企業と投資家の対話促進

第1回:国内機関投資家の「物言う株主」化に期待

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学商学学術院教授 / WIAS

小川 亮
リサーチアシスタント / 早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程

アベノミクスの成長戦略の一環として、日本の企業統治の強化を巡る議論に大きな関心が向けられている。昨年2月には、金融庁から「日本版スチュワードシップ・コード」が公表され、すでに運用段階に入っている。また8月には、経済産業省から「伊藤レポート」が提出され、さらに12月には、東京証券取引所と金融庁を中心として「日本版コーポレートガバナンス・コード原案」が取りまとめられた。これらのすべての指針が、企業と投資家との対話(と対話による持続的・長期的な企業価値の向上)を強調している()。本コラムでは、これから3回に渡って、最近の実証分析の成果に拠りながら、これらの指針が、日本企業の直面する企業統治上の課題に対してどのような解決策をもたらすのかを整理し、今後の統治構造改革の方向について検討する。

2014年2月に、金融庁から「日本版スチュワードシップ・コード」が公表され、すでに運用段階に入っている。そのなかでも、特に大きな役割を持つと期待されるのは、「機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである」とする原則2である。これまで国内の機関投資家は、運用会社(投資顧問会社・信託銀行)にせよ、生命保険会社にせよ、その銘柄選択と議決権行使には親会社やグループ会社の影響を受ける可能性が指摘されてきたから、原則2はこの点に対する明確な説明・対処を求めたことになる。

もっとも、最近の宮島・保田(2015)の実証結果によれば、2000年代の国内運用機関(投資顧問会社・信託銀行)の行動に強いバイアスは見られない。国内運用機関は、規模が大きい企業、流動性の高い企業を選好するだけではなく、収益性、安定性、財務健全性の高い、いわゆる質の高い企業を選択する傾向が確認されている点で、内外の機関投資家に差はない。また、その高い保有比率が有意なパフォーマンス効果を持つという点でも、内外の機関投資家に差はなく、国内運用機関(投資顧問・信託銀行)を灰色の投資機関(Grey institutions)とする懐疑は薄まっているとみてよい。

それに対して、同じ実証結果によれば、少なくとも2008年まで、銀行と保険会社を合計した株式保有比率は、規模や流動性に対して負に、また、負債比率に正に感応している。つまり、銀行と保険会社は相対的に規模が小さく、流動性が低く、負債比率が高い企業をオバーウェイトしていた。また、銀行と保険会社の保有比率と企業のパフォーマンスには有意な負の相関があることも確認されている。以上の結果は、1991-2008年の銀行と保険会社を合計した結果であるから、今後、2009年以降の銘柄選択行動を確認し、また、銀行と保険会社の保有分を分離して分析することが課題であるが、上記の結果は、保険会社のこれまでの投資行動が、投資収益の最大化に沿ったものではなく、また、企業統治の主体としても「物言わぬ株主」として振る舞ってきたという理解と整合的である。

したがって、本コードが大きなインパクトを持つのは、その投資行動や議決権行使は、単純に投資収益の最大化を目的とするのではなく、他の取引関係(たとえば、保険契約の拡大)を考慮する可能性が指摘され、これまで灰色の機関と呼ばれることのあった生命保険会社に対してと見ることができる。この点で、生命保険会社が日本版スチュワードシップ・コードの受け入れを表明していることは大いに歓迎され、本コードの最大の効果の1つということができよう。

実際、2014年8月13日には、第一生命がその他の生命保険会社に先駆けて議決権行使結果を公表することを決めた(実際に議決権行使結果が公表されたのは8月26日)ことに対する市場の評価は好意的であった。我々は、この第一生命の決定について、東証1部上場企業を対象に、標準的なイベント・スタディを試み、その分析の結果が表1にまとめられている。同社が10大株主の1つを占める企業(1802社中178社)の8月13日から14日にかけてのCAR(累積異常収益率)は0.27%と統計的に有意に正の値を示した。この結果は、日本生命が10大株主の1つを占める企業(1802社中450社)の株価が全く反応を示していないこととは対照的である。以上の結果は、日本版スチュワードシップ・コードによって、これまで「物言わぬ株主」と理解されてきた生命保険会社が「物言う株主」へと変貌し、日本の企業統治の強化に積極的に関与するという期待が高まりつつあることを示唆している。

