ブレイン・ストーミング最前線 (2005年11月号)

中国経済革命最終章-資本主義への試練

関志雄
コンサルティングフェロー

社会主義から資本主義へ

1970年代末から改革開放路線に転じた中国は、高い成長を続けていますが、これは政府が社会主義を堅持したからではなく放棄したからです。社会主義の看板が残っていますが、社会主義の定義が甘くなってきているのです。本来、社会主義は、労働に応じた所得分配、計画による資源配分、国有企業を中心とする公有制、の三本柱から成り立つことになっているはずです。しかし、現在の中国は所得の二極化が進み、資本家が優位に立っています。また、92年に計画経済を公式に放棄し、社会主義市場経済を目指しており、その対象範囲には、財・サービスのみならず、労働・土地・資本の生産要素も含まれます。さらに、改革開放以来、国有企業の民営化と非国有企業の成長を反映して、工業生産に占める国有企業の比率は低下し、大部分が外資系企業や国内民間企業による生産へと変化しています。

国有企業の低効率は万国共通の現象であり、中国も例外ではありません。実際、中国では、国有企業の多い東北三省(旧満州)は、経済が低迷しているのに対して、外資系企業が多い広東省や、国内民間企業が活発に活動している浙江省は、高成長を遂げています。国有企業の民営化を促進し、外資系・国内民間企業の成長を促すことが経済改革のカギといえます。1990年代半ばは、大規模な国有企業は維持し、小さな国有企業を民営化するという政策が打ち出されました。続いて98~99年、国有経済は公共財のサービス提供と一部のインフラ建設に限定され、競争的分野では、企業の規模にかかわらず民営化の対象となりました。2003年には16期三中全会で、株式制を公有制の主体的形式とするとの決定がなされました。株式制企業は100%国有から始まったが、国の持ち分を減らしていけば、最終的に資本主義における株式会社と変わらなくなります。

企業の有効なコーポレートガバナンスのためには、明確な所有権と公平かつ十分な競争環境が必要です。明確な所有権を持たない企業は侵害されやすく、インサイダーコントロールを招いてしまいます。国有企業の場合、建前として、株主は国民だが、実際、所有権が不明確です。改革開放当初に設立され、「赤帽子企業」と呼ばれる一部の民間企業も、地方政府とのなれあいによる運営がなされ、「出資」という概念が存在せず、所有権が曖昧になっています。多くの国有企業のように独占状態におかれ、公平な競争環境になければ、利潤は経営者の能力と努力を評価する基準にはなりえません。中国の石油会社や資源関連企業の利益が増大しているのは、原油価格上昇によるもので、経営努力の結果とはいえません。法治に基づく市場秩序の確立も遅れているため、上場企業を含めた国有企業では、コーポレートガバナンスの問題は未解決なのです。

このように中国はもはや社会主義とは言えなくなっていますが、国内向けには、社会主義の初級段階にあると説明されています。マルクスは、工業が高度に発達した社会で労働者階級が革命を起こし社会主義となると想定しましたが、中国は農業国のまま非常に生産力の低い状態で社会主義化してしまいました。無理な所得分配という社会主義政策により、経済発展は挫折したため、中国は1970年代末以降方針を転じ、社会主義の前提条件である生産力の向上のために、私有財産制と市場経済という資本主義的手法を積極的に取り入れるようになりました。この段階が社会主義の初級段階と定義され、公式には少なくとも100年間続くとされています。しかし、その後のプロセスが社会主義の上級段階に発展し、計画経済化されると信じている国民は1人もいないでしょう。実態はそうではなく、資本主義の成立に必要な、資本・賃金・労働の関係を創る原始資本主義の段階といえます。

今後の中国は成熟した資本主義をめざすべく、「人治から法治へ」転換し、「一党独裁から民主主義へ」変革しなければなりません。また「公有制から私有制」への転換も求められていますが、私有財産の保護は不十分で、憲法改正で改善されたものの、個別の法律に反映されるに至っていません。さらに、成熟した資本主義は決して弱肉強食の世界ではありません。「先に豊かになれる者からなれ」といった効率一辺倒な政策を改め、公平を重視する段階に入ったといえましょう。

2002年以来、中国経済発展の目標は、2020年までに全面的な「小康社会」を完成させることにあります。小康社会とはいくらかゆとりのある社会という意味で、生産力はさほど高くない、自己の利益優先の社会であるといえます。これまでの成長率の平均値から見ると国民は豊かになったはずですが、実際は所得分配が不公平なため、発展についていけない農民が多く存在します。発展の果実をいかに広く国民に行き渡らせるかが課題なのです。「唯一成功した社会主義国」として、既に全面的小康社会に達している日本は中国にとってよい手本となるでしょう。

