RIETI政策シンポジウム

Quo Vadis the WTO?:ドーハラウンドの将来と国際通商レジームの管理

イベント概要

  • 日時:2007年8月6日(月) 9:45-17:55
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    第1部「代替レジームとしての地域経済統合-その法制度化とWTOのインターフェイス」

    [セッションの概要]

    本セッションでは、下記の問題意識を背景に、5本の報告が行われた。各報告の内容は、RTAの制度研究に通商政策的視点を交えて、地域貿易協定(RTA)がWTOの代替レジームとなりうるかについて検証を行ったものであった。とくに、世界的に急増している地域貿易協定とWTOとの関係をどう捉えるかという点をめぐって多面的に検討が行われた。

    1. FTAにおける関税・市場アクセスの交渉はどのように法的に構成されているか。
    2. WTOとRTAの紛争解決手続の管轄権重複と判断の矛盾はどのように調整解決されるべきか。
    3. RTAにおける知的財産権条項にはTRIPS協定と対比したときいかなる特徴が指摘でき、それは知財政策および通商政策の観点からどのように評価されるべきか。
    4. サービス貿易の第4モードの規律にはいかなる政策的考慮が働いており、RTAとGATSの規律はどのような関係にあることが望ましいか。
    5. 日本を含むアジア地域でのFTAはどのように広がりを見せてきたか。その中で日本は何を目指してEPA(経済連携協定)を結ぼうとしているか。

    [Kim報告の概要]

    自由貿易協定-あるいは特恵通商協定ともいう-は、FTAは相手方締約国相互に優遇を与えるものであり、最恵国待遇条項からの逸脱である。WTOに通報されないFTAも含めると、FTAの数は2007年末に300に達するとも推定され、むしろ通報されないFTAの数が急増していることがWTOの懸念を惹起する。FTAsの隆盛は、地理的にも欧州からアジア太平洋地域へ広がりを見せている。EUハブと米国ハブに加えてアジアではASEAN ハブのFTA網が形成されつつある。

    FTAsの急増により、あるFTAの非締約国がFTA締約国から排除され不利益を被り、また、FTAが普及拡散すると、多角的貿易交渉における関税引き下げは進みにくくなる。

    FTAがWTO協定整合的とされるには、GATT第24条は実質上のすべての貿易について域内関税を撤廃し、また域外に対しては通商障壁の水準を引き上げるべからずと定める。「実質上のすべての貿易」の定義は明確でなく、一般的慣行では貿易額ないし関税ラインで95%以上の関税撤廃とされるが、実際には80%以下のFTAもある。また、授権条項に基づく特恵協定は発展途上国間でしか結べないとされているが、実際には途上国と先進国との間のものもある。これもWTOにとっては懸念材料である。

    次に実際のFTA交渉について述べると、市場アクセスの利益を交換し、相互のバランスを実現することが目指されている。そこでの交渉者は、自国が相手国から獲得する市場アクセスの利益と、相手国に自国への市場アクセスを認めることによるコストを比較するという重商主義的思考をとる傾向がある。GATT24条とMFN原則の下では、交渉は最終的に相互主義的な利益交換に帰結しなくてはならない。FTAによっては、たとえばASEAN-中国の自転車のように相互主義を明示的に規定している場合がある。

    FTAのもう1つの側面は、さまざまな規定による市場アクセス利益保護である。FTAにMFN条項が設けられることがあるが、将来のFTAs相手国が将来他のFTAs相手国に与えるのと同じ待遇を与えあうことにより、将来の構想によって市場アクセス利益を損なわない。また第三国によるFTAs締約国への補助金付輸出のような不公正貿易慣行に対して、FTA締約国の共同対抗措置を定める条項が加えられることもある。

    FTAs関税合意に至るさまざまなメカニズムをここでは詳述できないが、その特徴の1つが重商主義的性質であり、それが相互主義やFTAs固有のMFN条項である。これらは、第三国を排除する効果が大きく、関税削減の恩恵を拡散することを困難にする。

    FTAからの利益に満足を感じている国は多角的貿易交渉に利益を見出さなくなり、FTAsによる利益は将来にわたり保障されるため、FTAsは一層確固たるものになる。通常FTAsには第三国の加盟規定はなく第三国は別途FTAを結ばない限り、FTAsの市場アクセスの利益を受けられなくない。

