RIETI政策シンポジウム

Quo Vadis the WTO?:ドーハラウンドの将来と国際通商レジームの管理

イベント概要

  • 日時:2007年8月6日(月) 9:45-17:55
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    開会挨拶

    今回のシンポジウムのテーマは「Quo Vadis the WTO?」です。この表現は新約聖書の外典の有名な話に触発されたものです。キリストの弟子ペトロが迫害の激化したローマから逃れる道筋、師イエスが反対側から歩いてきました。驚いたペトロが「師よ、どこへ行かれるのですか」(Domine Quo Vadis?)と問うと、イエスは「もう一度十字架にかけられるためにローマへ」と答えたので、ペトロは殉教を覚悟してローマへ戻ったという話です。WTO体制も殉教に向かうとは簡単にいえませんが、WTO体制が大きな試練の時を向かえているのは確かです。ラミー事務局長は本年9月からの本格交渉再開を呼びかけていますが、情勢は予断を許しません。ドーハラウンド停滞の一方では、各国のFTAやEPAの交渉が盛んになっています。こうした状況の中で、地域的経済統合についてのプロジェクトに携わってきた研究者とジュネーブ、ブリュッセル、デリー、ソウルからの専門家が一同に会して、WTOおよび地域的経済統合の将来のあるべき方向について議論を深めることは、極めて有意義なことです。

    経済産業研究所は、前身の通商産業研究所時代(1990年)に地域的経済統合の現状と展望に関するモノグラフを出版しています。当時もGATTの多角的貿易交渉の将来は不透明であり、また欧州の要塞化の脅威や、米国を中心とするFTAの動きに懸念が表明されていました。これに対して当時は、第1に地域統合はあくまでGATTに整合的でなければならず、日本も他地域での地域的経済統合がGATTの整合性を確保するように要請していくべきであり、第2に日本が多角的貿易体制の維持強化に代えて地域的経済統合政策を推進する方向に政策転換すべきかについては、慎重に臨むべきだという見解が示されていました。しかし今世紀に入り、世界各国および各地域間のFTAやEPAの大きな波に押されて、日本も積極的に地域的経済統合を推進するようになっています。日本の地域経済統合政策がさまざまな壁を克服していかなければ、日本はますます内向きになってしまう可能性があります。そうなりますと、Quo Vadis the WTO? どころかQuo Vadis Japan? と世界中から問われることになりかねません。本シンポジウムではWTOと地域経済統合を両輪とする将来の世界および日本が目指すべき通商政策の方向について、活発な議論が展開されることを切に願っています。

    「はじめに:国際通商レジームの現在」

    [報告の概要]

    2001年以来のWTOドーハ・ラウンドは難航を極め、昨夏のラミー事務局長による交渉の無期凍結宣言を経て再開した交渉も、依然として農業補助金、農産物関税、そして非農産物関税の削減の争点の三竦みが解消せず予断を許さない。ラウンドの長期化はGATT/WTO法の規律拡大の必然だが、ドーハ・ラウンドでは今や交渉パッケージは実質的に市場アクセスとルールのみの交渉に縮小している。

    難航の理由の1つは、加盟国の多様化に伴い先進国主体のクラブ財の性格が失われ、合意形成が容易ではなくなっている点にある。更に、代わって交渉を左右しつつある途上国の多くにとっても、輸出志向型の成長モデルをとり積極的に自由化政策を促進することが国益に資さない。こうしたWTOのルール策定機能の低下は、国際社会にとって未曾有の経験である。

    そこで国際社会は自由貿易の維持促進の活路の1つを地域経済統合(RTA)に求めており、その件数は2000年代に入り急増した。その規律事項は物品とサービスの貿易におけるWTOプラスの自由化のみならず、WTO以上の通商ルールの強化や投資などWTOが十分に規律していない分野にも及んでいる。RTAの隆盛は国際通商体制の管理に対して次の問題を提起している。すなわち、条約を基礎とするRTAにおいて法制度化がどの程度進行しており、それらはWTOに代替する規律になりうるか。また、両者が並存する時に、その間にいかなる相互連関の制度を用意すべきか。

    もう1つの自由貿易の維持促進の方途として、WTOの紛争解決手続が挙げられる。WTO上級委員会は、ルール作成が停滞している間もWTO協定内容の明確化を通じて、国際通商の秩序維持に重要な役割を果たしてきた。しかし、その運用は時に司法による法創造あるいは司法積極主義であるとの批判を受けている。果たしてこうした批判は当を得ているか。また、新紛争解決手続がラウンドにどのような影響を与えるか。

    市場開放交渉に代替するこれら通商政策管理は有用であるが、あくまで次善の策である。国際協調によって多角的な通商レジームを維持強化し、世界規模の迅速かつ効果的な貿易自由化を達成するという本来の観点に立ち戻れば、やはり依然としてWTOのラウンドを再活性化することが不可欠である。