執筆者 |
Julen ESTEBAN-PRETEL (政策研究大学院大学) 中嶋 亮 (横浜国立大学) 田中 隆一 (東京工業大学) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
隣接基礎研究領域A (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究」プロジェクト
近年、標準的なサーチ・マッチングモデルは、アメリカの労働市場の循環的特性をうまく説明できないことが指摘されており、それらは労働市場の循環的特性を分析するツールとしてはふさわしくないのではないかという批判がなされている。Shimer (2005)は、標準的なサーチ・マッチングモデルでは、現実的な労働生産性の変動を考慮しても市場逼迫率(求人・失業者数比率)の十分な変動を生み出すことはできないことを指摘している。本稿では、この「Shimerのパズル」が日本においても当てはまるのかどうかを検証する。
まず、日本の労働市場の循環的特性について実証的に観測し、アメリカの労働市場の循環的特性と比較する。それにより、日本とアメリカの労働市場の特性はいくつかの点において多いに異なることが観測される。日本における失業率は1990年代まではアメリカに比べて低いが、就職率や失職率も低いことがわかる。日本におけるこれらの指標は、一見するとアメリカのそれに比べて変動が少ないようにも思われるが、変動特性をみると日本の労働市場の方がアメリカに比べて変動が必ずしも少ない訳ではなく、実際に、日本における失業率、求人率、就職率、離職率、および生産性の変動は、アメリカと比べて大きく異なるものではない。その中でも、最も大きく異なるであろうと思われる点として、日本における就職率および離職率はアメリカに比べて自己相関が低いこと、および離職率は反景気循環的である点があげられる。この、生産性と離職率の負の相関を考慮するために、我々はShimerが用いた離職率が外生的に与えられるモデルのみならず、離職率が生産性の変化に依存して内生的に決まるモデルをも考察する。
日本の労働市場の循環的特性を考察するために、我々は3つのサーチ・マッチングモデルをシミュレーションを用いて分析する。1つ目は、離職率が外生的に与えられるモデル、2つ目は離職率が内生的に決められるモデル、3つ目は実物的景気循環モデルに基づいたモデルである。これら3つのモデルのパラメータをカリブレーションにより設定し、シミュレーションにより得られる市場逼迫率等の変動を計算し、それが現実に観測されるデータと近いものとなっているかどうかを確認する。その結果、「Shimerのパズル」が日本の労働市場においても当てはまること、すなわち、これらのモデルでは市場逼迫率の十分な変動を生み出すことができないことがわかる。
これらの分析結果は、日本の労働市場の循環的特性を分析するツールとしては、標準的なサーチ・マッチングモデルでは不十分であり、労働市場の循環特性に影響を与える政策の効果を分析する際には、モデルに対して更なる修正が必要とされることを示唆している。