特集:2005年版通商白書-わが国と東アジアの新次元の経済的繁栄に向けて (2005年8月号)

中国が牽引するアジア諸国の発展と日本の今後

宮川 努
ファカルティフェロー

アジア諸国に対する我々の見方は、この10年余りをみただけでも大きく変化してきた。すでに1990年代半ばまでに、東アジア、東南アジア地域は、世界の成長センターとして注目を浴びていた。ただ当時は、まだ絶対的な所得水準では日本と格差があり、アジア諸国の更なる発展のために、日本の経験がいかせるかと言うことが議論されていた。ところが90年代後半に入ると、日本からアジア地域への生産拠点の移転に伴う産業空洞化や、アジア通貨危機を契機として通貨制度の問題が議論されるようになる。もはや経済発展論だけでなく、最新の国際経済論や国際金融論を活用する必要が生じたのである。そして、21世紀に入ると、中国経済が新たな経済大国の候補者として台頭してきた。かつて日本経済は米国依存型の経済と言われたが、最近では米国経済だけでなく中国経済の動向も無視できなくなっている。

我々のアジア観の変化を反映して、今年の通商白書は、中国経済を中心としたアジア諸国の変貌を、経済だけでなく、文化・社会面にわたって、幅広くかつ綿密な分析を行っている。特に中国経済に関する叙述の部分は、さながら「中国経済白書」といった観があり、マクロ経済の動向や日本との貿易パターンの変化だけでなく、地域経済の動向から地域格差、所得格差、農業問題、エネルギー問題にまで分析対象を広げている。中国に関わりある企業にとって、今年の白書は実に貴重な情報を提供している。

しかし、「それでは、中国経済は今後どのような展開を見せ、日中の経済関係はどのように変化していくのか」という問いに対しては、十分なシナリオを提示できていないように見える。中国の過剰投資の問題を例にとってみよう。白書は、第1章で日本や韓国の高度成長期における投資パターンや、産業別の投資動向から、近年の中国における投資の過熱化を警告している。しかし現在の投資は、中国の長期的な成長経路に対して過剰なのだろうか。こうした問題に対して、Abel, Mankiw, Summers, and Zeckhauser(1989)は、均斉成長経路における投資率と資本所得比率との関係を比べることで、一定の回答が得られるとしている。もし前者が後者を上回っていれば、長期的な利潤率を超える投資がなされていることになり、長期的に設備への配分が過多と言う意味で、過剰投資であると判断される。これを白書のデータ(第1-2-13表)や中国経済統計、中国の産業連関表をもとに計算すると、図1のように、中国はすでに1995年頃から過剰投資傾向が生じていることがわかる。

図1 中国の動学的非効率性

過剰投資は、単に実体経済の問題に止まらない。それは人民元の適正レートの問題とも関係する。人民元の改革の方向については、何らかの形で切り上げがなされるべきだというのが現実の大勢であろう。しかしマクロ的なISバランスから考えると、もし投資が中国の長期的な成長経路からみて、過剰であると判断され、今後も高貯蓄率が続くのであれば、貯蓄と投資の差額である経常黒字を生じる為替レートが、長期的なマクロバランスと整合的な為替レートになるはずである。その場合は、Bosworth(2004)が述べるように、購買力平価から導出される人民元レートよりも割安なレートでよいことになる。もちろん、人民元の問題はデリケ-トではある。ただ、白書は、第1章の最後で国際的な資金フローやアジア諸国の為替レートの動きを述べている際にアジア諸国の長期的な経済成長経路と整合的な為替レートを検討してもよかったのではないか。

今年の白書のもう1つの特徴は、今後の日本経済の成長可能性である。白書はこの問題を少子高齢化の中で、人材をいかに確保するかという点に焦点をあてて論じている。通常こうした問題は、閉鎖的な経済の議論に止まるのだが、白書はさらに、アジア諸国間での人材交流にまで議論を広げている。

ただ、東アジア大での人材交流という視野の広さには感服するものの、具体的な政策や目標のイメージが湧きにくいという印象をもつ。足元を見つめてみると、実は、日本では労働力の高齢化だけでなく、設備の高齢化も進んでいる。図2を見ると、日本の設備の平均年齢は全産業ベースで5年も高齢化しているのである。おそらく韓国や中国は、旺盛な設備投資によって、同種の産業では日本よりはるかに新鋭の設備を備えていると想像される。

図2 資本年齢の推移(純資本ストックベース)

もちろん、第2章で力説されているように、今後の日本の産業構造や貿易構造は、アジア諸国との補完的な分業の中で決まってくる。したがって全ての産業で設備が新鋭化されていく必要はないが、日本が今後とも優位性を保つ産業や、その産業を支える産業群が、今後とも高度な技術水準を維持していくだけの備えがあるかどうかの検証はしておくべきであろう。

アジア経済のダイナミズムは激しく、今年の白書で十分ということにはならないだろう。これからの白書も、こうしたダイナミズムを常に追い続け、貴重な情報と冷静な分析視覚を提供してくれることを期待したい。

文献
  • Abel,A., G. Mankiw, L. Summers, and R. Zeckhauser (1989), “Assesing Dynamic Efficiency: Theory and Evidence,” Review of Economic Studies 56.
  • ボスワース バリー(2004)「人民元は過小評価されているか」関志雄・中国社会科学院世界経済政治研究所編『人民元切り上げ論争』東洋経済新報社

2005年8月23日掲載