執筆者 | 瀧井 克也 (大阪大学) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
隣接基礎研究領域A (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究」プロジェクト
企業を取り巻く環境はめまぐるしく変化している。IT技術の導入にともないネットビジネスが急成長を遂げる一方、国際化にともない中国やインドに生産拠点を移す企業はたえない。それにもかかわらず多くの国の実証研究では、企業間には非常に大きな生産性格差が存在し、しかもその大きな生産性格差は長きにわたって持続していることが報告されている。同様の傾向は賃金支払いのデータからも利益率のデータからも観察される。つまり、賃金や利益の高さにも一定の持続性が観察されるのである。面白いことに、生産性、賃金、利益の間には強い正の相関があることも知られている。つまり、生産性、賃金、利益の持続性は関連しあっている可能性が高いのである。
背後で何がおこっているのだろうか。本研究では、こういった事実を説明するために、新しい仮説を提示しその解析的分析を行った後、企業活動基本調査のデータを使って定量的分析を行った。企業は通常、他企業へ移転が困難なその組織ならではの知識、情報、ノウハウ等を所有している。それらは、新商品を生み出す力であったり、貴重な顧客情報であったり、社員の志気を高く保つ文化であったりする。それらを総称して組織資本とよぼう。3つの仮定をおく。1)有能な人は組織資本を有効に使うことができるため、組織資本を多くもつ企業ほど有能な労働者を雇うことによって得られる生産性の上昇は大きい。2)有能な労働者はより多くの知識を組織に残すことで組織資本の形成に役立つ。3)組織資本は直接的には観察できないが、組織資本はその企業の業績から類推することが可能である。
この3つの仮定から、次のような企業間格差を維持するメカニズムが浮かびあがってくる。所有する組織資本(企業特殊知識)の水準が非常に高いことが予想される企業は、有能な人を雇いいれることで十分に生産性を高めることを期待できるために、高い賃金を支払って有能な人を雇っても高い収益を保つことが期待できる。逆に、組織資本の少ないことが予想される企業にとっても有能な人は大切ではあるが、その高い賃金に見合うほどの利益が期待できない。そのため、より自分の会社に見合った人を採用する。一方、有能な人はより多くの知識を組織に残すため、今期多くの組織資本を蓄えていると予想される企業は、有能な人を雇うことで、次の期の組織資本の総量を高めることができる。ところが、蓄積された組織資本はよりよいパフォーマンスを生み出す確率を高めるため、当初の高い期待がパフォーマンスを観察することで補強されるのである。
上記のメカニズムを解析的・定量的に分析した結果、以下のような示唆を得た。異なるスキルを持つ労働者の企業間での割り当てが持続的生産性格差に与える効果は極めて大きい。企業活動基本調査をベースとした定量分析の結果からすると、もし、割り当て問題がないのであるならば、生産性の過去との相関は2年以内に10%以下に低下する。また、生産性格差の分散は80%低下する。その一方で、企業間の持続的な生産性格差が存在するからといって、各企業に不変の固有の強みがあると理解してはならない。各企業に固有の普遍的強みの存在は、理論的には持続的生産性格差を小さくする可能性もあるうえに、仮に生産性格差を大きくするとしても、その定量的効果は小さい可能性が高い。定量分析の結果からすると、企業固有の多様性がなかったとしても、生産性の過去との相関は10年後にも、34%を保ち、生産性格差の分散も15%しか下がらない。
これらの結果が示唆する企業間格差を縮小するために最も効果的な政策は、労働者個々人の技能の差を小さくすることである。たとえば、人々が働いていく上での基礎的事項に関するトレーニングプログラムの充実といった地道な政策の積み重ねが大切といえるのではないだろうか。