Research & Review (2005年5月号)

労働移動研究より-入職経路の日米欧比較から我が国への示唆-

児玉 俊洋
上席研究員

樋口 美雄
ファカルティフェロー/慶應義塾大学教授

労働移動研究と本稿の目的

樋口、児玉及び阿部正浩(前ファカルティフェロー/獨協大学助教授)は、経済産業研究所において労働移動研究に携わってきた。本稿ではその成果の一部を紹介する。

本研究の目的と問題意識は、以下のようなものである。戦後の日本経済を特徴づけていた長期雇用慣行の下では、労働資源の配分やその能力開発を図る人的投資については、企業が中心的役割を担っていた。しかし、1990年代以降、企業と労働者個人の関係が流動化し、個人に「自己責任と自己選択」を求める関係に変化してきた。このため、企業外部において労働資源を配分する仕組み(以下では、「外部労働市場」という)が機能することが必要になっているが、わが国では外部労働市場が十分に機能している状況にはない。このため、90年代後半以降、求人需要と求職者とのマッチングがうまくいかないため、求人需要があるのに失業者が減らないというミスマッチ失業が増大した。また、雇用はされていても、企業の人材教育の対象とならない非正規労働者の割合が増加している。

このような状況を放置すれば、労働資源配分の遅れを通じて、国際的な市場動向や技術革新動向に対する産業構造変化の対応が遅れることは言うまでもない。それだけでなく、多くの労働者の能力開発機会の喪失や技術進歩の吸収の遅れなどを通じて、わが国の人的資本蓄積に大きな支障を生じ、労働生産性の停滞につながる。これは、各国間で知識経済化と技術革新への取り組みへの競争が激化しつつあることと、わが国が少子高齢化を迎える中にあることを踏まえればなおさら重大な問題である。

外部労働市場が機能するためには、良好な雇用機会を確保しつつ、求人企業と求職者の仲介を行う職業紹介システムと個人の能力開発を支える能力開発システムの整備が必要である。これらに関する法律や制度の変更をめぐって、規制改革の流れの中、現在、各種の動きが見られるが、残念なことにこれまでこの分野の実証研究があまり行われてこなかったために、経済分析に裏付けられた議論が展開されていないのが実情である。そこでわれわれは、日米欧の各種ミクロデータを用い、またヒアリング調査によって計量分析の結果を補強することによって、わが国における雇用機会の創出・喪失の特徴や職業紹介・能力開発の効率性やその問題点を明らかにし、解決のための改革の道を探ってきた。

本稿は、労働移動研究の3つの主要テーマである、職業紹介、能力開発、雇用機会のうち、職業紹介を中心として研究成果の概要を紹介する(注1)。なお、言うまでもなく、これらの研究成果は、阿部をはじめとする共著者との共同研究成果である。研究成果の全体としては、『日本の労働市場改革-雇用創出・職業紹介・能力開発-(仮題)』(東洋経済新報社、近刊)をご覧いただきたい。

入職経路分析の枠組み

職業紹介経路(以下では、転職者が入職に際して利用した経路という意味で「入職経路」という場合が多い)とは、公共職業安定所、民営職業紹介、縁故(友人・知人等を含む)、広告(求人情報誌を含む)などであり、これら入職経路の「マッチング効率」(求職者と求人企業のマッチングの成功度合いのこと)に対する効果について、日米欧比較の下でのミクロ統計を用いた計量的手法によって分析した。次いで、英国、ドイツ、フランスの現地調査を行い、わが国との制度的な比較を行った。

まず、厚生労働省承認による『雇用動向調査』の個票統計の利用(注2)によって、わが国における入職経路と転職者の転職に際してのマッチング効率との関係について分析した。マッチング効率の指標としては、再就職に要する期間(離職期間)と転職前後の賃金変化を用いた。次いで、米国及び欧州主要国(デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、英国)について、わが国と比較可能な枠組みで、それぞれ雇用関係の個票統計を用いた分析を行い、入職経路とマッチング効率との関係について、日米欧比較を行った(注3)。表1は、各国における転職者が利用した各入職経路の構成比である。表2は、各国における、転職者を対象として、その離職期間月数及び賃金変化率対数を被説明変数とし、入職経路(表2中に基準として示した入職経路を比較対象(レファレンスグループ)とするダミー変数)及び転職者の属性を表す諸変数(性別、年齢、学歴、離職理由など。ただし、データの制約から日、米、欧で異なる)を説明変数として回帰を行った結果の中から、入職経路に関する推定結果を抜粋したものである。これは、各国の統計で把握可能な転職者属性をコントロールした上での各入職経路のマッチング効率への効果、具体的には、離職期間を短縮する効果、及び、賃金を上昇させる効果を示している(注4)

