる必要が出てきた。そこで、新たにベンチマーク為替相場の決定要因として購買力平価を想定して、購買力平価に基づくAMU乖離指標を計算した。また、購買力平価を計算する際、データの制約から、非貿易財価格を含む消費者物価指数を用いらざるをえないため、バラッサ・サミュエルソン効果が伴う可能性がある。さらに、東アジア諸国の貿易財部門における高い生産性を配慮し、購買力平価に基づくAMU乖離指標に加えて、バラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標(以下単に修正AMU乖離指標)を提示した。

実証分析の結果、相対的にインフレの高い国の通貨は、従来の名目AMU乖離指標に比べて、修正AMU乖離指標は過大評価となる傾向がある一方、相対的にインフレの低い国の通貨は、従来の名目AMU乖離指標に比べて、修正AMU乖離指標は過小評価となる傾向があることがわかった。さらに、各国通貨の修正AMU乖離指標の動きに焦点を当てると、2000年代の半ばから、各国通貨の修正AMU乖離指標の乖離幅は拡大する傾向が確認された。たとえば、インフレ率の高い国インドネシアでは、ルピアにおける過大評価は長い間に続いていることがわかる。特に、2005年の後半から、リーマン・ショックの直前まで、その過大評価は50%にも達していた一方、デフレ気味の日本においては、円における修正AMU乖離指標が2002年あたりから過小評価の状況が続き、リーマン・ショックの直後に30%の過小評価にも達していた。図1に示すように、東アジア諸国通貨が最も過大評価となっていた通貨と最も過小評価となっていた通貨との間で70%以上の乖離が示されている。

このように通貨と通貨との間に発生するミスアライメントはマクロ経済変数の安定化を図ろうとする東アジア諸国にとって、早急に対処しなければならない。修正AMU乖離指標は、データの制約があるために月次ベースでしか計算できず、しかも1年以上のタイムラグを伴う欠点があるが、従来の日次データの名目AMU乖離指標と共に用いることにより、東アジア諸国通貨の為替相場に対するモニタリング、域内為替相場のミスアライメントに対する早期発見、さらに為替相場政策協調のための補完的な指標となることが期待される。また、実質GDPや経常収支のような実物経済変数に対する為替相場の効果を考察する場合には、名目AMU乖離指標より修正AMU乖離指標のほうが適切である。

図1:バラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標
図1:バラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標
(注)JPY:日本・円、CNY:中国・人民元、KRW:韓国・ウォン、SGD:シンガポール・ドル、IDR:インドネシア・ルピア、THB:タイ・バーツ、MYR:マレーシア・リンギット、VND:ベトナム・ドン、PHP:フィリピン・ペソ
(出所)筆者による。