地域別クラスターシンポジウムに参加して
~コア企業の発生パターンと大企業のニーズ情報開示の可能性~

児玉 俊洋
京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センター

1月から2月にかけて各地で開催されたクラスターシンポジウムに参加して、産業クラスターに関して新たに2つの知見を得た。1つは、産業クラスター形成のコア企業となりうる企業の発生パターンについて、もう1つは、中小・ベンチャー企業との連携に際しての大企業のニーズ情報開示の可能性についてである。

RIETIは、今年1月から2月にかけて、全国5カ所で、各地の産業クラスター推進機関と共催でクラスターシンポジウムを開催した。私は、そのうち、八王子(TAMA)広島(中国)高松(四国)大阪(近畿)で開催されたシンポジウムに参加した。また、文部科学省と経済産業省の共催により名古屋で開催されたクラスターシンポジウムにも参加した。これら各地のシンポジウムに参加し、それぞれの地域のクラスタープロジェクト関係者と議論をして、次のような知見を得ることができた。

コア企業の発生パターン

第1は、産業クラスター形成のコア企業となるべき企業の発生パターンについてである。産業クラスターには、企業、大学、その他研究機関、技術移転機関、金融機関、各種の専門家、クラスター推進機関、行政および公的産業支援機関などさまざまなプレーヤーが必要であるが、自律的な産業クラスター形成が進むためには、産業クラスター形成の中心的な担い手となるべきコア企業の存在がとりわけ重要である。

コア企業は、大学や他企業の技術、知識を活用して自らの製品を開発し、事業化できる力(技術吸収力)を備えた企業でなければならない。そのような企業でなければ、産学連携や企業間連携を行うメリットがなく、産業クラスタープロジェクトを積極的に運営していこうという意欲を持ち得ないからである。

筆者がこれまでTAMAおよび京滋地域を対象として行ってきた分析(注1)においては、中小企業の中で産業クラスターのコア企業となりうる企業類型として、設計能力と自社製品(自社の企画・設計による製品。最終製品だけでなく部品を含み、また、自社ブランドだけでなく他社ブランド向けのOEM供給製品を含む)の売上げの有無によって定義する「製品開発型中小企業」を提示してきた。TAMAと京滋地域の製品開発型中小企業の発生パターンとして最も多いのは、大企業を含む既存企業の技術者がスピンオフして初めから製品開発型中小企業として創業するケースである。京滋地域の場合には、大企業の分社化による創業、繊維関連の伝統産業分野の老舗企業の転換のケースもある。製品開発型中小企業の主要顧客は大企業の設計開発・研究開発部門であり、TAMAと京滋地域には、域内および近隣に電機・電子、精密機械等の大企業の開発部門が多数立地していることが、製品開発型中小企業の成立に有利な条件を提供している。

下請企業から製品開発型企業への転換と地方圏におけるニッチ・トップ企業の成立

今回、各地のクラスターシンポジウムでの議論を通じて、製品開発型企業にこれ以外の発生パターンもあることが確認できた。1つは、組立型産業の大手メーカーとその下請企業を中心として発展してきた企業城下町的な産業集積地域において、技術力を蓄えた下請企業が製品開発型企業に転換するケースである。典型的な事例として、広島において、大手自動車メーカーの一次下請メーカーが、その大手自動車メーカーの指導を得て、長年をかけて製品開発力を蓄積し製品開発型企業に転換したケースがあった。

もう1つは、地方圏においてニッチ・トップ企業が育つ可能性である。四国では、特定製品分野で日本一あるいは世界一の市場占有率を持つニッチ・トップ企業が少なからず存在することが、四国経済産業局の調査などによって把握されている(平成16年度に約100社)。ニッチ・トップ企業は、製品開発型企業の中でも強力な部類の企業である。したがって、産業クラスター形成のコア企業として機能することが十分期待できる。ニッチ・トップ企業の存在は四国に限定されないが、四国のような産業集積の層が薄い地方圏にもニッチ・トップ企業が存在する理由は何であろうか。シンポジウムでの議論を総合すると、四国には、素材型の大企業は多いが、組立型の大企業が少ないため、地場中小企業の下請企業化が進んでいない、すなわち、地場中小企業にとってみれば四国内に下請企業としてのマーケットがないので、初めから全国や世界のマーケットを目指して事業展開を行わざるを得なかったとのことである。

有力な下請企業の製品開発型企業への転換、地方圏における全国や世界を目指す製品開発型中小企業の発生(ただし、域外に拠点を移さないことが前提)は、定量的な実証分析で確認したものではないが、仮説としてはありうるパターンである。中国地域、四国地域では、これらの企業を有力なターゲットとしてコア企業の発掘が進められている。