縁故と前の会社に見られる情報仲介機能の重要性

表1 日米欧における転職者の入職経路別構成比
表1 日米欧における転職者の入職経路別構成比
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(注)米国の職業紹介機関計には、公共、民間以外に、「労働組合及び専門職登録機関」、「職業訓練」を含む。英国の公共職業紹介機関は、「ジョブセンター等」、「キャリアズオフィス」、「ジョブクラブ」の計。デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダの職業紹介機関は公共と民間を区別できないが、デンマーク、フランス、ドイツは、ほとんどが公共職業紹介機関である。
(出所)樋口・児玉・阿部(2004)。日本:厚生労働省『雇用動向調査』、米国:Current Population Survey (CPS)、デンマーク・仏・独・伊・蘭:European Community Household Panel (ECHP)、英国:British Quarterly Labour Force Survey (BQLFS) より作成。

まず表1から言えることは、入職経路は多様であり、公共職業紹介機関や民間職業紹介事業者といういわば公式の職業紹介機関は、全体の職業紹介システムの中で一部を占めるに過ぎないということである。わが国の入職経路においては、公共職業安定所と並んで、縁故と広告の比重が高い。欧米各国においては、国によって各入職経路のシェアには大きな違いがあるが、縁故と広告が重要な入職経路であることは共通している。欧米では、雇用主への直接応募の比重も高い。

表2 日米欧の離職期間関数及び賃金変化関数における入職経路変数の係数推定値
表2 日米欧の離職期間関数及び賃金変化関数における入職経路変数の係数推定値
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(注)「賃金変化対数」とはIn(転職後賃金/転職前賃金)。英国以外はOLS推定値。英国のみ順位ロジットモデルによる推定値。a、b及びcは、それぞれ、1%、5%、10%有意であることを示す。入職経路以外の説明変数は、1)日本、2)米国、3)英国、4)フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、デンマークの4つのグループ毎に異なる。英国ではジョブセンターが代表的な公共職業紹介機関。キャリアズオフィスとジョブクラブは公共職業紹介の一種。イタリア、オランダ、デンマークの推定結果は省略。
(出所)樋口・児玉・阿部(2004)(米、欧分については、Hashimoto (2004)、Fahr and Schneider (2004)に基づく。)

表2におけるわが国の分析結果からは、縁故のマッチング効率への効果が比較的高いことがわかる。離職期間、転職前後の賃金変化のいずれをとっても、主要な3つの入職経路(公共職安、広告、縁故)の中で、総じて縁故の相対的なパフォーマンスが優れている(表2)(注5)。縁故は、求職者と求人企業の双方の情報を豊富に持っており、さらに、相互を保証する機能を持っている場合が多いと考えられる。このことを通じて、求職者と求人企業の双方にとって互いとの間に存在している情報の非対称性を埋める作用がある。このような情報の非対称性を埋める機能を情報仲介機能と呼ぶとすると縁故は情報仲介機能の強い職業紹介経路である。縁故利用者のマッチング効率が高いということは、情報仲介機能の重要性を示している可能性がある。

また、わが国では、前の会社の入職経路としての比重も比較的大きい。前の会社も縁故と同様、またはそれ以上に、情報仲介機能の強い経路であり、賃金変化に対してはややマイナスであるが、離職期間の短縮に著しい効果を発揮している。

広告は、縁故や前の会社のような情報仲介機能を持ってはいないが、年齢別には若年者、職業別には販売従事者とサービス職業従事者、就業形態別にはパートタイム、地域別には大都市圏を中心として、入職経路として大きな比重を占めている。

公共職業紹介と民営職業紹介の役割分担とマッチング効率

さて、このように、縁故と前の会社、そして広告が、入職経路としてそれぞれ重要な役割を果たしていることを確認した上で、公式の職業紹介機関である公共と民間の職業紹介機関の特徴をみてみよう。

