ノンテクニカルサマリー

企業内研究者のライフサイクル発明生産性

執筆者 大西 宏一郎 (大阪工業大学)
長岡 貞男 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究」プロジェクト

問題意識

日本では修士号を取得して入社した後早期に発明活動を開始し、40代の前半に他の業務に移る場合が多い。このような雇用慣行下では、大学で博士号を取得した後に入社した研究者の場合には、発明の開始時期が遅れ、生涯生産性が低下してしまう可能性が示唆される。また、日本では博士号取得者の約半数は就職した後に企業内での研究活動をベースに博士号を取得する論文博士であり、こうした博士号の取得者が大学での博士号取得者と比較してどのような生産性の実績を残しているかは、論文博士の制度を含めて、大学の社会人教育への関与の在り方を検討していく上でも重要なデータを提供している。本研究では、発明者サーベイの対象となった企業内発明者毎に名寄せした特許出願データを構築し(約1700名が対象)、企業内研究者の学歴、性別、モチベーションや所属等が発明のライフサイクルでの生産性にいかなる影響を与えているのか実証的に検証した。

主要な結果

分析の結果として、以下のような結果が得られた。

  • 課程博士の取得者の発明生産性は、発明開始年齢の遅れを考慮したとしても、特許出願件数、被引用件数の両面で統計的にも有意に高く、今回の発明者サンプルの平均で、修士卒と比較しても約63%程度高い。
  • 以上の差は、企業間の違い(固定効果)、その特許出願性向や規模の年ごとの変化、職場環境の違い、従事している研究プロジェクトの性格(基礎研究か応用研究か等)、研究分野間の違い等に加え、個人のモチベーション、性別、観察できない個人の能力差をコントロールしても依然として残る。
  • 課程博士と論文博士号取得者と比較した場合、課程博士の出身者の発明生産性は年間で35%程度、ライフサイクル全体では38%程度高いという結果が示された。ただし、この差は統計的に有意ではなく、論文博士と課程博士では同程度の生産性を持つといえる。パネル推計の結果から、課程博士の出身者は入社直後から高い生産性を示す一方、論文博士号取得者は入社後に高い生産性の上昇(learning curve)が見られる(図参照)。
  • 論文博士の取得者は、修士号取得者と比較して有意に50%程度発明活動からの退出率が低下し、発明活動に長期に従事する傾向がある。また、一般に高学歴者ほど発明活動を長く続ける傾向があり、このことも発明活動への参加が遅れることを補う傾向がある。
図:学歴別の潜在経験年数と発明生産性(特許被引用件数)
図:学歴別の潜在経験年数と発明生産性(特許被引用件数)

結果の含意

我々の研究結果から、課程博士出身者は入社直後から発明生産性が高く、また継続して高い生産性を維持することを示しており、潜在的な企業の研究能力を高めるためには、より積極的にこれら人材を活用すべきであることを示唆している。

また、論文博士号取得者の発明生産性も同様に高く、今回の分析からは改めて彼らの企業への貢献が示された。この事を踏まえ、論文博士授与制度は、(1)企業内研究者に対し、研究の生産性を高める十分な研究基礎力を養わせるというインセンティブとしての役割と、(2)経営側から見て優秀な研究者を識別する一種のシグナリング効果を持つ、という2つの側面を有しており、制度の有効性が改めて示されたと考えられる。