    【Kim報告に対しする荒木氏からのコメント】

    FTAが普及したことに関するWTO側の影響要因はどうであったのか。

    【Kim氏の回答】

    1980年代終わりからFTA数の急増が見られるが、ウルグアイラウンドの成功裏の終結の後もなおFTAの増加はやまなかった。ゆえに、理由はおそらくGATT/WTOの他にある。GATT発足以前にも特恵的通商協定は顕著であった。この反省がGATT設立の背景にある。しかし、ラウンド交渉の成功がFTAを止めることができるかという点については、私は過去の経験に照らして疑問を持っている。

    私の懸念するところは、現在のGATT規定の拘束力が弱いことである。GATT第24条は、実質上のすべての関税撤廃をいかに行うかについての合意がないため、実際には意図したとおりFTA締結を困難にしていない。完全なFTAは知的財産件など多様な合意を含むが、FTAsの本質は関税交渉であり、上記のとおり自由化の程度の選択の自由度は高い。更に物品貿易以外の市場アクセスの交換を含めることができる。かようにFTAsはほとんどの国に魅力的であり、ラウンドが成功してもFTAの拡散は止まらないだろうと考える。

    [川瀬報告の概要]

    地域貿易協定(RTA)には、司法化された紛争解決手続を設けるものがある。またRTAの実体的規範は、通商・サービスの規律などWTOと大幅に重複する内容を含む。結果、同一の事実を巡る紛争に双方の規律および紛争解決フォーラムの管轄権がおよび、実質的に同一ないしは類似の実体規定に異なった法解釈が与えられる可能性が生じる。RTA数の増大と複雑化を考慮すればこの懸念はいっそう現実味を帯びる。

    同じ事実に関する紛争でもWTOに基づくものとRTAに基づくものは法的に別の紛争であり、既判力等の一般国際法上の原則では処理できない。よって立法的な解決が必要となる。RTAのフォーラム選択条項がどのような解決を定めているかをみると、これは次の4つに分類できる。1)わが国締結のEPAを含む相当数のRTAが採用する先行フォーラム優先型、2)NAFTAに見られるRTA優先型、3)実質においてWTO法上の義務に相当するFTA上義務についての紛争はWTOに付託するとするWTO優先型、4)無調整型の4類型である。ほとんどのRTAは1)か4)に分類される。

    しかしこれらはWTOとの管轄権調整制度としては以下の問題を抱えている。

    先行フォーラム優先型条項は、事後のWTO紛争解決手続への付託と手続の進行を止めることができず、フォーラム調整の法的手段として機能しない。WTO上級委員会によれば、一度付託された案件の判断はパネルの責務であり、WTOの判断を求めることは加盟国の権利である。つまり、RTAの手続が先行しているということを理由にパネルが判断回避を行う余地は限定されている。さらに、この類型に属するRTA関連規定を分析すると、同一紛争とされるためには、同一の事実と請求原因の同一性が求められるのか、あるいは、同一の紛争事実だけで同一紛争とするのに十分かという点について立法上・解釈上なお解決を要する問題が多く残されていることを指摘できる。

    次に無調整型かつ準司法的な性格を有するRTAの下では、WTOの判断とかけ離れたWTO法上の権利義務の解釈が、WTOとは別系統で蓄積される可能性がある。たとえば、司法化された紛争解決制度をもつアフリカ諸国のRTAの下で、WTOの類似の規定について異なる解釈が蓄積されるなら、当該地域の相当部分でWTO協定は実効性を失うことになりかねない。

    以上のように、WTO法の規律する事項に関する紛争は原則としてWTOに付託すべきであり、RTAはADRの機能を担うか、あるいはWTOプラスの規定およびWTOの規律が及ばない部分についてのみ判断すべきである。その根拠の第1は、WTOパネルが一度付託された紛争をRTAの手続先行を理由に判断回避する法的根拠に乏しいことである。第2は、司法政策的な根拠である。WTOとRTAの紛争解決手続の整備の到達点を比較すると、WTOでの紛争処理を優先させる方が国際通商の秩序維持の観点から好都合である。現時点ではWTO法の一貫性・整合性を損なうコストのほうが大きいことに留意すべきである。

