ノンテクニカルサマリー

産業別実効為替相場のデータ構築と応用

執筆者 佐藤 清隆 (横浜国立大学)
清水 順子 (学習院大学)
ナゲンドラ・シュレスタ (横浜国立大学)
章沙娟 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

為替相場が円高になると日本製品の対外競争力が削がれ、輸出主導の日本経済に悪影響が及ぼされる、との見方が大勢であるが、円高という現象を対ドル相場の市場レートだけで判断するのは早計であろう。為替相場の市場レートはいわば「名目」的な為替相場であるが、通貨を交換する2カ国の間にインフレ格差が存在する場合には、物価上昇率の差を調整し実質的な対外競争力を測る「実質」為替レートが中長期的には両国の実体経済に影響を与える。さらに、たとえば日本を例にとると、貿易相手国は米国やユーロ地域のみならずアジアをはじめとして世界の多くの国々まで及ぶ。そこで、2カ国間ではなくグローバルな市場全体での競争力をみるためには、複数の貿易相手国通貨との動きを加重平均した「実効」為替レートで判断をする必要がある。

実効為替レートは、各国の中央銀行や国際決済銀行(BIS)などが計算し、データを定期的に公表しているが、それぞれの計算方法についてはどのような通貨ウェイトを用いて実効化するか、どのようなデフレーターを用いて実質化するかの2点においてさまざまな論点がある。通貨ウェイトについては、対外競争力を単に当該国の貿易相手国の輸出額のウェイトのみで捉える場合(日銀)、輸入額を併せて考慮する場合(OECDなど)、さらに第三国との競争力をも勘案する場合(BIS)などがある。これらの実効為替相場は定期的に公表されているが、データが月次ベースであり、かつ公表までに1カ月以上のラグがあることに欠点がある。

昨今の急激な円相場の変動に対して、対ドルの名目為替相場のみならず実効為替相場の動きを把握することは重要である。しかし、前述したように通貨ウェイトはあくまで一国全体を対象として算出されており、一国全体の対外競争力として見なすことはできても、個々の産業の競争力を計測したものとは言い難い。産業別での対外競争力が水準的にも趨勢的にも大きく異なるとすれば、それは産業毎に輸出相手国やそのウェイトが異なるからであるが、今日のようにドルやユーロといった主要通貨のみならず、アジアをはじめとする新興国通貨に対しても円が大幅に変動している現状では、産業別の貿易ウェイトを用いて実質実効為替相場を測り、定期的かつタイムリーに公表し、政策運営に役立てる重要性は高まっている。

経済産業研究所のウェブサイトで2011年6月から公開されている産業別の日次名目実効為替レートは、昨今の急激な為替相場の変動が産業毎の実効ベースで測った競争力にどのように反映されているかを日次ベースで把握できる新たな試みである。これを参考にすることにより、産業間の円高進行度の違いを比較検討することができ、たとえば緊急円高対策をどの業種に重点的に行うか、という政策に反映することも可能となる。

さらに、従来は日本全体の貿易ウェイトで構成された実効為替相場を用いて分析されてきたミクロ・マクロ経済分析に、産業別の日次名目実効為替レートを応用することができる。たとえば、為替相場が株価に与える影響を産業別のデータに分けて行った推定結果(産業別名目実効為替相場が産業別株価指数に与える影響)と産業毎の海外現地生産比率の関係をまとめたのが図1である。日本では、通常為替相場の増価は株価に負の影響を与える、すなわち円高になると製造業の株価は下がると考えられる。この関係を確認するために、産業別株価指数(東証)の超過リターン(TOPIXとの差)を被説明変数として、産業別の名目実効為替相場がどのような影響を与えているかについてリーマンショック後のデータ(2008年10月から2011年10月まで)を用いて回帰分析を行った結果、各産業とも負の係数が得られたが、その大きさには産業毎に差があることが明らかになった。為替相場が株価に与える負の影響が最も大きいのは電気機器であり、次いで機械、輸送機器、精密機器といった順になっている。このように、為替相場が株価に与える負の影響が日本を代表する輸出産業ほど大きいのは、輸出による外貨収入が円高によって目減りするという理由に加えて、生産ネットワークの拡大により海外現地法人から本社に送られる利益送金に対する負の影響が大きいことが指摘される。内閣府の「企業行動に関するアンケート調査(平成22年度)」に基づいて産業毎に海外現地生産比率を比較すると、図1のように海外現地生産比率が高い産業ほど為替相場が株価に与える負の影響が大きくなるという関係が示された。日本の輸出産業は、円高対策の1つとして海外への生産拠点移転を行ってきたが、現地法人からの利益送金もまた為替リスクに晒されていると市場が判断しているというのはなんとも皮肉なことである。

図1:産業別株価指数の為替感応度と海外現地生産比率の関係
図1:産業別株価指数の為替感応度と海外現地生産比率の関係
注1)産業別実効為替相場が産業別株価指数に与える影響は、2008年10月から2011年10月までの月次の産業別株価指数のTOPIXと比較した超過リターンを産業別名目実効為替相場の収益率を説明変数として回帰することによって得られた係数を用いている。マーカーの青色が濃いものは係数が有意であるが、薄い水色は係数が有意ではないことを示している。
注2)海外現地生産比率は内閣府の「企業行動に関するアンケート調査(平成22年度)」による。