Research & Review (2008年3月号)

国境を越える日本企業のアウトソーシング

冨浦 英一
ファカルティフェロー/横浜国立大学経済学部・大学院国際社会科学研究科教授

国際競争の激化と情報通信技術の発達普及等を背景に数多くの多国籍企業が多様な業務を異なる国々で遂行するようになっていることはもはや周知のことである。今日のグローバル経済を業種単位の国際分業で論じ切ることは到底不可能で、企業、製品、更には業務単位に細分化した精緻な議論が必要となっている。しかし、生々しく報じられた個別ケースをいくら積み上げても、全体像の把握には十分ではない。米国ではソフトウェアのプログラミングがインドにアウトソーシングされ国内の雇用を脅かしているとの政治的反応があるが、冷静な現状把握が求められる。

他方、国際経済学の理論的研究では、Antràs and Helpman(2004)など企業のグローバル化選択が注目の研究フロンティアとなっている。1970-80年代の「新貿易理論」は不完全競争を初めて本格的に貿易の理論分析に取り込み産業内貿易を説明したが、今回の一連の新しい研究の流れ(「新新貿易理論」)は、主に契約の不完備性に着目して、同じ産業内でも企業によりグローバル化の度合い(海外進出するか否か等)にばらつきが生じることを説明する。しかし、ミクロ・データの制約もあって、日本に限らず欧米でも、「新新貿易理論」の現実妥当性を検証する実証分析は未だごく限られている。

このため、経済産業研究所(RIETI)は、若杉隆平研究主幹(京都大学教授・慶応義塾大学客員教授)と筆者が共同で企画した調査を実施した。その結果の概要について、解釈も交えて、伊藤萬里RIETIヴィジティング・スカラーを加えた3人でディスカッション・ペーパーIto, Tomiura, and Wakasugi(2007)としてとりまとめ、Richard Baldwin教授をお招きして11月に東京で開催された全欧CEPR(Centre for Economic Policy Research)との国際共同セミナー「企業ネットワークのグローバル化とアウトソーシング」で発表したところである。本稿では、そのポイントを簡単に紹介したい。

今回の調査では、製造業の全業種に属するおよそ全ての日本の中堅・大手企業1万4062社に2007年1月に調査票を送り、学術調査としては高率の4割近い企業から回答を頂いた。なお、今回の調査票は、企業の方々の記入負担に考慮して、すべて該当欄にチェック印を入れれば済む様式となっており、アウトソーシングの金額など規模は計測していない。

注目すべき発見の第1として、国境を越えてアウトソーシングを行っている企業は未だごく少数にとどまる。今回対象の中堅・大企業でも21%の企業に過ぎない。中小企業では比率が当然に格段に低く(Tomiura(2007))、日本経済全体で海外アウトソーシングは未だ十分に活用されていない。

第2に、日本企業のアウトソーシング先は、中国が過半、ASEANを合わせた東アジアが約4分の3を占める(表1)。インドを含む「その他アジア」や欧米の割合は低い。

表1 地理的構成

第3に、今回の調査対象が製造業企業に限定されていることを考慮しても、サービス関連業務を海外にアウトソーシングしている日本企業は非常に少ない(表1)。

第4に、海外へのアウトソーシングにおいて、自社の海外子会社向けは4割近くを占める(表2)。海外子会社は別法人であるため「アウトソーシング」に含まれるが、経済実態としては、多国籍企業の企業内貿易である。

表2 相手先企業の構成

この他、今回は海外R&Dについても調査しており、日本企業が海外で自ら行うR&Dは本社のR&Dと一体として行われることが多いなど貴重な情報が得られた。

今後は、経済学研究の最先端で正に注目の集まっている理論仮説の検証に今回せっかくご回答頂いた貴重なミクロ・データを活用して、更に分析を深めていく計画である。

参考文献
  • Antràs, P., and Helpman, E.(2004)"Global sourcing," Journal of Political Economy Vol.112,pp.552-580.
  • Ito, B., Tomiura, E., and Wakasugi, R.(2007) "Dissecting Offshore Outsourcing and R&D: A Survey of Japanese Manufacturing Firms," RIETI Discussion Paper 07-E-060.
  • Tomiura, E.(2007)"Foreign Outsourcing, Exporting, and FDI: A Productivity Comparison at the Firm Level," Journal of International Economics Vol.72, pp.113-127.

2008年3月25日掲載

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