ノンテクニカルサマリー

双子のデータを用いた教育の収益率の推計

執筆者 中室 牧子 (東北大学)
乾 友彦 (日本大学)
研究プロジェクト サービス産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業生産性」プロジェクト

教育の収益率とは、1年追加的に教育を受けた場合賃金がどの程度上昇するかをあらわす。経済学では教育を投資と考えるため、教育の収益率とは教育投資に対する平均的な利回りであると考えてよいだろう。教育への投資の一部は、政府が担っているから、教育の収益率を計測することは政策的に非常に重要である。しかし教育の収益率の推計は簡単なことではない。教育の収益率の推計は、簡単にいうと賃金と教育年数の関係を線形であると仮定して、その傾きを推計することである。教育年数が増加すれば賃金が増加するという関係を想定するだろうが、この関係が逆であるという指摘がある。学歴が高い人のほうが賃金が高いのではなく、賃金が高いような生まれつき能力の高い人が高学歴であるという可能性だ。

しかし、この「生まれつきの能力」をコントロールすることは技術的には非常に難しく、日本でこれまで生まれつきの能力をコントロールしつつ、教育の収益率の推計をした例は極めて限られている。海外で行われている研究では、こうした問題を解決するため、一卵性双生児のデータを用いることがある。一卵性双生児はDNAが同じで、家庭環境も同じであることから、「生まれつきの能力」が同じ個人であると仮定することができる。しかし、実際に双生児であっても異なる教育をうけ、最終学歴が異なっていることは珍しくないから、一卵性双生児の教育差をみることで、生まれつきの能力をコントロールすることができるのである。しかし、一卵性双生児のデータの収集は容易ではなく、これまでの研究では常にサンプル数が少ないことや、特定の世代や特定の地域に限ったデータであり、一般化が難しいことが指摘されてきた。

そこで本研究では、インターネットのモニター調査を用いて、大規模な一卵性双生児のデータを収集し、海外の研究にならって、教育の収益率の推計を試みた(収集したサンプルは表1の通り)。アメリカやイギリスの先行研究によると、一卵性双生児のデータを用いて、生まれつきの能力をコントロールした上で、教育の収益率は7-10%と決して低くない水準にあることがわかっているが、最近の研究では、中国は4%程度の低い水準にとどまっていることがわかっている。これについて、中国のデータを用いて研究した経済学者らは、中国の教育システムが筆記試験に重きをおいているため、子どもらは学校教育の中で、労働市場で評価されるような技能や知識を身につけることができておらず、結果として教育の収益率が低くなっていると述べている。彼らは、日本や韓国などの東アジア諸国の教育制度が似通っていることにも言及し、東アジアでも同様ではないかと推論しているが、我々が収集したデータを用いて日本の教育の収益率を推計すると、10%程度とその水準は欧米諸国と比較して決して低くないことが明らかになった(図1)。

この結果から得られる政策的含意は、次のようなものであると考えられる。第1に、日本における教育の収益率は、他の資本への投資と比較して決して低くはないことから、政府教育支出の増加は、経済の発展に繋がる。第2に、個人の能力の大きさは、教育の収益率に大きな影響を与えていない。このため、政府の教育に対する投資が、個人の能力差を拡大させる方向に働く心配はない。第3に、教育の収益率には、教育システムだけではなく、政府のガバナンスや労働市場の規制のあり方なども影響する。このため、中国の研究では、「受験」に重点を置いた教育システムが、労働市場で必要とされる知識やスキルを提供できていないことが同国の教育の収益率が低い原因であり、日本や韓国でも同様であると述べられているが、本研究の結果はそのような考えを支持しておらず、受験の存在が必ずしも収益率を低くするとは限らない。

表1:インターネット調査で収集した双生児のデータ
表1:インターネット調査で収集した双生児のデータ
図1:推計結果
図1:推計結果
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