    【川瀬報告に対するフロアからの質問】
    1. 上級委員会委員やパネルは誰がどういう基準で選んでいるのか。
    2. 日本のEPAはフォーラム選択に関して、先行フォーラムを優先させる姿勢をとっているのか、それとも規範事項(res judicata )の原則を採用しているのか。
    3. 国際法一般に関しても紛争処理のメカニズム増加にともない管轄権調整の問題が提起されている。分類整理からもう少し踏み込んで、最終的にどう調整するのがよいのかについての提言はあるか。たとえば国際法一般についていえば、国際司法裁判所(ICJ)をある種の上級審にして、そこで最終的に統一するというアイデアがあるが、国際経済の分野ではWTOをそういう位置づけにすることはできるか。
    4. 地域的な次元での政策形成を先行させ、既成事実化させた上で普遍的なレベルの議論を進めるというやり方もあろう。たとえばEUは内部で議論して強い議論になったものを普遍的なレベルで主張しているように思われる。日本の場合はそのようなやり方は考えられるか。
    【川瀬氏からの回答】
    1. 協定上は、基本的には各国が推薦したパネリスト候補者を名簿に登録をして、その名簿から当事国の合意でパネリストを選ぶという方式が定められているが、個別の事件ではパネリスト任命の合意が成立しないことが多い。その場合WTO事務局が当事国にパネリスト候補者を提示し、反対が出れば差し替えるというプロセスを何回か繰り返す。それでも決まらない場合、一方当事国はWTO事務局長にパネリストに関する裁定を求めることができる。このように事務局長裁定によって初めてパネリストが決定される事件が相当数に上る。
    2. 日本は全部で4つのEPAを締結しており、3つが既に発効している。これらは全て先行フォーラム優先型を採用している。
    3. WTOをすべてのRTAの上訴機関にすることは、政治的にもリソースの点からも非現実的といわざるを得ない。管轄権調整の仕方としては、WTOの包括的な優先があるべきモデルであると考える。フォーラムの競合が起こった時には賢慮をRTAの側が働かせるべきであり、WTOが確保した通商法のインテグリティを損なうような方法は非常に高いコストを伴うと考える。
    4. 紛争解決手続について言えば、たとえばNGOの参加やアミカス・ブリーフの取扱いに関する透明性の問題が、WTOのDSU交渉では多くの加盟国の同意は得られていないところ、透明性提案の支持者である欧米諸国は、FTAでこれを先取りしている。

    [鈴木報告の概要]

    知財制度の設計にあたっては以下の重要点がある。第1は、権利保護と自由な利用のバランスを確保するという点である。第2は、知財制度が貿易促進的な措置と貿易阻害効果を持つため、知財の性格や権利保有者とユーザーの利益状況、国内市場と国際市場への影響などを踏まえた適切な保護水準設定を目指すという点である。こうしたWTOと通商政策の観点および国際知財政策の観点からRTAの知財制度に関する条項を検討したのが本報告である。

    知財制度には属地主義と権利独立という世界共通の原則が成立している。それを克服するため各国知財制度の国際的調和や共通制度を目指す国際交渉が行われてきた。その歴史は二国間、地域単位、多国間の取組みの繰り返しであった。二国間アプローチへの反省から多国間協定であるTRIPS協定が締結されたが、現在は再び二国間ないし地域単位の取組みが活発化している。

    TRIPS協定は、多国間協定では初めてMFN原則を導入しており、二国間の知財関係の合意は他のWTO加盟国に同じ条件で適用される。しかしTRIPS協定は一定の範囲の知財のみを対象としており、それ以外の知財にMFN原則は適用されない。そこにRTAの知財条項が独自の制度を構築する余地が生じる。そのRTAの知財条項は、多国間協定を超える独自の内容を定めるTRIPSプラスと、権利の執行面の約束、多国間協定の加盟や遵守、特許審査などの協力を定めるものに分類できる。後者のTRIPSプラス以外の条項、たとえば水際措置など権利の執行を確実にするための約束は、基本的に問題を生じない。しかし前者の権利の実体に関する条項は、WTO加盟国の間に差別的待遇をもたらす可能性や知財制度の国際的調和を阻害する可能性を含んでいる。一部のRTAには、国際的な議論が固まっていない保護分野について、先行して保護を既成事実化する動きがある。これは、多国間交渉において当該RTA当事国の交渉上の柔軟性を失わせる結果を生じさせかねない。同じ国が締結した複数の協定の間でも保護の要件が異なっており、RTAを介して異なった制度が国際的に普及している例もある。さらに、RTAでは必要以上の譲歩が行われる可能性があり、知財制度についてのあるべき政策形成過程がとられているとはいえない例もある。

