ノンテクニカルサマリー

ネットワークFDI-日本企業の海外直接投資における販売と原料調達

執筆者 リチャード=ボールドウィン (ジュネーブ高等国際開発問題研究所)
大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

海外直接投資に関する先行研究は数多くあり、国際貿易における主要な研究課題の1つである。本論文ではこれらの過去のさまざまな研究を俯瞰した上で、新たな分析のツール("sales sourcing box diagram")を提示し、日本企業の海外直接投資の動向を分析する。数々の優れた先行研究が明らかにしてきたように海外直接投資にはさまざまなタイプがある。たとえば、水平的な海外直接投資は大きな海外市場を狙い現地の販売促進するために行われる。垂直的な海外投資はコスト低下と効率的な生産を目的として賃金や生産費の低い地域に進出する。また、貿易障壁を回避するためや天然資源獲得のための直接投資もある。これまでの代表的な研究では「水平的か垂直的か」という問題に答えをだそうとしてきた。近年ではさらに複雑になり、輸出プラットフォーム、垂直的分業、フラグメンテーション、アウトソーシング、タスクトレード、などさまざまな直接投資の概念が登場し、分析が行われている。研究の大きな流れは概念が細分化し複雑化している。この論文では細分化された概念を改めて大きな概念でくくる。近年急増しているこれらの直接投資は「ネットワークFDI」の概念で大きくまとめることができる。

ここで、図1のようなsales sourcing box diagramを提示する。海外子会社が現地調達するか他の国から輸入するか(横軸)、生産された製品を輸出するか現地で販売するか(縦軸)の2つを軸に今までの概念を整理しなおすことができる。この図の利点は水平的、直接的直接投資に始まり、最近の輸出プラットフォームまでを1つの図にコンパクトに示すことができる。「ネットワークFDI」はボックスの中心に位置し、従来のフラグメンテーションや垂直的分業などの概念が1つにまとめられる。

実際、日本のデータを用いてボックス上にプロットした結果、4つの結論を得た。(1)1996年当時は垂直的か水平的FDIが多い。これは当時の研究が垂直的VS水平的の視点で進んでいたこととも合致する。サービス産業は水平的FDIが多くBoxのへりに位置することも多い。(2)2005年では90年代と比較してネットワークFDIが増加する。特に図2のように機械産業が多く、先行研究におけるフラグメンテーションの分析とも一致する。(3)進出先を地域別にみると、アジアや欧州では「ネットワークFDI」が増えているものの、北米では水平的FDIが依然として大きい。北米への直接投資が特異なパターンをとっているようである。(4)現地調達や現地販売よりも同じ地域の第3国からの調達や販売が顕著である。これは近年の海外直接投資において「地域比較優位」が重要になってきたことを表している。「地域比較優位」とは近隣諸国が大きな市場だったり、原料が潤沢で生産コストが低かったり、さらには地域全体の政治が安定し経済的にも反映していることで得る優位性である。言い換えれば、従来の2国間(本国と直接投資先のホスト国)で直接投資を考えるのではなく、第三国(近隣諸国)をも含めた視点で分析する必要不可欠であるといえる。

現在の日本経済を考えると、ネットワークFDIの増加は脅威でもあるしチャンスでもある。近年のアジアでの日本企業のネットワークFDIの増加とともに、日本への販売や日本からの原料調達は減少し、第3国の近隣諸国からの調達や販売が顕著に増えている。これは生産拠点がアジアへ本格的に移り、一方で日本経済の空洞化が相当程度、進んでいることを示唆している。今後ネットワークFDIが増えれば増えるほど、日本国内の産業空洞化はさらに深刻になってくるだろう。しかし一方で、広範で国際的なネットワークFDIでは体制を維持し効率性を高めるうえで日本の本社機能の充実がより重要な課題になる。

人的資本の蓄積を軸にして今後ネットワーク強化をしていく必要があるだろう。これに伴い、生産ネットワークを支援するさまざまなサービス産業の育成と発展、および関連する規制改革、教育改革など、アジアの生産ネットワークのハブとなるべく大胆な構造改革をすることが今後の「新しい日本経済の創生と発展」のカギとなるだろう。

図1:Sales sourcing box diagram
図1:Sales sourcing box diagram
図2:Sales sourcing box diagramにおける2005年における産業別日本の海外直接投資の分布
図2:Sales sourcing box diagramにおける2005年における産業別日本の海外直接投資の分布