ノンテクニカルサマリー

ASEAN+3諸国は最適通貨圏へと近づいたのか

執筆者 川﨑 健太郎 (東洋大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

2008年に発生した米国発の金融危機や信用不安の煽りを受け、多くの新興国経済で通貨危機や金融危機が頻発した一方、アジアの新興国経済の通貨・金融市場には1997-98年に起こったアジア危機のような大きな混乱は生じなかった。これは、ASEAN+3諸国の流動性危機への対処としての締結された通貨スワップ協定:チェンマイ・イニシアティブが、通貨危機の脅威に対する抑止効果を発揮した結果であるともいえる。その後、二国間取極からマルチ化へと拡充されたチェンマイ・イニシアティブ・マルチ(=以下CMIM)は、迅速な流動性供給によって通貨危機の域内伝染リスク(=システミックリスク)を最小限に抑え、当該国の政策当局によって、通貨危機の影響を管理可能な範疇に抑え込むことを可能にする。しかし、危機そのものを発生させないためには、流動性危機対処のための通貨スワップ取極に、為替相場も対象項目としたサーベイランス・プロセスを組み合わせ、CMIMを通貨危機の強力な抑止効果として機能させることが重要である。

CMIMの円滑な実行に際し、為替相場のサーベイランスが必要となる主たる理由は、ASEAN+3諸国間域内為替相場のミスアライメントの発生が、1)各国の貿易収支や資本収支、ひいては国内経済にバイアスのかかった影響をもたらす可能性があること、2)為替相場制度および為替相場政策の選択における通貨当局間の協調の失敗をもたらすこと、その結果、3)多様な為替相場制度が域内に混在し、各国間の通貨切り下げ競争の誘因を与えること、である。もはやアジア域内各国間の為替相場の不安定性は、アジア経済の健全な発展に対する最も大きな阻害要因の1つといっても過言ではない。為替相場のミスアラインメントの防止および、為替相場制度選択における協調の失敗を解消する有効な手段としては、為替相場政策における地域協調政策があげられる。為替相場政策における地域協調政策においては、経済産業研究所が公表しているアジア通貨単位(Asian Monetary Unit: AMU)を参照する管理フロート制度を採用するか、域内各国の通貨当局すべてが共通通貨バスケット制度を導入する等が考えられる。

域内各国為替相場の安定化に向け、域内通貨当局の政策協調によって、そもそも為替相場の安定化が実現可能か否か、政治的にも経済学的にも詳細に検討されなければならない。とりわけ経済学的な観点からは、域内為替相場変動を極力小さくし、均一な金融政策の実施によっても、1)各国為替相場にはミスアラインメントが発生しにくいこと、2)万が一為替相場のミスアラインメントが発生しても、早期に是正しうる自律的調整機能が共有されていること、3)こうした傾向が、近年のアジアにおける経済統合の進展によってより顕著となっていること、が重要である。すなわち、域内において為替相場協調政策を行うにあたって、ASEAN+3諸国はいわゆる「最適通貨圏」の条件を満たしていることが望ましい。

「一般化購買力平価アプローチ」を、アジア危機以降の10年間の東アジア諸国の実質実効為替相場に応用した本稿の分析では、ASEAN5(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ)のみ、あるいはASEAN5に中国を加えた6カ国では、共通通貨制度導入や地域計算単位を参照通貨とする共通為替相場政策では、為替相場のミスアラインメントはうまく収斂しないことが示される。一方、ASEAN5に日本、あるいは韓国・中国、中国・日本などのいわゆる"プラス3"の国々が加わることにより、為替相場のミスアラインメントは長期的には収斂することが示される。これらの国々が「最適通貨圏」の条件を満たすことが示唆される分析結果は、アジア危機以降、ASEAN+3諸国の経済統合がより一層加速していることを裏付けている。

表:アジアにおける共通通貨圏に含まれる候補国(2001.1-2010.12)
表:アジアにおける共通通貨圏に含まれる候補国

為替相場のサーベイランスが発効することにより、為替相場のミスアラインメントの関心が集まり、さらには地域の健全な経済発展と経済統合を加速化させる安定的な域内為替相場政策の実現が意図されるようになれば、そう遠くない将来において、介入義務や罰則等を組み込んだデジュール(de jure)な共通為替相場制度の導入が本格的に検討されることになろう。