執筆者 |
赤林 英夫 (慶應義塾大学) 荒木 宏子 (慶應義塾大学大学院) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策提言のポイント
- 私立高等学校の授業料減免は、普通科の生徒よりも、専門学科に在籍する生徒に対して、その中退を抑止する効果が大きい。
- 専門学科の生徒に対する授業料減免政策の中退抑止効果は、費用対効果としても十分に大きいと思われる。
- 高校中退者を実数として大きく削減するという政策目的からは、高校の転入学を容易にするなど、授業料減免以外の政策が一層重要である。
研究の背景
バブル崩壊以降、経済的な理由による高校中退が社会的な問題となって久しい。2009年の衆議院選挙で政権交代を実現した民主党は、マニフェストに盛り込んだ「公立高校を実質無償化し、私立高校生の学費負担を軽減する」という政策を予算化し、実務的な作業を開始している。このように、我が国の中等教育政策の中で、高等学校の学費軽減は大きな争点となってきた。
よく知られているように、生活困窮家庭に対しては、従来、公立・私立高校ともに、授業料の減免を、都道府県の独自の政策として実施してきた。しかしながら、これまでの政策が、実際にどれだけ高校生の就学継続を促したか、補助金支出の費用に比べどれほどの効果があったのか、その教育・経済効果に関する実証研究が行われていなかった。
今回我々は、授業料補助と中途退学率の関係に注目し、各県における私立高校生への授業料軽減補助金の拡充が、当該県の私立高校生徒の中退率を下げることに寄与したかどうか、東北と北陸の八県にまたがる、学校・学科・学年レベルのデータを利用して分析を行った。
私立高等学校授業料減免政策は、諸外国における「私立教育バウチャー」の定義に十分該当する。この論文は、論争の多い教育バウチャーの政策効果を、我が国で初めて実証した研究でもある。
研究の概要
日本私立中学高等学校連合会の資料によれば、1992年度には1人当たり平均支給額が5万2841円だった補助金は、2002年度には11万3664円に拡充された。我々は、データが得られた八県を対象に、1988年から2006年にかけての各県の授業料補助政策の変更が、私立の高校・学科別の中退率にどのような影響を与えているか、公立高校における中退率の変化を基準値として計測した。推計に際しては、データの限界に注意を払いながら、観測できない学校の効果や、中途退学の増加に対応して補助金政策が決定される可能性も考慮した上で分析を行った。
その結果、授業料補助の充実が中途退学率を引き下げる効果を、私立の普通科においては確認できなかったが、私立の専門学科等においては統計的有意に確認することができた。また、学歴別賃金統計を使って、極めて簡易で大まかな費用便益分析を試みた結果、私立高校の専門学科に在学する生徒への授業料補助政策は、男性で約8.53%、女性で約14.20%の内部収益率があると試算された。従って、限られた税収を最も費用対効果の高いグループにターゲットを当てて支給するのであれば、優先順位としては、まず専門学科、次に普通科の順に補助金を拡充すべきであるといえる。
高校中退の現状から見た高等学校の学費補助の効果
「生徒指導上の諸問題(文部科学省 2008)」によれば、我が国の高等学校中退率は、1990年代半ばから上昇し、2000年頃をピークに下り坂に転じ、ここ数年は平均2.1%程度を推移している。
同調査によれば、私立高校中退者のうち、「経済的理由」および「家庭の事情」を理由に学校を去る生徒が10.1%(公立の1.5倍)存在し、さらにこれ以外にも、約25%の生徒が「就職のため」あるいは「別の学校への入学を希望」するために私立高校を中退している現状からも、経済的事情を背景とする中退者数は軽視できないものといえるだろう。しかしまたその一方で、学校生活や学業不適応による中退者の比率も39%を占めている。よって、あらゆる事由の高校中退を幅広く抑制するためには、経済面での補助だけでなく、生徒の学校への不適応の解消にも力を割くべきであろう。具体的には、転校および入学時の学校選択制度や学校の定員管理をより柔軟にすべきと考える。
我々の分析結果も、授業料補助の中退抑制効果が有意に確認されたのは専門学科等の生徒においてのみであり、普通科在籍生徒の多い公立高校においては、授業料補助の中退抑止効果が限定的である可能性も留意する必要がある。
もちろん、学費軽減の目的は中退抑止だけではない。第1に、高校進学をあきらめる生徒を減らすことも重要であるし、第2に、家計に余裕を持たせ、大学進学を促進するという波及効果も期待される。しかしながら第1の点については、現在のように定時制まで定員を設け、公立で学びたいという生徒を排除している状況では、学費が無料になっても、学ぶ意欲のある生徒が学べる状況は生まれない。授業料ではなく、公立高校の定員を緩和・撤廃し、進学の意思さえあれば近隣の高校に入学を認める、という政策で対応すべきである。第2の点は、高校の学費軽減ではなく、大学の費用負担の軽減で対応すべき問題である。
結び
以上により、我々の研究では、高等学校の授業料補助政策の有効性と限界の一端を示すことができた。教育分野においても、新たな政策的拡充を構想する前に、従来行われてきた政策の効果を詳細に検証することは、今後一層重要になると考えられる。