RIETI政策シンポジウム

Quo Vadis the WTO?:ドーハラウンドの将来と国際通商レジームの管理

イベント概要

  • 日時:2007年8月6日(月) 9:45-17:55
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    パネルディスカッション

    [セッションの概要]

    本セッションにおいては、ドーハ・ラウンドの意義について、総括コメンテータより報告が行われ、またモデレータより提起された以下の4つの論点について、パネリストより回答が与えられた。

    1. ドーハ・ラウンドの遅滞の理由
    2. スモール・パッケージの交渉を行う意義とパッケージの大小をめぐる途上国間の利害関係
    3. 紛争解決手続による司法的法創造およびルール策定機能と紛争解決機能の不均衡の問題
    4. WTOとFTAの緊張関係

    最後に、以上の議論に関して、フロアとパネリストとの間で質疑応答が行われた。

    [小寺報告の概要]

    小寺報告においては、本シンポジウムの総括コメントとして、ドーハ・ラウンドとはどのような意義を有し、また有するものであったのかという問題について報告が行われ、とりわけ以下のような指摘がなされた。

    GATT/WTOの交渉ラウンドについては、市場アクセス、規律の強化(非関税障壁の撤廃)、および対象分野の拡大という3つの要素が存在すると考えられる。この点、ドーハ・ラウンドは対象分野の拡大を焦点とした交渉から、市場アクセスを焦点とした交渉へとその性格を大きく変容させた。ドーハ・ラウンドにおける交渉の遅滞は、ラウンドの性格変容にともなう交渉のアジェンダとプレイヤーの限定という過程に多くの時間が必要とされたこと、また従来あまり交渉の対象とされることのなかった政治的に極めてセンシティブな問題が、交渉の主題として残されたという理由により説明される。

    現在は農業産品に関する国内支持、農業産品に関する関税削減、および非農業産品に関する関税削減の問題をめぐり、米国とインドを中心とする途上国との間で利害関係が対立しており、これら両国、とくに米国が交渉におけるファースト・ムーバーとなることが期待される。農業産品および非農業産品に関する自由化を焦点とするドーハ・ラウンドの交渉は、現行のWTOの構造を変更するものではなく、2、3年内に妥結することが見込まれる。ただし、インドがサービス分野について強硬な主張を始めるようなことが起きれば、交渉の早期妥結は危ぶまれる。

    現在は、サービス分野を含めて、次期ラウンドについて構想を開始すべき時期にきており、また今期ラウンドも次期ラウンドを念頭において取り組まれるべきである。もっとも、今回のドーハ・ラウンドは、現行の貿易レジームの構造を変更することの困難さを明らかにしたものであった。WTOが貿易レジームから経済レジームに転換することができる否かという問題は、WTOの主要なプレイヤーが、交渉のプロセスについて明確な視角および構想を持てるか否かにかかっている。

    [論点1の概要]

    まず、モデレータより、ドーハ・ラウンドの遅滞の理由について、所属するそれぞれの国ないし地域の事情を紹介するよう各パネリストに求められた。

    Bronckers氏は、多くの不確定要素が存在するため、ドーハ・ラウンドの状況について欧州の見解を論じることが困難であることを指摘しつつ、ドーハ・ラウンドの妥結が困難である理由として、3つの点を挙げた。第1に、国際的な農業生産の現状に鑑みれば、EC、ブラジルに競争力で劣る米国の農業界がドーハ・ラウンドにより輸出市場を獲得することは期待できず、そのため彼らの支持を得ることが困難である。第2に、「ドーハ開発ラウンド」がいかなる意味を有するにせよ、それが有意義なものとなるためには途上国の間に差異を設けることが不可欠であるが、主導的な立場にある途上国に、その他途上国よりも大きな負担を受け入れるよう要請することは困難である。第3に、中国の存在により厳格な競争にさらされる途上国に対して、追加的な譲許を求めることは困難である。

    Hoda氏は、ドーハ・ラウンドにおいてインドが直面している問題として、3点を指摘した。まず、NAMAについては、実効的な市場アクセスが(スイスフォーミュラにおける)小さな係数の受入れを意味しているのであれば、ラウンド開始後の引き下げの価値を極小化する。インドの自発的且つ一方的な関税削減が正当に評価されず、これでは「相互主義の軽減」どころか「完全な相互主義」すら適用されていない。次に、サービスについては、インドはモード3に関する自由化を相当進めており、他の加盟国がインドにWTOの枠内で一層の自由化を求めるのであれば、モード4の個人専門職および契約サービス提供者の自由化について、互恵的な自由化を要する。最後に、農業については、農業はインドにおける雇用の大部分を占める重要かつ政治的にセンシティブな分野であり、インドによる関税削減のためには、国内支持等による不公正な衝撃からインドの農業を保護するための実効的な方策が講じられたことを示す必要がある。

