執筆者 | 藤田 昌久 (所長) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)
チューネンは、よく知られているように、約2世紀前の名著『孤立国』において、中心都市を取り巻く農地における土地利用と地代に関する画期的な理論を展開した。その「単一中心モデル」は、20世紀後半において開発された都市経済学の理論的基礎をも提供した。しかしながら、チューネンが、中心都市に製造業がなぜ集中するのか、より一般的には産業集積のメカニズムについても先駆的な考察を展開していたことは、筆者の知る限りこれまで言及されることはなかった。本論文は、『孤立国』の第2版にもとづき、チューネンの産業集積と都市の形成メカニズムについての先駆的な理論を説明する。その理論は、概念的ではあるが、歴史的に見てもっとも古いのみでなく、きわめて包括的で現代的であることを示す。特に、製造業における個々の企業レベルでの「規模の経済」と製品の「輸送費」のトレードオフを中心とするチューネンの産業集積形成の理論は、1990年代においてクルーグマン等によって開発された「新しい経済地理学」ないし「空間経済学」の考えに基本的に一致している。またチューネンのその包括的な理論は、「新しい経済地理学」のさらなる発展の方向についても、示唆するところが多い。
最近の事例として、東日本大震災とともに起こった製造業における大規模なサプライチェーン寸断の問題について考えてみよう。自動車産業を例に取れば、1台につき必要な2万~3万点の部品のうち、先端技術にもとづく基幹部品の多くの工場が、東海道ベルト地域や九州のみでなく、東北地域においても集積していることが判明した。交通インフラの整った日本においては、多くの基幹部品の1つ1つは、生産における規模の経済を生かすために、それら3つの集積地域のうちのいずれか1カ所で大量生産され、全国(および世界)へ送られる。従って、東北地域における基幹部品の多数の工場が被災したことにより、日本全体(および世界各国)における自動車生産が操業停止に近い状態に追い込まれた。同様な問題が最近のタイにおける洪水によっても引き起こされた。従って、リスクに対してより強いサプライチェーンの再構築において、個々の工場レベルにおける「規模の経済」を認識しておくことが不可欠である。
「新しい経済地理学」は、この「規模の経済」を前提としての産業集積のミクロ理論を展開することに成功している。しかしそれは、差別化された多様な製品間の代替性を仮定した「独占的競争モデル」に依存しており、自動車産業における基幹部品のように、代替性がほとんど効かない場合には適用が難しい。そのためには、概念的ではあるがより包括的なチューネンの集積理論に立ち返り、それをより一般的な産業組織論と結びつけた、新しい空間経済モデルの展開が待たれる。