Research & Review (2003年1月号)

無線インターネットと電波の開放

池田 信夫
上席研究員

映画「タイタニック」に、無線通信のシーンがある。事故の直前、近くを航行していた船が「氷山がある。危険だ」という警告を無線で送るが、その周波数がタイタニックが本国あてに出していた無線と同じだったため、混信が起こる。タイタニックはその警告を無視して「じゃまするな」と返信し、相手の船は怒って無線機のスイッチを切ってしまう。

これは、ほぼ事実である。無線が正常に作動していれば、近くの船が救助でき、あのような大惨事にはならなかったかもしれない。この事件を契機に1912年、米国の電波法ができ、政府が周波数を管理して免許を割り当てる「命令と統制」による電波監理制度が作られた。世界各国もほぼ同様の制度を作り、この枠組みは90年たった今日も基本的には変わっていない。

100年に1度の電波改革

いま無線通信の世界で、タイタニック以来の大改革が始まろうとしている。2002年11月、FCC(米国連邦通信委員会)は電波政策についての報告書を発表した(*1)。その最大のポイントは、これまでの命令と統制による免許制度をやめ、「消費者指向」の柔軟な制度に変えるという点である。この背景には、最近の無線技術の急速な進歩がある。特に無線LAN(IEEE802.11b)は、免許不要の帯域を使って11メガビット/秒という携帯電話の1000倍の通信速度を実現した。

無線LANのカードは2年あまりで全世界で3000万枚を超え、2006年には2億枚に達すると予想されている。さらに次世代の高速無線LAN(802.11a)は54メガビット/秒、2チャンネル使えば108メガビット/秒という光ファイバー並みの速度を実現した。無線LANを光ファイバーなどで結べば、無線インターネットができるので、これはブロードバンドのインフラとしても最有力である。最終的には、携帯電話もIP(Internet Protocol)電話になり、無線インターネットに吸収されるだろう。(有線)インターネット革命が電話網を駆逐したように、いま「第2のインターネット革命」が起こっているのである。

1基1億円以上する高価な基地局を使う携帯電話よりも、1個2万円の無線LANのほうがはるかに高速な通信を実現できるのは、なぜだろうか? それはネットワークを道路と考えるとわかりやすい。携帯電話は「回線交換」と呼ばれるしくみで、通話が始まってから終わるまで1つのチャンネルを占有する。いわば図1のように、道路(帯域)の1つの車線(チャンネル)をドライバーに「貸し切り」にするようなもので、1つ1つの車線は狭くなるので、自転車ぐらいしか走れない。

これに対して無線LANは、インターネットと同じ「パケット交換」である。これは現実の道路と同じく、図2のように車線は一般に開放し、車(データ)は空いている車線を走るものだ。この方式だと、同じ道路の幅でも、空いていればどんな大きな車がどんなスピードで走ってもかまわない。車が増えると渋滞が起こることもあるが、データ通信ではデータを蓄積して後から送ればよい。同じように無線LANは、広い帯域を多くの無線機で共有することによって、携帯電話よりもはるかに効率の高い通信を可能にしたのである。

ただ無線の場合には、有線と違って受信機にいろいろな信号が飛び込んでくるので、信号の干渉が避けられない。アナログ無線機では、信号を送る周波数を変えることによって干渉を避けてきたが、これは受信機の性能が悪かったからで、周波数以外にも信号を区別する方法はある。無線LANのような「パケット無線」では、パケットにつけられたコードで信号を識別する。

また、ノイズを減らすために出力を上げる必要もない。「スペクトラム拡散」と呼ばれる技術では、信号を広い帯域に拡散して送り、受信側で必要な信号だけを識別して増幅することによってノイズを除去するので、出力は小さくてもよい。このため無線LANの届く範囲は100メートル以内と小さいが、これは周波数効率の点では望ましい。1つの帯域を小さな「マイクロセル」にわけてそれぞれに基地局を建てれば、同じ周波数を繰り返し使うことによって、理論的には帯域はいくらでも増やすことができる。

