新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

グローバルな不確実性の増大と日本経済

森川 正之
所長・CRO

世界的な不確実性の高まり

この20年ほどの間の世界経済を振り返ると、世界金融危機、欧州債務危機、新型コロナ危機など想定外の不確実性ショックに直面してきた。日本経済も当然これらから大きな影響を受けた。最近は、ウクライナ戦争、中東ガザ地区の紛争、北朝鮮のミサイル開発進展など軍事衝突や安全保障環境の悪化が深刻化しており、2024年も不安定な国際環境が続くことが見込まれる。また、現時点では予想されない新しい事態が発生する可能性も排除できない。

不確実性の高まりは投資、消費をはじめとするさまざまな経済活動にネガティブな影響を持つ(注1)。企業や家計は不確実性が解消するまで動かずに様子を見る(wait-and-see)行動を取る傾向があるからだ。貿易政策に限って見ても、近年、Brexit国民投票、米国のTPP交渉離脱、米国の対中制裁関税と中国の対抗措置など不確実性ショックが頻発している。関税引き上げは直接に貿易を減少させるが、貿易政策の先行きが見通せないという不確実性が追加的な影響を及ぼす。特にBrexitの影響については多くの実証研究があり、サービスを含む貿易や英国経済にマイナスの影響を持ったことを明らかにしている(注2)。貿易政策の不確実性(Trade Policy Uncertainty: TPU)が現実の貿易を抑制する効果を持つことは、頑健な実証的事実だとされている(Handley and Limão, 2022)。

グローバル不確実性指数

こうした中、グローバルな不確実性を定量的に捉えるためのさまざまな指標が開発されてきた。①グローバル経済政策不確実性指数(Global Economic Policy Uncertainty: GEPU; Davis, 2016)、②世界不確実性指数(World Uncertainty Index: WUI; Ahir et al., 2022)、③地政学リスク指数(Geopolitical Risk Index: GPR; Caldara and Iacoviello, 2022)が代表例で、いずれもテキスト分析の手法を用いて作成されたものである(注3)。

①は各国の主要新聞報道を基にした月次の指数で、主要16カ国のEPU指数をGDPウエートで加重平均したものである(注4)。②はEconomist Intelligence Unitの国別報告書(143カ国)を用いた四半期の指数である。③は新聞報道に基づいて地政学的な負のイヴェントのリスクを測るために作られた月次の指数である。すでに多くの研究がこれらの指標を利用して、不確実性が貿易や経済活動に及ぼす影響を分析している。

これらグローバル不確実性指数の動きを見ると(図1参照)、GEPUおよびWUIは新型コロナの初期に極めて高い水準となった他、欧州債務危機のあった2012年、Brexit国民投票や米国でトランプ政権が誕生した2016年などに上昇している(注5)。また、ロシアのウクライナ侵攻が始まった2022Q1にもかなり高まった。これに対してGPR指数はかなり異なる動きを示しており、同時多発テロ(2001Q4)、多国籍軍によるイラク攻撃(2003Q1)の際に大幅な上昇を示したほか、ロシアのウクライナ侵攻が始まった際(2022Q1)にそれらに次ぐ水準まで上昇した(注6)しかし、この指数がとらえようとしているリスクの性質上当然と言えるが、コロナ危機時には顕著な変化は見られない。

この図は本稿執筆時点で利用可能な2023Q3までの数字であり、ごく最近のハマスによるイスラエル攻撃とそれに対するイスラエルの軍事的対応(2023Q4)はカバーしていない。しかし、ウクライナや中東情勢次第では、今後、政治的・経済的な不確実性が大きく高まる可能性がある。

図1:グローバル不確実性指数の動向
図1:グローバル不確実性指数の動向
(注)3つの指数が全て利用可能な1997年以降のデータを基に、平均値をゼロ、標準誤差を100にそろえた数字。GEPUおよびGPRは月次の指標を単純平均して四半期化している。

