2022年は、ロシアのウクライナ侵攻という異常な事態で明け暮れた1年だった。
結局、この戦争は終結せず、2023年に持ち越され、長期化する危険も十分存在する。ロシアとの対決の前線に立つ米国は、ロシアに対する経済制裁の新手な手法を次々打ち出すと同時に、ますます習近平主席個人に権力が集中するような体制を作った中国に対しても、半導体を中心とした新技術の提供を差し止める方針を打ち出している。これについての日本企業の反応が鈍いという問題が、英フィナンシャルタイムズ紙などで指摘されている。4大監査法人などからの度重なる指摘にもかかわらず、日本企業の側には、行動を急ぐ兆しが見えないというのである(注1)。
例えば、「CHIPSおよび科学法(半導体法)」は明確に対中国を念頭に置いている。ITや軍事技術の高度化を進めるには、最先端の半導体の使用による制御機能の向上が不可欠なのだが、半導体についての米国の技術を高度化する一方で、中国が利用可能な半導体を旧式にとどめれば、中国の技術を「ガラパゴス化」し、先端産業や軍事での米国との覇権争いから脱落させられるというのが、この法案の狙いだ。
法案に基づき、米国は半導体の国内製造に520億ドル以上の補助金を出す。米国で製造する外国企業もこの補助金を受けることができる。ただし、そこには条件があって、中国での半導体製造については、今後10年、最新製品の生産規模拡大や技術のアップグレードができないことを了承しなければならない。
この法案によって米国は、「米国をとるか、中国をとるか」の選択を同盟国企業に迫っている。日本や韓国など半導体に競争力を持つ国の企業は、当初米国政府の真意を測りかねていたが、10月7日には、中国で製造されるAIやスーパーコンピューター用半導体に、米国の最新技術が使われることを防止する輸出規制という、さらに一段踏み込んだ措置までが発表されたので、ようやく動き出した。これに対して欧米企業の反応はより迅速だった。
ラムリサーチ、KLA、アプライド マテリアルズといった、米国の半導体装置の製造企業はもちろん、今日、先端の半導体生産に不可欠な技術、極紫外線リソグラフィで独走するオランダのASMLは、輸出規制が発表されたわずか5日後に次の社員に対する内部通告を発表している(注2)。
「すでに承知と思うが、米国政府は10月7日に中国における一部の生産過程について、米国での労働許可を持つ雇用者に対する規制を強化した。そのため、ASMLの米国の雇用者は、直接的にも、間接的にも、今後、連絡があるまでは、中国のいかなる顧客への営業サービス、出荷、技術支援を行うことも禁じられる。これは新しい規制に対する完璧なコンプライアンスを保証するための予防的な措置である。」
米欧に次いで、韓国の企業と政府も動き出し、措置の猶予や緩和を求める交渉を米国政府と開始して、多くの場合は1年の猶予といった成果を得ている。半導体大手SKハイニックスのように、中国生産からの撤退や米国への工場移転の可能性にトップが言及する企業もある。
米国の半導体法とAI、スーパーコンピューター用半導体製造にかかわる対中輸出規制は中国のキャッチアップを遅らせることにどれだけ効果があるだろうか? これについて、大人口を抱えるためにビッグデータの利用が可能な中国は、やがてAIでトップに進出するだろうという、NEC、ソニーなど日本企業トップの冷ややかな見解も、フィナンシャルタイムズで紹介されている(注3)。
しかし、少なくとも中期的には技術面の打撃は大きいのではないだろうか。
極端紫外線リソグラフィの供給をASMLから受けられなくなれば、中国半導体企業は半導体の微細化の技術で遅れることになり、品質でも、価格でも不利になる。AIにおける中国の急速な進歩の鍵となっていた、米エヌビディアの半導体供給が止まれば、中国の野心的AI計画も頓挫しかねない。
中国の半導体技術の進化が止まる危険性の影響は、中国の大手半導体メーカーへの逆風にすでに現れていて、米アップルは、自社製品に中国の長江メモリ(YMTC)の半導体を使用するとしていた計画を、2022年10月に撤回している。
12月に、中国当局のゼロコロナ政策への反対運動が大都市に広がった際、筆者などは天安門事件の再発を危惧したが、それが起こらず、中国政府がゼロコロナ政策を緩和する妥協をしたのには驚いた。恐らく、米国が「半導体法」など対中政策を進める中で、いま、天安門事件のようなことを起こしたら、どうなるかの危険を中国当局も理解したものとみられる。米国の半導体政策の効果を中国も恐れているということではないだろうか。
日本企業への影響はどうだろうか? 中国へ半導体装置を輸出している企業に影響が及ぶことは明らかだ。しかし、恐らくそれだけにとどまらない。日本企業にとり、中国は製造業のサプライチェーンの重要な拠点で、中国産半導体を装備した中国製部品を生産工程で使用するケースも多いはずだ。ところが、今後、中国での半導体技術の更新が不可能になれば、中国産半導体を装備した中国製部品の劣化や高価格化が発生する。それが深刻になった場合、中国をサプライチェーンの中心にした生産体制そのものの見直しが必要となる可能性もある。
台湾TSMCの米国国内への総投資(計画ベース)を3倍にすることに成功するなど、米国の政策の目的は半導体産業のファウンドリー部門を米国に回帰させることなのではないかと疑える点もある。このことには欧州も懸念していて、独自に半導体産業の成長支援策の構想を進めている。世界中が急速に動いているわけだ。当面、日本企業は条件面での米国当局との交渉を進める一方で、長期的に、中国での生産体制を見直す必要があるかどうか判断を進めるべきだろう。