中国が抱える「十大課題」

「第11次5カ年計画」を策定する際に有識者約100名に調査を行った結果、次のような課題が浮きぼりになりました。

(1)雇用
中国にとって最重要課題は、人民元ではなく雇用問題です。農村部では労働人口が余剰であるほか、都市部でも、国有企業の民営化で失業者が増えています。「雇用なき成長」とよくいいますが、高成長にもかかわらず、雇用は一向に改善していないのが現状です。

(2)三農問題
所得が最も高い上海と、最も低い貴州省との1人当たりGDPには10倍以上の開きがあり、都市部と農村部の格差是正も課題です。農村の余剰人口をいかに都市部に移すか、これは東西格差の問題とも関連します。格差が是正されないと消費は低迷します。都市部はともかく、人口の多くを占める農村部の消費が伸びなければ、国全体の消費も伸びません。都市部と農村部の格差の拡大に連動する形で、民間消費比率も減少しているのです。

格差是正のための政策として、次の3つを提案したいと思います。まず、国内版FTA(自由貿易協定)をめざすことです。中国は国土が広く、各省は一国家に匹敵する人口を有しています。省と省の間に障壁があるためにモノ・人・カネが自由に流れていません。労働力が自由に移動すれば、生産は沿海の都市に集中しますが、所得は地方に還元されるためGDPは一極集中したとしてもGNPは平均化します。2つめは、国内版の雁行形態を取り入れることです。沿海地域では、工業化に伴って地価が高騰し、賃金水準も上がるなど、従来型の労働集約型産業が成り立たなくなってきています。工場をベトナムやインドネシアへ移転させるのではなく、遅れている西部や東北地域に移転すべきです。3番目に、高度成長を果たした地域が発展の遅れている地域に援助する、いわば国内版ODAです。所得が中央政府経由で地方に移転するという日本の地方交付税制のようなしくみは参考になるでしょう。中国では地方への財政移転がなされていますが、高所得地域への還付がその大半を占めているため、所得再分配の機能を十分果たしていないのです。

(3)金融
直接金融で見ると、現在の中国の株価は好景気にもかかわらずピーク時に比べ半分に落ち込んでいます。コーポレートガバナンスの問題とも関係しますが、上場企業の大半が国有で、更にその大半の株式が流通しておらず、経営者のインサイダーコントロールを招いています。間接金融でみても、四大銀行も国有企業であり、その融資先も国営企業となっているために、互いのコーポレートガバナンスも確立していません。国民の貯蓄を有効に投資に転換させるという金融本来の目的が達成されていないのです。当面の政策として、これらを海外で上場させることで海外投資家の参入を期待し、コーポレートガバナンスを改善しようとしていますが、その持ち分に上限が設定されるなどの制約もあり、疑問とされるところです。

(4)貧富の差
地域格差だけでなく、同じ都市部の中でも貧富の差が拡大している一因は、国有企業の民営化のプロセスが不透明であるゆえに、不正が生じやすいからです。国有企業の幹部が、地位を濫用して国有財産を横領したり、ただ同然の値段で手に入れたりする一方で、民営化後は効率アップのため労働力が削減され、二極分化が更に進むことになります。

(5)生態系と資源
オイルショック時の日本のように、石油価格の高騰で、中国としても従来通りの無駄遣いはできなくなってきました。周辺国が省エネルギー政策を推進しているのに、旧来の政策のままでは国際競争力は下がるでしょう。

(6)台湾
台湾問題について、日本などでは武力衝突が避けられないという極端な議論が多いようです。しかし少なくとも中国の有識者の間では、台湾の人々の心をいかにつかむかが台湾政策のカギだと認識しています。中国は、台湾が独立を強行すれば武力で阻止するとしつつも、武力をもって統一するとは言っていません。独立と統一との間に極めて広い現状維持という均衡状態が存在しています。独立に対しては武力行使も辞さないというムチを用い、統一には経済交流促進といったアメを与えるという政策です。

中国共産党の立場から中台関係のシナリオを考えると、一党独裁は維持したいが高成長も維持したいし、台湾との統一も実現したいということになります。この3つを同時にかなえることは不可能なので、どれか1つを放棄せざるをえません。現状は中台統一を棚上げにし、一党独裁と高成長を維持してきました。天安門事件の例を見るまでもなく、武力統一を行えば中国の高成長は止まります。平和統一を望むならば、政治の民主化、つまり共産党による一党支配体制を放棄しなければなりません。当面は、現状維持が続くとみられますが、中・長期的には平和統一の可能性が高いでしょう。

(7)グローバル化
グローバル化の問題では、貿易摩擦問題もありますが、外資への優遇策も見直しを迫られています。法人税が国内民間企業の約半分で済むなど、中国では外資系企業は税制面で優遇されています。これは中国企業、中でも民間企業が逆差別を受けていることになります。これでは正常な競争はできないのではないでしょうか。中国経済は中南米のように外資系企業の植民地と化すのでは、といった危惧が表面化しつつあります。