    広瀬氏は、日本の立場から見たドーハ・ラウンドの現状について、まず投資等の新分野が対象とならなかったことは非常に残念であるが、貿易の促進を通じた競争力の向上という方向性は不変であり、ドーハ・ラウンドは依然として日本の優先事項の1つであることを指摘した。また、農業については、農業が日本にとって交渉における守りの部分であることは間違いないが、まったくその交渉から逃げているというわけではなく、むしろそれら交渉にかかわりながら日本の農業の構造改革を進めており、種々の条件について交渉しながら議論を進めていくという姿勢であることが指摘された。さらに、「相互主義の軽減」の問題については、現在の議長テキストないし日本提案においても、途上国に対して柔軟性を与え、また途上国間に差異を設ける等、世界全体の経済発展を実現するための一定の仕組みが導入されていること、そしてインドをはじめとする途上国の自主的な自由化の努力を反映する形で交渉が進められていることを理解する必要性が指摘された。

    [論点2の概要]

    まず、モデレータより、スモール・パッケージのラウンドを継続することの意義およびラージ・パッケージとスモール・パッケージをめぐる先進途上国と低開発途上国との利害関係の相違について問題提起がなされ、それぞれ前者につきBronckers氏が、後者につきHoda氏が見解を述べた。

    Bronckers氏は、現状に鑑みれば限定的でもラウンドが妥結されるべきであり、そのことが自由化の推進力の喪失を意味するわけでないことを指摘した。他方、途上国の懸念が強い広範な交渉アジェンダは現実的でなく、(投資、環境など)広汎なアジェンダについてはWTOでの交渉に消極的な国々の多くがFTAでこれらの問題を交渉しているが、こうした問題がFTAsないしは多国間いずれによるべきかはもう少しFTAsの経験を重ねることで近い将来明らかになろうと述べている。

    Hoda氏は、まずアジェンダの問題について、当該問題は2004年7月枠組み合意において既に合意に達しており、今回のラウンドにおいて当該問題に関する議論を再開すれば、早期妥結からさらに遠ざかることとなることを指摘した。また、開発アジェンダについては、過去のラウンドの経験からも、個人的に深い疑念を有していることが言及された。ドーハ・ラウンドの状況見ると、途上国も多様な立場にあり、それらすべてについて適切な対応がなされる必要があるが、自由化という全体的な目的と整合的に行われなければならないことが指摘された。

    [論点3の概要]

    まず、モデレータより、近年主張される紛争解決手続による司法的法創造の問題およびWTOにおけるルール策定機能と紛争解決機能の不均衡の問題が提起され、小寺氏と広瀬氏が発言した。

    小寺氏は、米国のゼロイングに関する紛争解決の例に見られる通り、紛争解決手続を利用することにより交渉を有利にすることができることを指摘した。また、その帰結として、紛争解決手続においていかなる判断がなされるかということを想定したルール策定、すなわちルール策定によって紛争解決をコントロールしていくという姿勢が必要となるが、その実現は相当困難であり、結局紛争解決手続の利用によって交渉を有利にすることができる結果、協定作りに時間がかかり交渉の遅滞がもたらされるのではないかという危惧が指摘された。

    広瀬氏は、いかに詳細なルールを策定しても解釈の必要性が生じるのは当然であり、その意味で紛争解決機関により合理的な範囲内で解釈がなされることは健全であること、むしろ最も大きな懸念は、紛争解決機関による判断の不履行という事態が発生することであることを指摘した。また、紛争解決機関の判断については、これを不服とする国家に対して新しいルールを策定するインセンティブを与えること、逆にルール策定にラウンドが終了するまで紛争解決機関の判断の履行を遅らせるという効果があるとすれば、非常に問題があることが指摘された。

    [論点4の概要]

    モデレータより、多角的貿易体制と地域における貿易自由化との緊張関係をいかに理解すべきかという問題が提起され、これにBronckers氏、Hoda氏、小寺氏が発言した。

    Hoda氏は、地域貿易協定の是非を論じるのは無益で、全WTO加盟国への地域協定の広がりという事実に折り合いをつけること、また地政学的動機に基づく地域主義の進行を止められないことを主張した。また、地域主義の蔓延でWTO加盟国が相互に差別しあう状況において唯一可能な進むべき途は、物品およびサービス双方において無差別的な自由化に対する野心的かつ強固な認識を有することであり、それゆえドーハ・ラウンドが極めて野心的なレベルにおいて妥結されるよう望まれることが指摘された。

    Bronckers氏は、上記のHoda氏の見解に概ね賛成しつつも、ラウンドについては若干意見を異にした。まずFTAsについては、WTOと同様に批判的にその効用が検討されるべきことを付言した。他方、ドーハ・ラウンドを極めて野心的なレベルにおいて妥結することはいずれにせよ不可能であり、むしろ建設的な方法でドーハ・ラウンドを妥結し、いかに次回ラウンドに取り組むべきかという問題について考え始めるべきであると主張した。

    小寺氏は、現在のFTAを前提にすれば、WTOとFTAの関係は法律と契約の関係として整理でき、FTAによりWTOのルールが微調整されていくと考えられること、すなわちWTOはFTAのバック・グラウンドとして有効に機能するもので、両者の関係についてあまり神経質に考える必要がないことを指摘した。

