Research & Review (2004年11月号)

「終身雇用」の実態とその変化-戦後から1995年までの動向

山口 一男
客員研究員

「終身雇用」には、合理的・機能主義的理解と歴史的・文化的理解がある。前者では、終身雇用と年功賃金制は主として企業内の訓練と従業経験を経て得られる企業特有の知識や技術を持つ者、すなわち特殊人的資本、の価値が企業にとって大きいとき、特殊人的資本を持つ者に特別の昇進機会を与え賃金にプレミウムを上乗せすることで、彼らの企業外への移動が起こることを防ぐシステムと理解される。年功賃金制には退職金同様賃金支払い先送りの意味があり、同一企業への就業年数が短い者には想定される限界生産力より少なく、就業年数が長い者には想定される限界生産力より多く賃金を設定することによって、雇用者に対して長期に従業するインセンティブを与えようとする制度と理解される。一方でそういったシステムは、高齢雇用者の人件費負担の増大を生み、比較的早期の定年退職制の導入を必要とした。

一方歴史的・文化的観点は、村上・公文・佐藤(1979)の『文明としてのイエ社会』論に典型的に見られるが、終身雇用を封建武士社会で発達した「家」制度を近代に持ち込み契約と家族の中間である「血縁契約」とみる。忠誠心といった武家の価値が現代社会の会社や企業にも重要であるという考えだが、特定の雇用制度がいつ、なぜ発達し、また衰退していくのかという社会変動を説明できない点で、合理的説明に比べ劣る点は否めない。

こういった多様な理論的解釈が可能な終身雇用制度であるが、以下の2つの異なった側面を明確に区別する必要がある。
要素1…雇用主側の政策としての終身雇用-常雇者(常勤の雇用者)を経営理由により解雇や一時帰休しないという制度
要素2…常雇者の雇用主へのコミットメントとしての終身雇用-一旦常雇者になれば定年退職まで自発的離職・転職をしない傾向。

終身雇用の研究は要素1に着目するか要素2に着目するかで、相互に補完的ではあるが、大きく異なる。要素1に着目する研究では調査単位は企業であり、終身雇用はより広い企業の雇用調整の一面として把握される。当然説明変数も企業の特性となる。一方、要素2に着目する研究では調査単位は雇用経験のある人となる。説明変数は、雇用者から得られる勤め先の情報を例外とすると、個人の職やその他の属性となる。また要素2の観点からは常雇の初職からでなく雇用のリマッチングを経た一定年齢(例えば30歳前後)から長期コミットメントが始まるという修正した終身雇用概念も可能となる。当然リマッチング期間の研究を併せて行うが、これは労働市場におけるマクロな雇用調整の研究となる。

筆者は、戦後すぐから1995年までの時期について、要素2の意味での終身雇用の実態と変化を、戦後常雇の初職についた男性雇用者について分析した。1995年以後日本経済の悪化が顕著になり、雇用のありかたも大きく変化していると考えられるが、それ以前の戦後の混乱期から高度成長期を経て安定成長期やバブルとその崩壊の時代に至るまでの間に、終身雇用についてどのような変化があったのかを確認しておくことも重要である。

理論的観点と仮説

終身雇用の存立条件は 雇用主側にとって労働力(特に特殊人的資本)に対する需要の維持・拡大の見込みのもとで、従業者の長期的コミットメントの利益が(あるいは労働移動のコストが)、雇用調整の柔軟性を維持することの利益を上回る状況が存在することであると考えられ、以下の仮説が導かれる。

仮説1…特殊人的資本育成の重要な比較的大きな事業所ほど終身雇用政策を常雇者に適用する傾向があり、従って雇用者の終身雇用確率は企業規模とともに増大する。

仮説2…特殊人的資本を生じやすい職種ほど雇用主は年功賃金を適用する傾向があり、また雇用者も雇用初期に離職・転職しない限り、そのような職種に就けば就業年数や終身雇用確率が大きくなる。

仮説3…労働市場での需要が拡大している時期に常雇の初職に就いた者ほど初職の離職・転職率が低くなり終身雇用確率が大きくなる。
一般にブルーカラーワーカーはホワイトカラーワーカーよりも労働の流動性が高いが、わが国においては大企業のブルーカラーワーカーは賃金体系などもホワイトカラー化しており(小池和夫『仕事の経済学』1991)、終身雇用確率についても同様の傾向を示すと考えられる。

仮説4…大企業のブルーカラーワーカーはホワイトカラーワーカーとほぼ同等の終身雇用確率を持つが、その傾向は中小企業には見られない。
年功賃金制は長期的コミットメントのインセンティブを高めようとする制度であるが、「民」より「官」において最も顕著に採用された。年功賃金制のもとでは離職で失われる賃金が就業継続年とともに増加するので、離職するなら早めにするのが合理的である。