地政学的なテールリスク

ロシアによるウクライナ侵攻開始から2年近くが経過した。既に多くの経済的影響が生じているが、ウクライナ情勢の今後を予想することは困難で、紛争の行方や終結時期には大きな不確実性がある。2023年9月に日本人約13,000人を対象として筆者が行った調査によると、その終結時期を2026年以降と予想する人が半数近くにのぼっているが、分散は非常に大きく見通しの不確実性が高いことを示している(図2参照)。

軍事的紛争が長引く中で偶発的に想定外の事態が生じることも排除できない。ウクライナ戦争において核兵器が使用されるといういわばテールリスク(確率は低いが起きると非常に大きな影響を与えるリスク)の主観的確率を尋ねたところ、中央値10%、平均値22%だった(注7)。そしてゼロ%と回答した人は全回答者のうち19%と少数だった。仮に核兵器が使用されれば世界の政治経済に対して極めて深刻なショックとなるのは間違いなく、経済活動にも甚大な影響を及ぼすおそれがあるが、多くの人はそうした可能性がゼロではないと見ているわけである。

図2:予想されるウクライナ戦争の終結時期
図2:予想されるウクライナ戦争の終結時期
(注)2023年9月に行った調査(N=13,150人)による。

前述の通り、グローバルな不確実性ショックは国際貿易や日本を含む各国の経済活動に大きく影響する。2024年に想定外のショックが生じないことを願っている。大規模自然災害や地政学的リスクの存在は避けられないし、これら自体を低減するためには経済政策の範囲を超えた対応が必要である。しかし、少なくとも各国政府および国際的協力によってコントロール可能な不確実性はできる限り取り除く努力が必要である。

脚注
  1. ^ 不確実性研究の代表的なサーベイ論文としてBloom (2014)、Castelnuovo (2023)を挙げておきたい。
  2. ^ RIETIではChen et al. (2016)が、日中領土紛争の予期せざるエスカレーション(2012年)という不確実性ショックが、日本企業の直接投資減少をもたらしたことを示している。
  3. ^ いずれの指標もhttps://www.policyuncertainty.com/index.htmlからアクセス可能である。Castelnuovo (2023)は、これらグローバル不確実性指数についても解説している。
  4. ^ GEPU指数を構成する日本の政策不確実性(EPU)指標(Arbatli et al., 2022)は、RIETIの伊藤新上席研究員が作成し、毎月更新している。
  5. ^ GEPU指数はリーマン・ショックのあった2008年にもかなり上昇している。
  6. ^ GPR指数には1900年以降の超長期の系列もあり、第一次世界大戦、第二次世界大戦の期間に極めて高い水準を示している。
  7. ^ 個人特性別に見ると、男性、中高齢層、高学歴層ほど核兵器が使用される確率を低く予想する傾向がある。
参照文献
  • Ahir, Hites, Nicholas Bloom, and Davide Furceri (2022). “The World Uncertainty Index.” NBER Working Paper, No. 29763.
  • Arbatli Saxegaard, Elif C., Steven J. Davis, Arata Ito, and Naoko Miake (2022). “Policy Uncertainty in Japan.” Journal of the Japanese and International Economies, 64, June, 101192.
  • Bloom, Nicholas (2014). “Fluctuations in Uncertainty.” Journal of Economic Perspectives, 28(2), 53-176.
  • Caldara, Dario and Matteo Iacoviello (2022). “Measuring Geopolitical Risk.” American Economic Review, 112(4), 1194-1225.
  • Castelnuovo, Efrem (2023). “Uncertainty Before and During COVID-19: A Survey.” Journal of Economic Surveys, 37(3), 821-864.
  • Chen, Cheng, Tatsuro Senga, Chang Sun, and Hongyong Zhang (2016). “Policy Uncertainty and Foreign Direct Investment: Evidence from the China-Japan Islands Dispute.” RIETI Discussion Paper, 16-E-090.
  • Davis, Steven J. (2016). “An Index of Global Economic Policy Uncertainty.” NBER Working Paper No. 22740.
  • Handley, Kyle and Nuno Limão (2022). “Trade Policy Uncertainty.” Annual Review of Economics, 14, 363-395.

2023年12月22日掲載

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