(8)国内統治の危機
昨年の四中全会では、共産党の統治能力強化が共通テーマでした。党はその統治能力の衰えを認め、強化を図ろうとしていますが、マルクスの考え方に沿えば、経済基礎と上部構造の矛盾をいかに解決するかがテーマであり、共産党に新たな正当性をもたらすために、2001年に江沢民総書記が「3つの代表論」を提起しました。すなわち、中国共産党が先進的生産力、先進的文化、そして広い国民の利益を代表するという考えです。ここで先進的生産力とは資本家を、先進的文化は知識人を意味します。多くの共産党の幹部が国有企業の民営化を経て資本家になり、民営企業家の入党も認められるようになりました。一方、文化大革命以後完全に復権した知識人ももはや党を批判する気はありません。本来共産党は無産階級のみを代表すればよいのですが、広い国民の利益を代表するということは階級政党から国民政党への脱皮を意味します。中国の本音は、一党独裁体制から一党優位制を目指したいのです。日本の自民党のような体制こそが理想なのです。しかしそのためには、公正な選挙の手続きをふまねばならず、現時点ではまだ自信はないがその方向を目指しているといえます。いつ実現するかは現在の指導者層、第4世代では難しく、文化大革命以後に大学を卒業し、外国へ留学してその価値観を身に付けた第5世代に期待がもてます。指導者の多くが留学組になれば、経済基礎と上部構造の矛盾も自ずと解決されるでしょう。

(9)企業・個人・政府の信用不足
日本企業が中国に進出する際の障害として、知的所有権が守られない、売掛金の回収が困難といった信用不足の問題がよくあげられます。今回の調査では外国企業は対象ではないのにこの問題があがってきたことは、国内企業にも同じ問題があることを意味します。信用不足が解消されなければ、市場経済の発展は望めません。現金取引のみでは当然、市場は縮小してしまいます。

(10)エイズ
エイズをはじめとする伝染病の問題も社会問題としてとりくむべき問題です。

まとめ

こうした問題を中国が時間をかけて解決できたら、2050年時点で現在を振り返って見た時の中国はどうなっているでしょう。「(1)共産党による一党独裁の終焉」がもたらされ、これを条件に「(2)中台の平和統一」が成し遂げられるでしょう。さらに人民元の切上げを織り込んで、「(3)中国のGDP規模は米国を抜いて世界一の経済大国」になる、というものが私のシナリオです。

*本日のタイトル「中国経済革命最終章―資本主義への試練」には、『中国未完の経済改革』(樊綱著、拙訳、岩波書店、2003年)をいかに完成させるかという質問に対する答えという意味合いがこめられています。また、同名の著書が日本経済新聞社より本年5月に発行されています。

質疑応答

Q:

高齢化問題は将来のリスク要因とならないのでしょうか。また、過去の例を見るとオリンピック後に大きな調整局面を迎えることが多いようですが、中国においてオリンピックがクライシスの引き金になるようなことはありませんか。

A:

2020年頃に一人っ子政策のツケが出てくる可能性が高いです。高齢化や労働力の減少、貯蓄率の低下、投資の減少を招き、高成長率を維持することが難しくなるでしょうが、有効な解決策がありません。一人っ子政策を緩和しても、豊かになった都市部の出生率はあまり上昇せず、貧しい農村人口だけが増えるでしょう。中国は今後15年間が最も大切な時期です。現在の高成長を続けたとしても、15年後のGDPは日本にはるかに及びません。したがって今後は、経済発展の黄金期というよりもラストチャンスととらえて、真剣な対応が望まれます。オリンピック後に不況が訪れたという過去の例ですが、その国の経済規模は小さかったのではないでしょうか。中国の経済規模は既に大きく、一部の調整はあってもマクロ経済の影響は限定的でしょう。

Q:

地方交付税制度が確立されていない、信用供与がなされていないとの指摘がありましたが、具体策は。

A:

地方交付税制度の確立は、中央と地方との力関係の問題があって困難です。上海の税金は上海のためにしか使えないというふうに、財政的に地方分権化が進みすぎているのです。全国に上海並みのサービスを提供することは不可能なので、最低限の公共財・サービスを決め、地方の財源不足については国が補てんする制度が望ましいでしょう。一方、法治化が遅れているため信用供与が制約されています。私有財産や知的所有権の侵害に対しては、法の公平な執行が必要です。WTO加盟により法律は整備されましたが、その運用が徹底されていません。幸い、外国投資誘致という地域間の競争が激しくなっており、外国企業が法治の面を評価基準にしていることが改善の糸口となりつつあります。

※本稿は9月1日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年11月25日掲載