仮説5…大企業に比べ官公庁の雇用者は離職・退職する場合は早めにする傾向がある。
また一旦成立した制度は市場の変化により鈍感な「官」においてより持続的に採用されるという制度的惰性が存在する。この事から、経済状況が終身雇用の存立基盤を弱める方向に動くとき終身雇用の官民格差は増大すると考えられる。

仮説6…労働市場の若年労働力の流動化が促進されたより近年において、雇用者の生涯コミットメントとしての終身雇用の官民格差が増大する。
初期の雇用は人材と職のマッチングが不十分なため、労働市場の雇用調整期間が生じると考えられる。これは通常雇用主側の不適格者の解雇と雇用者側の自発的転職・離職によるが、企業の終身雇用政策が広範に存在すると、後者による雇用調整が支配的になると考えられ、またこうしたリマッチングを経過した後は雇用者の生涯コミットメント確率は大幅に増大し、かつその企業間格差や職種差は減少すると考えられる。

仮説7…30歳以降の定年退職までの非離職・転職確率は、初職のそれに比べ大幅に増大する。

仮説8…30歳以降の定年退職までの非離職・転職率は、初職のそれに比べ従業先の規模間格差や職業間格差が減少する。
一般に米国や西欧諸国では、初期のリマッチング期間は教育の比較的高い者が自己の教育や資格に見合った職を得るか、あるいは雇用者が自己の資格や教育の不十分さの不利を自覚し再教育や専門資格取得を通じて専門職化していく過程でもある。従来わが国においては、リマッチング期間における専門職化は指摘されてこなかったが、以下の仮説が成り立つ。

仮説9…30歳以前の転職者の間で、初職に比べ30歳までに専門技術職につく者の割合は増大する。

これらの仮説の検証には1975年、1985年、1995年のSSM(社会階層と社会移動)調査の全国標本に基づく職歴データを用いた。分析は雇用主を変える離職・転職のハザード率の統計的回帰分析モデルと、その拡張で著者自身が開発した終身雇用確率(定年退職を除く生涯非離職・転職確率)と離職・転職する場合の就業年数の決定要因を区別する統計的回帰分析モデル(Yamaguchi, Journal of the American Statistical Association87、1991)を用いた。主な結果は以下のとおりである。

分析結果

1 常雇の初職からの離職・転職率と終身雇用確率の分析結果
(1)企業規模別や職業別の常雇の初職からの離職・転職ハザード率の差は、就業継続年数の違いにも依存するが、主として終身雇用確率の違いに基づき、この特徴の時代変化はない。

(2)戦後に雇用された者について、常雇の初職の4割以上の高めの終身雇用確率は大企業と官公庁雇用者には職業によらず、中企業では専門職者と事務職者の間に長期間存在してきており、この傾向は第3世代(1940年代の生まれ)でピークに達した。

(3)大企業ブルーカラーのホワイトカラー化は雇用パターンにも見られる。すなわち作業職者の終身雇用確率は大企業のみで高い。またこの点に時代的変化はない。

(4)比較的若い第4世代(1950年代以降の生まれ)の離職・転職ハザード率の増加は、推定される終身雇用確率の減少ではなく、離職・転職者の初職の就業年数の短縮化に原因がある。

(5)比較的若い第4世代では官公庁の終身雇用確率が大きくのび、大企業の終身雇用確率がやや下がることにより、一時はほぼ同等に終身雇用確率が高かった大企業と官公庁の間の官民格差が近年著しく増大した。

(6)一方、大企業に比べ年功に対する所得の見返り率の大きい官公庁では、離職・転職者は、離職・転職をするときはより早めにする傾向がある。

2 初職と30歳までの職の間で起る変化についての分析結果
(1)戦後に常雇の初職に就業した者のうち、常雇の初職を30歳まで維持したのは約40%で、約半数の50%は他の常雇の職に転職し、残りの10%は30歳で常雇の職に就いていない(多くは自営業などに転職した)。

(2)30歳までに常雇を離れる率は初職で30人以下の従業者規模の企業に勤める者、販売職者、第1世代(1920年代生まれ)が特に高い。

(3)一方常雇にとどまる者のうち、30歳までの転職率は官公庁・大企業以外の雇用者と非専門技術職者が特に高い。

(4)また常雇にとどまる者のうち、30歳までの転職率は世代でみると若い世代ほど率が高い。この事実は雇用者の自発的転職による職と人材とのリマッチングによる労働市場の雇用調整が近年ほど重要度を増してきたことを示す。

(5)30歳までの転職者について企業規模間移動をみると、企業規模(1~5人、6~29人、30~299人、300~999人、1000人以上、官公庁の6区分)間移動は54%と多いが、初職時と30歳時で分布に有意な変化はない。このことは30歳前の移動については、より大きな企業や官公庁に移動する障壁はなかったことを意味する。

(6)一方職業(専門技術職、事務職、販売職、作業職の4区分)間移動者の割合は36%であるが分布は大きく変化し、初職時に比べ30歳時で専門技術職の割合が約1.7倍になり専門技術化傾向が顕著である。