日米欧比較分析では、公共職業紹介機関と民間職業紹介との補完的な役割分担関係が認められる。表2によって、民間職業紹介を統計上区分して見ることのできる日、米、英で公共職業紹介機関と民間職業紹介の利用者のマッチング効率を比較すると、民間職業紹介の方が上回っている。しかし、公共、民間それぞれについて転職者の属性毎の利用者構成比を調べてみると、多くの国で、公共職業紹介機関は、非自発的離職者、低学歴層、高齢者など労働市場で就職に不利な条件にある労働者の入職経路として機能している。一方、民間職業紹介は、高学歴層を中心とする高度な人材の入職経路として機能している。すなわち、民間事業者は、求人企業から料金の取れる高度な人材について効率よく対応し、一方、公共職業紹介機関は、就職困難者を含む全ての求職者に職業紹介サービスを提供するという役割分担がみられる。

しかしながら、日米欧比較分析のもう1つの重要な結果は、わが国においてのみ公共職業安定所利用者のマッチング効率が他の入職経路に比べて低いことが示唆されたことである。表2によれば、欧米各国では、統計的に把握できる労働者の属性をコントロールすれば、公共職業紹介機関(仏、独は主として公共)と他の入職経路(ただし、民間職業紹介以外)との間に統計上有意なマッチング効率の差はあまり認められないが、わが国では全ての入職経路について公共職業安定所とのマッチング効率の差が統計的に有意である(注6)

わが国において、公共職業安定所と他の入職経路との間で利用者のマッチング効率に差が生じるのはなぜであろうか。その原因としては、公共職業安定所自体のサービスの質・量・効率性のほかに、利用者の統計上は観察不可能な属性要因に基づいている可能性もある。利用者の観察不可能な属性の代表的なものが求職意欲である。

英、独、仏の労働市場政策の特徴

われわれは、そのような可能性を踏まえて、英、独、仏の制度調査を行い、これらとの比較でわが国の公共職業安定所の改善課題を探った。これら3カ国は、欧州の中で比較的人口規模が大きく、また、雇用情勢の改善及び労働市場改革の進展度合いにおいてそれぞれ特徴があるからである。

英国は、1980年代以降の労働市場改革の成果などから90年代に失業率改善に成功し、現在は70年代以降で最も低い失業率を更新中である。一方、ドイツ、フランスは労働市場改革の遅れもあって、依然として10%前後の高率の失業率に苦しんでいる。このような中、英国に続いて、ドイツでも雇用保険制度改革、公共職業紹介機関改革などを内容とする「ハルツ改革(注7)」が進行中であり、フランスにおいても長らく公共の独占とされてきた職業紹介業務に民間事業者の参入を認める法律改正が2004年十2月に成立した。

これら3カ国の職業紹介制度を中心とする労働市場政策の特徴は、次のようにまとめられる。第1に、公共職業紹介機関における失業手当の認定・給付と求職者の就業努力との結び付けを強化している(ただし、仏では、公共職業紹介機関と失業手当認定機関が別々であることによる不都合が生じており、両者の連携を図ろうとしている)。第2に、職業紹介への民間事業者の参入と委託先としての活用(独、仏は緒についたところ)が促進されている。第3に、公共職業紹介機関が職業紹介プロセスにおいて、おおむね、求職者との面談に多くの時間を割き、また、求職者の情報の把握を詳細に行っている。ただし、英、仏においては、自立化の程度の高い求職者には本人の努力を奨励して費用と時間を節約し、その分、就職困難者への対応に重点を置く傾向が見られた。第4に、3カ国とも公共職業紹介機関が求職者だけでなく求人企業へのサービスを重視している。特に、英国の公共職業紹介機関である「ジョブセンタープラス」にはエンプロイヤーサービスのセクションを置き、求人企業との関係強化に強力な取り組みを行っている。英、独では、求人企業の採用活動を支援するという姿勢が顕著であり、候補者を選別して推薦するサービスも行っている。第5に、英国のジョブセンタープラスでは、職員に対して、表3のような就職斡旋に成功した場合の業績を評価する点数を与えることによって、モティベーションの向上を図っている。この点数は、失業者のカテゴリー毎に設定され、就職困難なカテゴリーの失業者ほど、その就職斡旋に成功すると高い点数が与えられる仕組みとなっている。

表3 英国ジョブセンタープラスにおける職員の業績評価基準
表3 英国ジョブセンタープラスにおける職員の業績評価基準
(注)雇用情勢が厳しい特定地域における加点要素がある。
(出所)英国ジョブセンタープラス

わが国職業紹介への示唆

わが国職業紹介においても、民間事業者が本格的に位置づけ(1999年)られるとともに、公共職業安定所においても、失業認定に際しての就業努力事実確認の厳格化(2002年)、インターネットや自己検索機を活用した情報提供機能の強化、キャリア・コンサルタントの設置(2001年)等によるカウンセリング体制の強化、求人開拓推進員の設置(1990年代半ば)、長期失業者への職業紹介業務の民間への委託(2004年)などの改善措置が講ぜられてきている。