このような「小出力・広帯域」のシステムによって、無線インターネットの効率は携帯電話に比べて飛躍的に上がった。従来、電波は「稀少」だから免許で割り当てなければならないとされてきたが、パケット無線によって十分広い帯域を共有し、マイクロセルによって空間的に多重化すれば、全ユーザーが数十メガビット/秒という光ファイバー並みの速度を出すことも不可能ではない。つまり、電波はもはや稀少でもなければ割り当てる必要もないのである。

また電波は常に使われているわけではない。たとえば防災無線は、地域ごとに周波数が割り当てられているが、災害のとき以外は町内のお知らせのようなものをたまに流しているだけである。時間・空間で掛け算すると、最もよく使われている3ギガヘルツ以下の帯域でも、90%以上は空いている(電波が出ていない)。この空いた時間を他の無線に使うことができれば、利用効率は大きく上がる。そういう「オーバーレイ」(共用)技術はすでに実用化され、欧州では認可されている。これは電波を出す前に、あるチャンネルが使われているかどうかを検知し、使われていない場合に限って通信を行う「キャリアセンス」と呼ばれる技術を使うものである。

また無線機のソフトウェアを切り替えることによって、パソコンでアプリケーションを取り替えるように通信方式を変える「ソフトウェア無線」や、それに対応してアンテナの特性を変える「スマート・アンテナ」も技術的には実用化している。さらにUWB(ウルトラワイドバンド)と呼ばれる新しい無線技術は、ナノ(1/10億)秒以下のパルスを広い帯域に拡散するものだが、出力はきわめて小さいので一般の電気器具から出るノイズと区別できない。FCCは2002年2月、初めてUWBを強い制限つきで認可した。

このように多様な技術を使えば、周波数をわける必要はない。電波が「混信」するとか「干渉」するとかいう表現は、何か空中で電波が混じるような印象を与えるが、実際に干渉が起こるのは受信機の中の信号処理の過程である。したがって受信機の性能(選択度)を高めれれば干渉を抑えることはできる。FCCの報告書では、「干渉温度」という基準を新たに提案し、異なる種類の無線機も干渉温度が基準以下であれば1つの帯域に共存することを認め、逆に受信機の性能も干渉温度にあわせて規制することを提言している。これまでの電波政策は、もっぱら送信側を問題にしてきたが、デジタル時代に重要なのは、むしろ受信機の規制なのである。

電波は「コモンズ」として開放を

このようにFCCの報告書は、現在の無線技術の最先端の知識を駆使した、きわめて水準の高いものだが、その最終的な政策提言は、残念なことに政治的利害との妥協によって奇妙な折衷案になってしまった。今後出てくるデジタル無線技術は、すべて無線LANのように広い帯域を「コモンズ」(共有資源)として共有するタイプなので、周波数を分割する必要はないのだが、FCCの報告書では、「排他的権利」を設定する帯域とコモンズとする帯域が併存すべきだとしている。これは技術的な合理性と、電波を持っている業者の既得権を認めよという要求との妥協の産物である。

他方、日本では同じころ総務省の「電波有効利用政策研究会」が電波の再配分政策についての最終報告書を出した(*2)。その最大のポイントは、電波の免許を既得権とせず、利用効率の低い電波の利用者は、更新のとき「立ち退き」を求めるという考え方である。これは法的には正しいが、実際には電波の免許は事実上の所有権に近いものとなり、これまでは利用していなくても立ち退かせることはできなかった。これに対して総務省の研究会では、立ち退きに際して無線設備の資産価値(取得原価)のうち減価償却の終わっていない分(残存簿価)だけを保証するという原則が決められ、そのための交付金が新設されることになった。

