リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第7回「親子上場の経済分析 利益相反問題は本当に深刻なのか」

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学 / WIAS

新田 敬祐
日本生命保険相互会社財務審査部

宍戸 善一
一橋大学

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第7章「親子上場の経済分析」のエッセンスを紹介しています。

近年、親子上場が社会的批判にさらされるようになった。この批判の最大の焦点は、親会社が自らの利益のために、子会社の少数株主(親会社以外の株主)を搾取する可能性が、制度的に排除できていない点にある。構造的な利益相反を伴う親子上場問題が、日本の企業統治における新たな課題として浮上してきたのである。 そこで、「日本企業統治」第7章ではまず親子上場の実態を捉えたデータベースを構築し、利益相反問題に関する包括的な実証研究を試みた。このデータベースからまず、親子上場がわが国市場の重要な部分を占めることが改めて確認された。親子上場は、会社数ベースでみると日本の上場会社の25%超が、株式時価総額ベースでは50%超の会社が関わる極めて大きな問題である。 次に、親子上場の機能に関してそのプラス面(組織選択の自由度、親子間のシナジー、親会社によるモニタリング・信用保証)とマイナス面(親会社による子会社少数株主の搾取)を整理した上で、実態的にはどちらが優位であったのかを検証した。一連の実証研究から得られたインプリケーションは以下の通りである。

親会社による組織選択:子会社IPOのイベント・スタディ

1990年代以降の親子上場は、親会社に対して、組織設計の合理的な選択肢を提供してきたとみることができる。子会社上場計画のアナウンスメントに対する親会社株価のCAR(累積超過収益率)は平均3.8%と推計され、この正の効果は、親会社が成熟企業か新興企業かにかかわらず確認できる。銀行危機以降、総合商社や総合電機メーカーによる成長部門への進出、あるいは新興企業による新たな企業グループの形成が進展したが、この親会社の意思決定に対して株式市場は好意的に反応していた。もっとも、親子上場が親会社にとって合理的な選択であっても、子会社の少数株主にも利益をもたらすとは限らない。

子会社上場におけるIPOアンダープライシング

そこで、子会社のIPOアンダープライシングの程度を、独立企業のそれと比較し、親会社が、保証効果(certification effect)により、新規公開時の情報の非対称性を緩和するのか、それとも、親子上場という支配構造が、子会社搾取への懸念を想起させるのかをテストする。その結果、銀行危機後も、親会社の存在が、保証効果を通じて初期収益率を引き下げる機能を果たしていること、これと整合的に、新規公開後の子会社のパフォーマンスが比較的良好であることが明らかにされる。この正の効果は、予想される通り、レピュテーションの高い成熟親会社のみで頑健であり、新興親会社では確認できない。

上場子会社と独立企業のパフォーマンス比較

さらに、親子上場の状態を安定的に維持する、成熟した上場子会社で、親会社による搾取が観察されるかを確認する。ここでは、支配株主が存在しない独立企業で構成される比較サンプルを注意深く選定した上で、その主要な経営指標を上場子会社と比較する。その結果、親子上場への批判が強まった銀行危機以降の局面においても、搾取があれば生じるはずの子会社のパフォーマンス劣化は観察されないことを示す。むしろ、この局面では、子会社のパフォーマンスが独立企業と比較して有意に高く、2重のモニタリングやシナジーといった親子上場に固有のベネフィットが、そのコストを上回っていた可能性が高い。

ファイナンシャル・トンネリング

いくつかの可能性(劣悪な子会社の上場と第三者割当増資)を検討する限り、親子上場を利用したファイナンシャル・トンネリングが深刻な問題となっている可能性も低い。少数株主の利益を毀損する金融取引の事例は存在するが、それは支配株主に共通する問題であり、親子上場は、むしろこのコストを緩和している可能性が高い。少なくとも、ファイナンシャル・トンネリングに関して、親子上場に起因する、あるいは、それによって増幅されている問題が生じている可能性は低い。

<親子上場規制のあり方に関する提言>

一連の実証結果は、現状において、親子上場の実務を止めてしまうような過度な規制をとるべきでないことを示唆する。しかし、親子上場には、利益相反構造が内包され、国際的に注目されるストック・ピラミッド問題とも密接に関連しており、また、日本市場でも、この問題を惹起させる新興企業グループによる親子上場が増加していることも事実である。市場に参加する投資家、特に存在感が大きくなった海外投資家からの信任を得るために、そのベネフィットを維持しつつ、コストを最小化するよう、制度の再設計が必要になってきていると思われる。

事前的な手続き制度

事前手続制度の焦点は、子会社取締役会による、利益相反取引ないし利益相反的要素を含む決定に対するレヴューを実効化することである。そのためには、会社内部からのモニターと、情報開示を通じた外部からのモニターという、2つの視点から制度を再検討する必要がある。前者については、グループ内取引をモニターする手続きとその責任を担う役員の設置が必要となろう。たとえば、一定規模以上のグループ内取引や、価格の妥当性が不透明な資産取引などを取締役会決議事項とし、議決権を有する独立取締役によるモニターを義務付けることが考えられる。後者については、この取締役会決議に関する情報開示を求めることになろう。

事後的な審査制度

他方、事後的な利益相反行為の審査制度としては、会社法による支配株主の忠実義務の導入が考えられる。これにより、利益相反行為によって損害を被ったと主張する子会社少数株主が親会社に対して損害賠償請求訴訟を提起し、裁判で争う途が拓かれる。この立法措置には、親子上場の法的コストを著しく高めるものとして慎重論もあるが、むしろ、少数株主保護を強化し、支配株主と少数株主の権利関係を均衡化するための方策と理解されるべきである。

2011年12月22日

2011年12月22日掲載

この著者の記事