ノンテクニカルサマリー

取引銀行の効率性が顧客企業の輸出行動へ与える影響について:企業-銀行マッチレベルのパネルデータを用いた実証分析

執筆者 乾 友彦 (日本大学)
宮川 大介 (日本政策投資銀行)
庄司 啓史 (衆議院)
研究プロジェクト サービス産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業生産性」プロジェクト

2008年以降の世界的な金融危機とその後の世界経済の動揺に限らず、金融仲介機関や金融市場の機能不全に伴う実物経済の混乱は、過去において世界各国で数多く観察されている。こうした経験を踏まえて、(1)金融危機の再発に向けたさまざまな政策的手当てを事前に施す必要(例:金融機関に対する規制の強化)に加えて、(2)危機の再発に際しての事後的な政策介入(例:金融機関への資本注入、各種のセイフティネットの発動)の在り方を十分に検討する必要があるとのコンセンサスが構築されている。特に、後者の立場から適切な政策をデザインする際には、金融機関や金融市場のパフォーマンスの高低が、実物経済へどういった影響を及ぼすかについて、そのメカニズムを正確に理解することが不可欠であり、この点に関する理論的・実証的な研究が求められている。

金融機能の不全が企業の設備投資や成長といった、所謂"Firm Dynamics"へ如何なる影響を与えるかという論点については、マクロ経済学や金融経済学の分野で多くの研究が蓄積されてきたが、近年、国際経済学の分野においても、金融制約が企業の海外事業拡大をどの程度阻害するかというテーマで、同種の問題が議論されている(例:Amiti and Weinstein 2011)。これは、企業の輸出やFDIの重要な決定要因と考えられてきた「企業の生産性」が必ずしも十分な説明能力を持たない可能性が有るという研究結果を踏まえて、金融を重要な要因の1つとして検討する新たな試みとして位置づけられる。 本稿では、こうした問題意識に基づき、取引銀行の効率性が顧客企業の輸出行動へ如何なる影響を与えるかについて、マイクロ・データに基づく実証結果を通して議論している。得られた結論は、相対的に高い資金制約に直面しており、その意味で、取引銀行を中心とする外部の資金供給主体の属性が企業活動へ強く影響すると考えられる企業について、既存研究において輸出確率を高める要因と位置付けられている「企業の生産性」(Total Factor Productivity: TFP)の限界的な効果が、主要取引銀行の効率性上昇に伴って上昇するというものである。言い換えると、そもそも輸出という形で海外事業を拡大できる素地のある生産性の高い企業が、より優れた金融機関のサポートを受けることで、一層スムーズに海外展開を進める事が出来るようになることを示唆している。 下図は、得られた推計結果に基づき、比較的高い生産性を有する企業について、取引金融機関の生産性が改善した場合に、当該企業の輸出確率がどの程度上昇するかという試算を示している。この試算によれば、サンプル企業の平均よりもある程度生産性が高く、その意味で輸出を開始する可能性がそもそも高い企業が、サンプル銀行の平均よりもある程度効率性の高い銀行と取引関係を有している場合、翌年における輸出確率が更に1割強上昇することとなる。

図:取引銀行の効率性向上に伴う効果
図:取引銀行の効率性向上に伴う効果

本稿の分析で用いたサンプル企業(製造業)のうち、およそ8割程度は輸出を行っているが、上記の試算結果は、これらの企業のうち相当程度が、効率的な取引銀行によるスクリーニングやモニタリング、またコンサルテーション等を通じたサポートを受け、海外展開を促進している事を示唆している。国内市場において将来に亘る高い成長が見込み難い中、既存企業のみならず成長ステージにある若い企業による海外事業の拡大が期待されている。本稿で得られた結論は、そうした目標に向けた企業自身の生産性向上の取り組みや当該企業自体への政策的支援のみならず、金融機関を中心とする関係主体のパフォーマンス向上やそれに向けた政策的取組も、企業の海外事業拡大にとって重要な後押しとなり得ることを示唆している。 具体的には、金融機関の健全性を確保する目的から検査等の適切な政策的取組が行われる必要が有るほか、非効率な金融機関の退出や効率性の向上に向けた金融機関の統合等を政策的な観点から後押しすることも重要な課題と考えられる。また、金融危機の様なマクロレベルのショックに対するセイフティネットの発動に限らず、企業にとって重要と考えられる金融機関の破綻に際して、金融機関および金融市場の機能不全を補完するような政策ツールの整備も検討されるべきと考えられる。