「コロナショック」はどう乗り越えられるべきなのか?
―『コロナショックの経済学』の刊行に際して-

宮川 努
ファカルティフェロー

2019年12月に中国で発生した新型コロナウイルスによる世界的な感染拡大は、2021年5月16日現在感染者数で1億6000万人を超え、死者数は300万人以上に上り、世界中の社会経済に甚大な被害を与えている。現時点での朗報は、ワクチンの接種が進む中で、接種率が一定水準を超えた国から感染者数の増加が抑制され、徐々に行動制限が解除されているということである。一方で日本は2021年に入ってから感染者数や死者数の増加ペースが上昇している。これに加えてワクチンの接種が遅れているため、国民の間に不満がたまっている。

今回私は、この新型コロナウイルスの感染拡大が経済に与えた影響について、編者として9本の論文をまとめ、4月に中央経済社より出版させていただいた。本書の企画は、ちょうど1年前に持ち上がったものだった。実はこの企画を進めている段階では、データに基づいて一定程度の水準をクリアする論文を作成するには時間がかかるが、そうした論文の完成までにこの感染拡大が収束して人々の関心が薄れているのではないかという葛藤があった。結果的にワクチンの接種によって少し将来の展望が見え始め、この傷ついた経済をどのように立て直すかということを考えなくてはならない時期に出版できたことは、ひとえに各執筆者の努力と、編集に携わってくださった出版社の方の助力の賜物だと言える。

感染拡大が収束したからといって、経済がすぐに感染前の状態に戻るとは思えない。特に日本の場合、DX化の遅れなどこれまで見過ごされてきた構造的問題が、感染拡大とともに一気に顕在化した。感染の拡大が一段落した後も、経済のあらゆる分野における立て直しが必要になるだろう。こうした点を意識して、今回の新型コロナウイルスの感染拡大に関わりのある経済分野をできるだけ網羅するようにした。まず第1章から第3章までは今回感染拡大の影響を、経済的側面と医療体制の側面からできるだけ包括的に把握できるようにした。ただ、今回の感染拡大は特定の産業へ過度な負荷がかかるようになっている。観光関連産業がその典型だがこうした産業への影響も含めた産業別、地域別の影響も第4章にまとめている。また今回の感染拡大では国ごとの特色も出たため、第5章では韓国の状況についても報告をまとめている。第6章から第8章は企業行動及び労働市場に焦点を当てた議論を並べている。経済が大きく落ち込んでいる中、企業倒産も失業率もそれに歩調を合わせた悪化とはなっていないが、その分財政に大きな負担がかかっている。第9章は、この財政の問題を中心に、今回のコロナ禍がマクロ政策の考え方の転換をもたらしつつあることを述べている。すでに何人かの方から本書に対するコメントをいただいているが、意外と評判が良かったのは、巻末の補助資料である。恐らく毎日のように新型コロナ関連の情報が流れ込んでくるので、自分自身や日本がこれまでどのような経緯を経て今日に至り、どんな状況にあるのかを整理するのに役立つからであろう。

このコロナ禍の今後の展開だが、ワクチン接種率の高い国の動向が今後の回復状況を占う手掛かりになるだろう。典型的な事例は、米国と英国だ。行動規制は大きく緩められ、経済活動も消費を中心に急速な回復が見られる。米国などではこれまでの経済の落ち込みを救うために大規模な財政支出を行ったため、すでにインフレが懸念される状況になっている。

変異株の影響は予断を許さないが、恐らく日本でもワクチン接種率の上昇とともに、行動規制が緩和され消費のリバウンドが起きるだろう。ただそれが長続きするかというと、特に政策的なてこ入れがなければ一過性に終わる可能性が強い。そう考える背景の1つは、日本の場合東京オリンピックを見越して観光業の分野でかなりの供給増があり、インバウンド需要を賄えるほど消費が回復するには時間を要すると考えられるからである。もし消費の回復が一過性だとすると、それまで耐えてきた企業の倒産が増加し、雇用環境も悪化する可能性がある。

消費のリバウンドによる景気回復をより持続的なものにする鍵は、DX化に伴う投資だろう。筆者は、現在学習院大学で、今回出版した書籍と、2020年7月に出版された小林・森川編の『コロナ危機の経済学 提言と分析』(日経BP日本経済新聞出版)を使って授業を行っているが、その際に履修者に対して、今回のコロナ禍で、前向きにとらえられることと残念だったことの2つについて感想を書いてもらっている。それを見ると、かなり多くの学生が、今回のコロナ禍で前向きにとらえることとして、テレワークの進展を挙げている。このように若い世代では、今回のコロナ禍をきっかけに働き方の変化を期待している声が多いのだが、『コロナショックの経済学』第8章に見られるように、テレワークの比率は第1回の緊急事態宣言に3割に達した後は、むしろ低下しその後の緊急事態宣言時にも上昇する気配はない。むしろ今回の感染が収束した後は元の働き方に戻すという声が起きている。

こうした傾向は対面型の業種ではやむを得ない面もあるが、社内会議や決済を対面型に戻すようなことはその企業の危機管理体制が問われるだろう。2021年9月にはデジタル庁も発足し、政府のDX化も本格化する。政府全体のデジタル化を進めることで、政府との取引関係がある企業もデジタル化を進めなければさまざまな手続きが遅れ、競争に取り残されていくという認識が必要だろう。

筆者は、同じ中央経済社から出版している『日本経済論(第2版)』の中で、日本を「先衰国」と位置付けた。コロナ禍を通して、日本では多くの課題が顕在化したが、その多くはコロナショック前から多くの経済学者たちによって指摘されていたものであった。コロナ禍はより多くの人にこの国が持つ課題の大きさや多さを認識させることになったが、もしこれらの課題を1つずつ解決していく姿勢を見せなかったならば、この国は停滞を続けその存在感すら希薄になっていくだろう。

2021年5月20日掲載