    以上のように、RTAの知財条項はWTOおよび国際知財政策の観点のいずれからも有益な政策手段と評価できる点を含むものの、同時にこれらの政策目標の実現を阻害する懸念も生じさせている。これは、知財制度およびTRIPSを巡るWTO加盟国間の対立を深刻化させ、WTO全体に対する信頼性にも影響を与えうる問題である。とりわけ、実体的な保護の内容に関わるTRIPSプラス条項は、グローバルな通商レジームと知財制度にも影響を与える問題と捉える必要があろう。

    【鈴木報告に対する小寺彰氏(RIETIファカルティフェロー東京大学教授)からの指摘】
    1. たとえばEUには域内の特別な特許制度があるがそれも批判的に見るべきか。
    2. 知財に関する交渉の窓口として、TRIPSと特許庁ベースで開かれているグローバルな条約締結会合がある。TRIPSをとにかく絶対視するということでよいか。むしろ特許庁ベースでグローバルに交渉した方がよいという見方はできるか。
    【鈴木氏からの回答】
    1. 地域単位の制度が国際調和を促進するか、あるいは阻害するかという判断は難しいが、EUの制度については基本的には促進するものと評価できると思う。特許のEU域内共通制度ができたら、これは世界特許につながる重要なステップとしてむしろ積極的に評価すべきではなかろうか。
    2. 質問に対しては、TRIPSでの新しいルールづくりは難しいという認識を示しておきたい。知財の問題は貿易とは切り離して、独自の問題として取り組むほうが良いのではないかと考える。
    【フロアからの質問】
    1. TRIPSプラス条項をWTOの紛争解決手続で争うことは可能か。日本のEPAにおいてTRIPSプラス条項を含むFTAはあるか。それは知財の執行に関するものか、あるいは権利実体に関するTRIPSプラスか。
    2. ドーハ・ラウンドでは、特許の強制実施によって生産されたエイズ治療薬の輸出が可能になった。ルワンダがこの制度の最初の利用国として名乗りを上げた。ところが米国は開発途上国とのFTAまたはその交渉の過程において、医薬品など特許の強制実施を抑えこむべく圧力をかけているともいわれる。WTOでせっかく合意に達しても、FTAがそれを崩壊させてしまうという危惧についてどう考えるか。
    3. 地域的な次元での政策形成を先行させ、既成事実化させた上で普遍的なレベルの議論を進めるというやり方もあろう。たとえばEUは内部で議論して強い議論になったものを普遍的なレベルで主張しているように思われる。日本の場合はそのようなやり方は考えられるか。
    【鈴木氏からの回答】
    1. TRIPS第1条に明らかなように、この協定は最低水準を定めるものであり、実体・手続両面についてTRIPS以上のものを定めること自体は、内国民待遇や最恵国待遇に違反しない限り紛争解決手続で扱われる問題とならない。権利の実体に関わるようなTRIPSプラスの条項を持つ日本のEPAは、多くないが存在する。たとえばドメインネームに関する条項や、不正競争分野についてパリ条約を具体化した条項である。
    2. ご質問中の特定の事例については回答しかねる。一般論をいえば、TRIPS第31条の強制実施に関するフレキシビリティをRTAにより制限することは、しばしばTRIPSプラスの例として挙げられる。この例は実際に多く見られる。
    3. 私の報告は地域的な知財政策形成を一概に否定する趣旨ではない。ただいかなるRTA知財条項を積極・消極に評価するかという基準の設定は難しい。EUの域内共通知財制度は非常に慎重なプロセスを経て知財制度がどうあるべきかという議論を重ねて成立したものである。そのような政策決定過程の実状が、1つの評価基準になりえるかもしれない。RTAといっても簡単には一括りしがたい。

    [東條報告の概要]