表1:イベント・スタディの分析結果
(A)(B)(C)(D)(E)(B)-(C)(B)-(D)
全企業
(N = 1802)
第一生命が10大株主に含まれる企業
(N=178)
第一生命が10大株主に含まれない企業
(N=1624)
日本生命が10大株主に含まれる企業
(N=450)
日本生命が10大株主に含まれない企業
(N=1352)
CAPM
CAR (0,1)0.0540.270 **0.0310.0200.0660.240 *0.251 *
CAR (-1,1)-0.0950.203-0.128 *-0.063-0.1060.331 **0.266
3ファクター・モデル
CAR (0,1)0.102 *0.310 ***0.0790.0360.124 **0.231 *0.275 *
CAR (-1,1)0.0190.297 **-0.0110.0060.0240.309 *0.292
(注)サンプルは、2014年8月13日に東証一部に上場している全企業(除く第一生命)である。推定期間は、イベント(2014年8月13日)の-240日から-21日である。推定にあたっては、株価が180日未満しか得られない企業はサンプルから除外している。3ファクター・モデルのSMBにはRussell/Nomura Small CapインデックスのリターンからRussell/Nomura Large Capインデックスのリターンを引いた値、HMLにはRussell/ Nomura Total Market ValueインデックスのリターンからRussell/Nomura Total Market Growthインデックスのリターンを引いた値を用いている。データはQUICK社のAstra Managerから取得している。***、**、* は、それぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示している。

もっとも、生命保険会社の「物言う株主」化が本格化するにはもう少し時間を要するのかもしれない。表2は、第一生命と主要機関投資家18社の2014年の株主総会での議決権行使結果を集計したものである。主要機関投資家18社の反対行使比率の平均が19.3%であるのに対して、第一生命のそれはわずか2.3%である。積極的に反対行使することが常に望ましいという訳ではないが、「物言う株主」の意思表示という観点からは物足りない印象を受ける。議案別の反対行使比率をみても、取締役選任議案については、主要機関投資家が28.9%であるのに対して第一生命は0.5%、買収防衛策議案については、主要機関投資家が61.0%であるのに対して第一生命は9.3%である。各社の公表する議決権行使基準にそれほど大きな違いがみられないことからすれば、この反対行使比率の差は十分に大きい。

表2:第一生命と主要機関投資家18社の議決権行使結果の集計
第一生命主要機関投資家18社
平均値標準偏差最大値N
会社提案対象議案数5,6094,5731,4146,35215
反対行使議案数1298302971,34515
反対行使比率2.3%19.3%8.5%42.2%15
反対行使比率
剰余金処分0.9%8.4%13.5%59.9%18
取締役選任0.5%28.9%12.7%59.7%15
監査役選任1.2%19.5%10.5%35.3%15
定款一部変更0.0%4.0%2.8%9.8%18
退職慰労金支給28.5%38.9%19.8%87.8%18
役員報酬改定0.0%4.6%5.1%19.6%18
新株予約権発行7.0%17.2%7.9%32.2%18
会計監査人選任0.0%2.7%7.9%34.6%18
組織再編・再構築関連0.0%3.0%7.4%31.4%18
その他会社提案1.6%49.4%24.5%85.1%18
うち買収防衛策9.3%61.0%27.4%100.0%12
(注)主要機関投資家18社は、DIAM、JPモルガンAM、シュローダー、ステートストリート、大和住銀、東京海上AM、日興AM、ニッセイAM、野村AM、フィデリティ投信、ブラックロック、みずほ信託、みずほ投信投資顧問、三井住友AM、三井住友信託、三菱UFJ信託、明治安田AM、りそな銀行である。取締役選任議案および監査役選任議案に関して、シュローダー、日興 AM、フィデリティ投信は取締役および監査役1人につき1議案として扱うのに対して、その他は取締役選任議案全体および監査役選任議案全体をそれぞれ1議案としてまとめて公表している。そのため、この2つの議案については3社を除いて集計した(対象議案数、反対行使議案数、反対行使比率も同様)。

投資先企業の株式の長期保有を基本方針とする生命保険会社は、分散投資を基本方針とする機関投資家に比べて、企業の長期的な成長にコミットするインセンティブははるかに強い。今後、日本版スチュワードシップ・コードの公表を契機に、銘柄選択の方針を明確にし、必要であればリスク分散の許容する範囲で保有株式の重点化を図り、そのブロック保有をもとに、企業との建設的な対話を進めることが期待される。今後、生命保険会社の議決権行使(意思表示)に関しても、灰色の機関を抜け出し、「物言う株主」化が進展することに期待したい。

2015年4月30日
脚注
  1. ^ 各方針の詳細については、以下を参照。伊藤レポートについてはhttp://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002.html、日本版スチュワードシップ・コードについてはhttp://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/、日本版コーポレートガバナンス・コードについてはhttp://www.fsa.go.jp/singi/corporategovernance/
文献
  • 宮島英昭・保田隆明(2015)「株式所有構造と企業統治:機関投資家の増加は企業パフォーマンスを改善したのか」財務省財務総合研究所,『ファイナンシャルレビュー』第1号(通巻第121号),3-26頁。

2015年4月30日掲載

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