上記の英、独、仏の労働市場政策の動向から、さらに、わが国に参考になる点としては、民間事業者の活用を図りつつ、公共職業安定所サービスの効果向上の方向として、求職者のみならず求人企業を顧客と位置づけ、求人企業の人材採用を支援する役割を強化していくことが挙げられる。求人企業への支援を充実し、その信頼を得ることによって、求人情報の質と量を拡大するとともに、求職者と求人企業の双方にとってより満足度の高いマッチングを行うことが可能になるだろう。また、業績評価の導入等により、職業紹介の成功に向けた職員のモティベーションを強化することが検討課題として挙げられる。公共職業紹介機関は、全ての求職者に対応するという公的な任務に当たることができる反面、職業紹介の成功に向けたモティベーションとしては、利潤動機が働く民間事業者に比べて高まりにくい。この点については、わが国で近年導入された就職率などの目標設定に加え、英国ジョブセンタープラスの方式が1つの参考になると考えられる。

人材の有効活用に向けて

以上では、職業紹介制度を中心として研究成果を紹介したが、人材の有効活用に向けて企業が果たすべき役割も大きい。樋口・戸田淳仁(慶應義塾大学経済学部助手)は、企業は、教育訓練投資額を削減しつつも、コア人材に教育訓練を集中する方向にシフトすることよって教育訓練効果が強く現れるようになっており、その意味で人材教育における企業の役割は引き続き重要であることを指摘している。(ただし、コア人材以外の人々は企業の教育対象とならないのでその能力開発支援が重要になっており、そのため、教育訓練給付制度の改善を要するとともに、資格の利用が有望であることを阿部・黒澤昌子(政策研究大学院大学教授)・戸田の分析が指摘している)児玉・阿部が担当した事例調査でも従業員の職種転換教育や能力開発に企業の関与が重要であることが示唆されている。

また、大企業で技術がありながら活躍の場を失った人材がいる一方で、成長性の高い製品開発型の中小企業では高度な技術人材に強いニーズがある。さらに、基盤的な加工技術を担う多くの中小企業においては技能者の後継者が不足しているという問題も指摘されている。これらの潜在的な人材ニーズを持った企業は、必要な人材についての適切な処遇と人材ニーズの所在を表明していくべきであろう。また、それらの潜在的な人材ニーズを発掘する上で、公共若しくは民間の職業紹介機関と地域のコミュニティのネットワークの形成が重要になっていると思われる。

脚注
  • 注1…本稿に紹介する入職経路に関する統計分析結果の詳細は、児玉・樋口・阿部・松浦・砂田(2004)及び樋口・児玉・阿部(2004)を参照。
  • 注2…『雇用動向調査』個票統計の利用は、児玉・樋口・阿部・松浦・砂田(2003)の作成に際して行ったものである。
  • 注3…米国については、オハイオ州立大学経済学部議長Masanori Hashimoto教授が、欧州については、ドイツのInstitute for the Study of Labor(IZA)のプログラムディレクターHilmarSchneider氏及び研究員Rene Fahr氏が、それぞれ、当研究所の依頼に基づいて分析を行い、Hashimoto(2004)及びFahr and Schneider(2004)として報告をまとめた。使用されたデータは、表1の出所を参照。
  • 注4…ただし、後にも述べるように、この結果には、統計で観察できない転職者属性による部分も含まれている可能性がある。
  • 注5…同表において、離職期間については係数が有意でマイナス幅が大きいほど、賃金変化については係数が有意でプラス幅が大きいほど、マッチング効率が高いと言える。わが国において、学校の係数は有意で大きいが、表1にあるように転職者における利用者構成比が小さいので本文では論じていない。民営職業紹介も利用者構成比は小さいが、今後発展が期待されるので本文で大きく扱った。
  • 注6…欧米の回帰分析においては、利用可能な標本数が少ないために本来あるべき入職経路の効果がはっきり出ていないという可能性もある。しかし、少なくとも日本では、公共を比較対象として各入職経路にほぼ一定の方向で非常に有意なマッチング効率への効果が存在しており、公共と他の入職経路の間での差が顕著であると言える。
  • 注7…労働市場改革を審議するドイツ政府の委員会の座長ピーター・ハルツ氏の名前より。
文献

2005年5月25日掲載