これは今までに比べると一歩前進だが、問題は本当に利用者が立ち退くかどうかである。大部分の無線設備の償却期間は6年だから、免許の切れる5年後には、残存簿価はほとんどないだろう。また電波を取り上げられた業者は廃業しなければならないが、その転業補償なども行われない。業者が立ち退きを拒否して営業を続けた場合、最後は「違法電波」として無線機を止めるなどの強制執行が必要になるが、そういう前例には世界にもない。私は、電波を「逆オークション」によって買い上げる制度を併用してはどうかと提案している。

さらに問題なのは、こうして取り戻した電波をどう配分するかである。総務省の研究会では、周波数オークションについて検討を重ねた結果、採用しないことを決め、「市場原理活用型比較審査」によって業者の選定を行うことになった。これはFCCでさえ否定した「命令と統制」モデルへの逆行であり、周波数オークションを経てコモンズの検討を行っている米国に比べると「一周遅れ」の議論といわざるをえない(*3)

現在の電波を取り巻く状況は、5年ほど前インターネットが普及し始めたころの通信業界によく似ている。そのころ、インターネットはまだ例外的な技術と考えられ、通信の原則は電話で、そのダイヤルアップによってインターネットに接続するのが当たり前だと思われていた。しかし今や、ダイヤルアップ接続は減少する一方、DSL(デジタル加入者線)は急速に普及し、電話そのものもIP電話に置き換えられようとしている。

同じような原則と例外の逆転が、無線でも起こることは確実である。今は無線LANは無免許帯だけで使う例外的な技術と考えられているが、実際には新しいデジタル無線技術はすべて広い帯域を共有する方式であり、周波数を割り当てる必要はない。これからは、免許なしで自由に通信を行うのが原則で、免許によって通信を行う帯域は例外とし、徐々になくしてゆくことが望ましい。この場合、行政の役割は標準化や基準認証など、普通の家電製品と同じでよい。

また次世代の無線インターネットの主流とも目されるIEEE802.11aの使える5ギガヘルツ帯は、米国ではU-NII(無免許全米情報基盤)として無線インターネットに開放されているが、日本では免許制になってしまった。今後あく4ギガヘルツ帯も、「第4世代移動通信」に免許で独占させる予定だという。このように無線インターネットに適した4~5ギガヘルツ帯が政府の「命令と統制」のもとに置かれることは技術革新を阻害し、日本が世界から孤立する一因となろう。

FCCのマイケル・パウエル委員長のいうように、今は歴史的な「パラダイム転換」の時であり、古い常識にとらわれているとチャンスを逃してしまう。電波行政の最終目標は、免許制度を廃止し、すべての帯域を自由に使う無線インターネットに開放することである。過渡的には(特に低い周波数帯では)古い無線技術と共存しなければならないが、今後新たに空ける帯域は、すべて免許なしで開放すべきである。特に3ギガヘルツ以上は「日本版U-NII」として無線LANに開放し、それ以下ではオーバーレイによる電波の共用を進めるべきである。

無線LANは、光ファイバー並みの通信速度をはるかに低価格で実現した。こうした新しいデジタル無線技術に電波を開放し、新しい通信業者やメーカーが無線インターネットに参入すれば、ブロードバンドの普及は一挙に進むだろう。いま普及しているDSLは、しょせん過渡的な技術であり、最終的には無線がアクセス系のインフラとしては最も低価格・高速になろう。特に重要な変化は、無線LANにおいては、一般ユーザーがインフラ(無線ルータ)を持つということである。このような「ユーザーによるユーザーのためのネットワーク」という構造は、初期のインターネットの理想としたものである。

インフラをユーザーが持つようになれば、インフラとサービスを垂直統合して供給する「コモンキャリア」は最終的には姿を消し、通信機器は家電製品や自動車と同じように、消費者が買って自分で使う普通の耐久消費財になるだろう。これは日本が最大の強みを持つ部門であり、電波を無線インターネットに開放すれば、日本の情報産業が世界をリードすることも夢ではない。