ノンテクニカルサマリー

拡大する企業内の賃金格差-健康保険組合データを用いた実証分析-

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト

問題意識と本研究の意義

賃金格差の問題は、最も重要な政策的課題の1つであり、格差の測定および格差変化の要因に関する多くの研究がなされてきた。格差変化の重要な要因として、企業における賃金慣行の変化があげられ、成果主義の導入が賃金格差に及ぼす影響などが議論されている。しかしながら、企業内の賃金格差を包括的に測定することは非常に困難であった。

本研究では、健康保険組合のデータを用いることにより、個々の企業の賃金格差の測定に成功した。健康保険組合は、標準報酬月額等級ごとの被保険者の人数を厚生労働省に月次報告する義務があり、このデータは情報公開請求により、入手することが可能である。このデータの魅力は、約1500ある健康保険組合ごとに賃金格差を測定することが可能であるだけでなく、約1500万人もの被保険者の賃金分布を把握できることがあげられる。

約7割の企業で賃金格差が拡大

分析の結果、企業内の賃金格差を拡大する企業は多く、男性、女性ともに、7割近くの企業で格差が拡大していることが確認された。既存研究では、高齢化(年齢構成の変化)と格差拡大の関係が議論されているが、従業員の平均年齢が上昇する企業ほど賃金格差を拡大する傾向は、男性の格差変化において観測されず、高齢化以外に企業内の格差拡大の要因があることが示唆される。

また、個々の企業で賃金格差が拡大する傾向が全体の賃金格差の変化へ大きく寄与していることが、格差の要因分解により確認された。格差の要因分解では、格差指標として平均対数偏差を用いることにより、全体の格差変化を下式のように分解することができる。個々の企業の賃金格差の(従業員数の重み付き)平均値により「企業内格差」を定義すると、全体の格差変化は、「企業内格差」の変化と「企業間格差」の変化の寄与に分解され、「企業内格差」の変化はさらに、個々の企業の格差変化による効果(「純粋効果」)と従業員数変化による効果(「構成変化効果」)による寄与に分解される。

全体の格差変化=「企業内格差」の変化+「企業間格差」の変化
        「企業内格差」の変化=「純粋効果」+「構成変化効果」

分析の結果、下図のように、男性の全体の格差変化における「企業内格差」の変化の寄与は82%を占め、「企業内格差」の変化の86%(全体の格差変化の70%)は「純粋効果」によることが確認された。また、女性の全体の格差変化においては、「構成変化効果」が「企業内格差」の寄与を引き下げているが、「純粋効果」は大きく寄与している。男女ともに、個々の企業の格差拡大が、全体の格差変化に大きく寄与していることが分かる。

インプリケーション

本研究では、個々の企業の賃金格差は拡大傾向にあり、全体の格差変化への寄与が大きいことを確認した。このことは、個々の企業における成果主義の導入が全体の格差変化へ与える効果が大きいことを示唆している。成果主義の導入はインセンティブ・メカニズムとして有用であると指摘される一方で、さまざまな弊害が指摘されており、成果主義の導入の効果を正確に把握することが今後の重要な課題である。本研究で用いた健康保険組合データからも、格差が大きい企業ほど社員の健康度が低いことも確認されており、成果主義の導入と企業の業績の関係を把握し、人的資源の強化のための適切な判断をすべきである。

図:全体の格差変化への寄与
図:全体の格差変化への寄与
図:企業内格差の変化への寄与
図:企業内格差の変化への寄与