(7)転職者中初職が専門技術職でない者について、30歳までの専門技術職化率の決定要因をみると、企業規模別には中小企業の障壁はないが、高等専門学校以上の教育を受けていることが専門技術職に転職する可能性を大きく高め、同一教育レベルであっても初職で作業職であることは可能性を低くする。

3 30歳で就いている職の離職・転職率と終身雇用確率の分析結果
(1)30歳で就業している常雇の職からの離職・転職ハザード率をみると、初職と同様、中小企業の雇用者は大企業・官公庁の雇用者に比べて、また販売職者や作業職者は専門職者や事務職者に比べて、それぞれ離職・転職率が高くなっている。

(2)初職からの離職・転職ハザード率との違いの第1点は、官公庁雇用者の離職・転職率が大企業雇用者に比べて有意に低いことで、30歳からの離職・転職率には官民格差が大きい。

(3)初職からの離職・転職ハザード率との違いの第2点は、初職からの離職・転職率にみられた第4世代(1950年代以降の生まれ)の有意に高い離職・転職傾向がみられないことで、このことは最近の世代では30歳前の自発的転職によるリマッチング傾向は高まったが、30歳以降の常雇者の離職・転職率が高まったわけではないことを示す。

(4)初職からの離職・転職ハザード率との違いの第3点は、企業規模とブルーカラー・ホワイトカラーの区別の交互作用効果がみられないことで、このことは大企業のブルーカラーワーカーのホワイトカラー化現象というのが、主として30歳前までの離職・転職率の違いによるもので、30歳以降の違いによるものではないことを示す。

(5)30歳時点で初職より大きな規模の企業に雇用された転職者は、他の転職者に比べ離職・転職ハザード率が高い。このことは比較的大きな企業は、より小さな規模の企業からの転職者には雇用の安定を与えにくい職場環境があることを示唆する。

(6)30歳から54歳の終わりまでの25年間の非離職・転職確率は出生世代別に大きな差はなく、戦後を通じ平均で約5割の非常に高い確率を維持してきた。このことは雇用初期のマクロな労働市場の雇用調整期間を別とすれば、常雇者の同一雇用主への生涯コミットメントの意味での終身雇用が戦後広く定着していたことを示す。

(7)30歳から54歳の終わりまでの25年間の非離職・転職確率をホワイトカラーワーカーについて従業先の規模別にみると、7割を超える官公庁以外、民間に規模間の大きな差はなくほぼ5割から5割5分程度の高い率を維持していた。

(8)30歳から54歳の終わりまでの25年間の非離職・転職確率について、平均的にはブルーカラーワーカーの非離職・転職サバイバル確率はホワイトカラーワーカーのよりも低いが、初職の終身雇用確率からの増大でみるとむしろブルーカラーワーカーの増大が顕著であり、30歳前の労働市場の雇用調整期間がブルーカラーワーカーの雇用の安定化に果たす役割が大きかったことを示す。

現在と今後の課題

1995年以降の日本の雇用はリストラの大幅な増加で大きく変化したといわれるが、個別の事例は別にして、従業継続年数の全国的傾向はそれほど大きく変化しておらず即断はできない。しかし以下が重要課題と考えられる。

(1)企業が人件費削減と雇用調整巾の拡大のため、正規社員枠を狭め派遣職員や契約社員の枠を拡大したため、常勤であっても正規社員か否かによって30歳以降の今後の終身雇用確率が大きく異なることが予想され、企業内で雇用の安定的な者とそうでない者とに二極化する可能性が大きくなったと考えられる。

(2)課題(1)と関連して、非正規社員の雇用の安定について同一雇い主への就業の連続性だけでなく、雇い先が変わっても同一職種への就業の連続性があることでキャリアやその安定性を測る視点の重要性が増した。

(3)30歳前の雇用調整期間がより重要となるとともに、若年労働人口の失業率の増大とフリーターやニート(就業にも教育にも職業訓練にも従事しない者)の増加、またその結果30歳前の学校卒業後の非雇用期間や非常勤期間が長期化したことにより、30歳以降の雇用の安定をもたらすリマッチングが20歳代に効率的に行われなくなった可能性が大きい。この実態を明らかにするとともに、リマッチングの機能として特に重要な専門職化についてこれを育成する政策が重要となる。また英国のようなニートの増大(玄田・曲沼『ニート-フリーターでもなく失業者でもなく』2004)については、リマッチング以前の雇用参入障壁の問題であり、その原因の解明が急務である。

(4)今後来るべき65歳定年制にともない、既存の賃金体系による人件費負担は大幅に増大するので、企業の賃金体系の見直しが大きく進むと予想される。この変化によって雇用者のコミットメントのあり方にも変化をもたらす可能性が十分にあり、30歳以降の今後の離職・転職率と企業の賃金体系の変化との関連の動向が重要となる。

2004年11月12日掲載

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