    サービス貿易の第4モードとは、自然人たるサービス提供者が相手国の領域内に入国してそこで滞在し、かつサービスを提供してその上で帰国するという一連のサービス貿易の提供形態である(GATS第1条)。一方、より広い自然人の越境移動現象はますます多様化、複雑化している。こうした事態に対応するため、各国は伝統的に移民法政策を中心とする規制を行ってきた。GATSによる第4モード自由化も、不可避的に各国の移民政策上の政策的考慮と絡み合ってくる。つまり、受入国内に入国し滞在する各国規制の対象たる自然人は、抽象的な意味における「労働力」ではなく生身の人間であるため、国内労働市場への直接の影響、滞在中の外国人労働者の人権、滞在が中長期にわたる場合には家族の呼び寄せ問題、長期定住などの受入国社会との社会的・文化的統合問題、滞在後に帰国した場合の本国との再統合問題、不正規移民問題などがすべて、サービス貿易自由化と絡み合ってくる。それゆえ、第4モード移動の全プロセスを公的に管理するという観点からの国際的な規制の枠組みが必要となる。さらに、多様な個性を持つ国、地域、労働形態などに応じた規制が求められる越境自然人移動の国際管理においては、越境移動する自然人の送出国と受入国双方の協力も必要不可欠となる。GATSはこのような国際管理の枠組みを提供しきれておらず、これらの要請にきめ細かく対応しうることがRTAの利点として挙げられる。

    したがって、RTAとGATSとの間には相互補完的な関係が成立することが望ましい。GATSとRTAとの関係を規律する関連規範であるGATS第5条は、サービス貿易分野での最恵国待遇義務の例外としてRTAが許容されるための要件を定めている。現時点において、この規定は規範として実効的に機能していないとも指摘される。しかしこのGATS整合性規定は、近い将来、GATSとRTAとが越境自然人移動フローを管理しつつ自由化し、かつ互いに補完的な役割を成立させる上で、重要な法的ハードルとなる可能性がある。今後の自由化交渉のポイントとなるのは、最恵国原則に基づいて自由化することができる、または、そうした自由化が正当性をもつような第4モードの対象範囲をできる限り明確化していく努力を加盟国が行うことにある。

    以上のように、第4モードの移動は、移民政策において考慮される諸問題を不可避に視野に入れざるをえない。また第4モードの移動は、サービス提供者による入国、滞在、出国という一連のプロセスを伴い、各国の移民法制による規制に服するため移民法分野の従来の経験から教訓を得ることが必要となる。第4モードの移動の特性を考慮すれば、最恵国原則に依拠した貿易自由化の主張があてはまるのは限定的な範囲にとどまり、それ以外の範囲ではより詳細な国際協力の仕組みが必要とされる。この問題に対処する上で、GATSとRTAとは相補完する役割を果たすべきでありそれを可能にするための法的手当てが今後の課題となろう。

    【東條報告に対する小寺彰氏からのコメント】
    1. 自然人移動の話が通常の物品貿易と違うとの指摘があったが、それは他のサービス分野にも当てはまるのではないか。電気通信であれ金融であれ、もともとは物品貿易と違っていた。報告は、サービス貿易という捉え方をするなという趣旨なのか、自然人貿易という部分だけが何か特別な、金融や通信などのサービス分野と違う問題があるという趣旨なのか。
    2. 自然人移動はFTAでは扱わず、二国間の移民協定で移民問題という捉え方の下、二国間協定で処理すべきだという考え方もできるが、この考えはどうか。
    【東條氏からの回答】
    1. サービス貿易分野の中で自然人を取り出して扱う一定の合理的根拠はある。電気通信や金融分野はGATSの中でも特に自由化規律が進んでいる分野であるが、その背景には経済実態としても自由化がかなり進行していたという状況がある。これと対比すると、自然人移動のある一定のカテゴリー(例:単純労働者)についてはむしろ自由化と逆行するような形で各国移民規制の強化という状況があり、「サービス貿易」の自由化として問題を整理することにはやはり無理がある。無論、不法滞在リスクがあまり高くないような自然人移動については、GATSの中できちんと最恵国ベースによる自由化の議論をしていけばよい。
    2. 貿易自由化の議論では整理しきれない点は移民問題と捉え、二国間移民協定などの移民政策の国際規律・枠組みで処理すべきではないかという見解には賛成である。ただし、RTAは通商政策のみを規律するレジームではなく、むしろ多様な政策事項を規律することのできる『器』と性格づけられる。たとえば日本とフィリピンのEPAで看護士、介護士の受入が一部認められたが、これは従来であれば、二国間移民協定で規律されていた内容と言える。つまり、RTAという『器』に従来の伝統的な二国間移民協定の内容を組み込むことは十分に可能であり、そこに越境自然人移動の問題をRTAのフレームワークの中で捉える根拠がある。