    [質疑応答の概要]

    以上の議論に関して、フロアとパネリストとの間で以下のような質疑応答が行われた。

    Q:産業界にとってはスピードという要素が大変重要であるが、ドーハ・ラウンドが遅滞するなか、産業界としては強いWTOの存在を守るためにどのような貢献ができるか。

    A(広瀬氏):立法機能としてのドーハ・ラウンドのみならず、司法機能としての紛争解決、あるいは行政機能としての各種委員会等があり、産業界からもWTOの種々の機能を積極的に使うべきだという問題提起をしてもらえれば、WTOの実経済に対する存在意義がより高まるのではないか。

    Q:関税削減は何よりも自国の利益に資するもので、相互主義を頑なに要求して交渉を遅らせるより、一方的な関税削減をもってしても自由化を実現する方が、結局途上国自身のためになるのではないか。

    A(Hoda氏):私が強調しているのは完全な相互主義(full reciprocity)以外の何ものでもない。一方的な自由化の受益者がインドであり、そのためインドは一方的な自由化を今後も行う。もっとも、ドーハ・ラウンドの文脈において自由化を行うことは、WTOの枠組みが適用されることになり、そうなれば伝統的に関税削減幅とトレードカバレッジを意味すると解されてきた相互主義が示されなくてはならない。広瀬氏が示唆するような係数の適用によっては、そのような相互主義のルールは充足されないのでは。

    A(広瀬氏):関税削減が自国の経済発展に資するのだという認識を出発点として、さらにはそれと引き換えに他国からの譲歩をも獲得していくことが、各国にとってあるべき交渉のポジションであり、その上で相互主義、さらには「相互主義の軽減」をいかなる指標を基準として実現していくのかということが交渉の課題であるといえる。

    Q:内閣改造および参議院での勢力の変更の見込みが高まるなか、日本はWTOに対して高度な政治的コミットメントを維持していくことが可能であるのか。

    A(広瀬氏):自由化によって生じる地域的および雇用上の問題に関する対策等について、与野党間に考え方の相違が存在しうるが、WTO交渉およびFTA交渉に対する政治的コミットメントに変更が生じるとは考えられない。

    A(小寺氏):国内政策、特に農業政策においてニュアンスの違いが生じる可能性はあるが、これはWTO交渉へのコミットメントとはまったく別の問題であり、心配する必要はない。

    Q:サービスの重要性およびサービスに対する関心が世界的に高まるなか、今回のラウンドにおいてサービスに関する進捗はほとんどないと考える理由は何か。

    A(小寺氏):各国が積極的に自由化を行うという意思を有している分野については、交渉は当然進むが、契約サービス提供の問題等のクリティカルな問題について交渉を開始すれば、ドーハ・ラウンドは終了しないという趣旨である。

    Q:インドは契約サービス提供者の自由化を議題にのせることを主張しているが、これはどの範囲のサービス提供者を指すのか、またそのことにより不正規の移民問題に関するコントロールが損なわれるという可能性はないか。

    A(Hoda氏):インドは、受入国において数年間サービスを提供する契約を行った企業が、当該受入国に人員を派遣して契約を履行することを可能とすべきことを主張しているのであり、不法移民の流入を可能とするよう主張しているのではない。インドは(不法移民について)安心感を受入国に与えるため、この問題を契約サービス供給者の厳密な枠組みに乗せている。完全な相互主義に鑑み、モード3でのインドの自発的自由化に応じ、我々がリクエストを為した分野で応じてもらわねばならない。

    Q:RTAとWTOの関係についてあまり神経質になる必要はないという趣旨の発言があったが、GATT24条およびGATS5条の規律についてもあまり気にする必要はないと考えるのか。

    A(小寺氏):現在のところ、GATT24条との関係について論じる必要があるほど野心的なRTAは結ばれておらず、また結ばれようとしていないという趣旨である。

    Q:NGOの活動が近年非活発化しているという指摘があったが、その理由はどこにあるのか。

    A(小寺氏):NGOにも種々の種類が存在するが、WTOに対してとりわけ大きな影響を与えていたのが、アンチ・グローバリズムの観点から活動を行っていたNGOであった。これらNGOがあまり目立たなくなった理由としては、投資、環境、および競争法等の問題が議題から除外されたこと、また現在これらNGOはむしろ途上国のブレインとして活動していると考えられること等が推察される。

    (Broncker氏):ドーハ・ラウンドが妥結に近づき、バランスシートの作成が始まれば、NGOの活動も再び活発化するのではないか。

    ※ ウィルソン氏の発言および一部ウィルソン氏に提示された質問については割愛した。

    閉会挨拶

    今回のシンポジウムは、正念場にあるWTO交渉の方向性を浮かび上がらせることを狙いとして企画された。FTAについては一定の効果が観測されるが、その問題点や課題も多様化および複雑化しており、それだけに常にWTOの根本的な理念という観点から見返す必要があるという感想を覚えた。"Quo Vadis the WTO?"の結論については、各人異なる見解があると思うが、おそらく最大公約数は"Cautious Optimism"なのではないか。