大企業と中小・ベンチャー企業との連携促進への取り組み

第2は、大企業と中小企業との連携に際しての大企業のニーズ情報の開示の可能性についてである。各地の産業クラスタープロジェクトは地域の有力な中堅・中小企業を中心としてネットワーク化を進めてきた。さらに、知的クラスター創成事業の効果とも相まって、大学の参加も進んできた(注2)。しかし、大企業の参加が遅れている。産業クラスター計画の大きな意義は、地域ごとにイノベーションシステムを構築し、それらが国全体のイノベーションシステムを構成することにあるが、大企業の本格的な参加がなければその実現は難しい。

そこで、平成19年度から、産業クラスター計画において、大企業と開発力のある中小企業およびベンチャー企業との連携を促進するための取り組みが本格化してきた。関西フロントランナープロジェクトにおける「情報家電ビジネスパートナーズ」、東海ものづくり創生プロジェクトにおける「中経連情報支援ネット」、TAMA協会による「製品・技術連携スクエア事業」である。また、これらの取り組みは、全国の中小企業・ベンチャー企業からの提案も可能となっている。

大企業と中小企業との連携が進んでいない理由は、大企業にとっては、必要な技術を持った中小企業・ベンチャー企業がどこにいるかわからない、あるいは、その探索に時間やコストがかかること、連携先候補の中小・ベンチャー企業の技術の水準や質を評価することが必ずしも容易でないこと、中小企業にとっては、大企業は中小企業の技術を買いたたこうとする傾向があるなど交渉上の不安があること、また、双方ともに、連携先を通じて技術や情報が漏洩することを危惧していることなどである。3地域における取り組みは、大企業、中小・ベンチャー企業双方にとって連携相手の探索を容易にするとともに、機密保持や成果配分に関する相手への信頼感の醸成を通じて、大企業と中小・ベンチャー企業との連携の促進に資するものである。

大企業のニーズ情報開示の可能性

しかし、大企業と中小・ベンチャー企業との連携については、もう1つ大きな問題がある。それは、大企業がどのような製品開発や技術開発のためにどのような技術を必要としているかというニーズ情報が開示されにくいため、大企業のニーズを踏まえたマッチングができないことである。これは、ニーズ情報を開示することは、競合他社にもどのような製品や技術を開発しようとしているかを知らせてしまうことになるからである。3地域の取り組みは、基本的には、中小企業・ベンチャー企業側の開発提案や技術シーズを大企業に伝達するという方向でマッチングが図られ、大企業のニーズ情報の開示を前提としないで運営されている。

今回のいくつかのシンポジウムから、このような、従来、問題点であった大企業のニーズ情報の開示に関して、新たな可能性が見出された。1つは、信頼関係が成り立っているメンバーによるクローズドな研究会の活用である。中国地域の次世代中核産業形成プロジェクトの拠点プロジェクトの1つである広島におけるクラスタープロジェクトで組成された研究会で典型的な事例がある。

同研究会において、大手自動車メーカーの製品開発担当者によって示された技術開発課題に基づいて、中堅自動車部品メーカーが他の研究会メンバーの協力を得つつ、車体軽量化を可能とする表面が傷つかないガラス代替樹脂を開発し、これを利用したリフトゲートモジュールの開発を行っている。大手自動車メーカーからの技術開発課題の提示が可能となったのは、研究会メンバーはもともと同大手自動車メーカーの協力企業であるので、信頼関係が成り立っていたためと考えることができる。

もう1つは、公開のセミナーにおける大企業による公開可能な範囲での技術開発課題の提示である。大阪で開催されたシンポジウムでは、「関西の大手企業から世界中のベンチャー・中小企業・研究機関へのメッセージ」と題する大手企業11社によるリレー発表のセッションが設けられた。ここに参加した大手企業は、可能な場合はある程度絞り込んだ技術分野を示し、中には具体的な製品開発テーマを示して中小・ベンチャー企業の提案を促す企業もあった。

イノベーションシステムとしてのクラスター形成に向けて

このように大企業が産業クラスター計画の取り組みにおいてニーズ情報に近い技術開発課題を提示する事例が現れたこと、そこまで大企業による認知が進んだことは、産業クラスター計画の1つの進展である。ただし、大企業による認知や本格的な参加は端緒についたばかりであり、また、それ以外にも、コア企業のさらなる発掘、大学と企業との動機や意識にも立ち入った産学連携の実効性の向上(注1参照)など、クラスター形成に向けて残された課題は多い。クラスターがイノベーションシステムとして機能するよう、これらの課題を解決することが必要であり、そのため、息の長い取り組みとその着実な進展が必要である。

2008年3月11日
脚注
関連サイト

地域クラスターセミナー

2008年3月11日掲載