    [田中報告の概要]

    日本を含むアジア地域でのFTAの動きを見る時の出発点として、アジア地域の経済実態の特徴が挙げられる。各地域の域内貿易の割合を見ると、EUが高水準を示しNAFTAも漸増傾向を示す一方、他方アジア地域では、FTAの存在しなかった80年代からすでに域内貿易の割合が高まっていた。このように経済実態が明らかに先行している中でFTAが結ばれている点がアジア地域の際立った特色である。FTA締結の動向としては、アジア地域のFTAが先行するASEANが地域内諸国と交渉を進めるという経緯をたどってきたことも特色といえる。つまり、ASEANをハブとして交渉が進んできたのがアジア地域のFTAの大きな全体像であり、これがASEAN+3やASEAN+6という構想のベースとなっている。とはいえ、APECという枠組みでも自由貿易協定の議論に見られるように、アジア地域での協定の締結はまだ多様な可能性を残している。

    こうしたアジアの状況下での日本のFTAの締結の仕方には次の特色がある。メキシコとの協定を除いて、日本は、シンガポールを初めとするアジアのASEANの国々を中心に二国間の協定を締結し、その後ASEAN全体との締結を目指すというFTA交渉の進め方をしてきた。このように二国間協定から地域的協定へ進む例は多くない。しかし、これはアジア地域および相手国の事情を反映した結果である。つまり、日本のEPA締結相手国は先進国とFTAを結んだことがない国が多く、二国間協定でまずFTA締結と運営の経験を積んだ上で次のステップに進んでいくという進め方がむしろアジア地域での実情に適っていたといえる。こうした歴史的な経緯から、二国間協定から地域的協定へという進め方がアジア地域には自然でありまた必然であった。

    さらに、二国間協定に加えてASEAN全体とEPAを結ぶことの意味として次のことを指摘できる。ASEAN地域においては、日本から主要な基幹部品を持ち込んで加工組立を行い、加工国以外の国で販売をするというビジネスが伸びている。そうした事態を見据えると、現在の二国間EPAだけではカバーできないところを多国間協定で手当てすることに経済的な意味を見出すことができる。このように、日本のFTAネットワークは二国間協定を基礎としつつ、これにASEAN地域をカバーする多国間協定を重ねあわせることによって、現実のビジネスに役に立つ、本当に意味のあるFTAになっていくといえる。

    しかし次のことも留意されなければならない。アジア地域経済はEU、アメリカなど域外の経済との関係を強めている。この現実のなかで各国がFTA戦略を進めている以上、FTAが閉鎖的なブロックを目指すものであってはならない。実際に、ブロック化ではなく外との関係も同時に進化するというFTA網が目指されている。また日本も昨年ASEANプラス6カ国の間でのFTA構想を提案している。

    【田中報告に対するフロアからの質問】
    1. EPAやRTAは日本以上にヨーロッパやアメリカ大陸で進んでいる。それと比べれば日本やASEANは遅れている。これまでヨーロッパやアメリカ大陸において地域統合が先行する中で、日本の企業はどういう不利益をこうむってきたのか。
    2. 日本がEPAを結ぼうとする際には農業問題が絡んでくる。農林水産省と経済産業省とのそのようなすり合わせはどう行われているのか。
    【田中氏からの回答】
    1. 先行する地域統合の日本への影響に関して、EUが統合を進めていく過程やNAFTA設立時に日本企業が不利になるのではないかという議論があった。結果的に日本の産業界は対外直接投資などの対応を進めた。それから、メキシコやチリなど多くの国とFTAを結んでいる国との関係で、日本だけがFTAを結んでいないために通商上不利な立場に置かれることは現実にあった。そこで、日本とメキシコのFTA締結などの手当てがなされた。
    2. 政府内での農業問題などとの調整は、経済財政諮問会議および内閣の決定によって行われる。また個別の交渉の中では、内閣の方針の下でいろいろな調整をしていくという仕掛けができている。