新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

防衛費と税財政:継戦に耐える持続可能な財源確保へ

佐藤 主光
ファカルティフェロー

防衛費をどうするか?

この1年でわが国を巡る安全保障は激変した。ロシアのウクライナ侵攻に始まり、北朝鮮のミサイル実験、中国の軍事力の増強等、東アジアでも緊張が高まっている。こうした中、「スタンド・オフ・ミサイル」(敵の対空ミサイルの射程外から攻撃する)など防衛力強化策と防衛費の拡大が求められてきた。岸田総理は防衛費の「相当な増額」を表明した。防衛省は2023年度から向こう5年間に必要な防衛費を約48兆円と見積もる。ここで懸念されるのはその財源だ。鈴木財務相は「防衛費は恒常的に必要となる経費だ」と述べ、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」も防衛費の財源について「幅広い税目による国民負担が必要」との考え方を示した。

他方、建設国債が(橋梁や道路の建設など)公共事業に充てられるのと同様に防衛予算を「次の世代に祖国を残す予算」として、「防衛国債」を財源とすべきとの主張もある。今後とも安全保障への懸念が続き、防衛費の拡大が恒常的に求められるならば、その財源も恒常的であるべきだ。防衛国債であれ、赤字国債であれ将来的に元利償還を迫られ、財政の持続性を危うくしかねない。国債は現在、低金利だが、世界的に金利は上昇している。日本だけ低金利をずっと維持するのは難しい。英国ではトラス前首相が減税を主張した途端、財政赤字拡大への懸念で英国債の金利上昇に直面した。しかし、防衛費に限らず、増税について国民・政治の理解を得ることは難しい。政府税制調査会で「消費税率を未来永劫、現行の10%にとどめることはできない」、新たな車体課税(自動車税等)として「走行距離に応じた課税も検討すべき」といった意見が出た途端、ネットでは「政府税調は怪しからん」との批判が出した。無論、政府税調もコロナ禍・物価高の中での増税を求めているわけではない。防衛費増についても短期的には赤字国債を充てることになるだろう。とはいえ、その償還財源をあらかじめ明らかにするべきだ。足元では新型コロナ対策、物価高対策、中長期的には社会保障給付費の増加など歳出ニーズは高まる中、財源に関しては、その議論さえも封印された状況だ。このままで良いのだろうか?

財政の持続可能性

しばしば「政府の借金は民間の借金とは違う」とされる。もっとも、それは政府が債務を返済しなくて良いこと意味しない。政府と民間が決定的に異なるのは政府には「軍事権」と「課税権」があることだ。軍事権はまさに「国民の生命と財産(生活の営み)を守る」ためであり、いま防衛費増が求められるゆえんでもある。他方、家計や企業のように比較的短期のうちに借金の返済が求められないのは政府が長期に渡って課税権を行使して元利償還に充てられるからに他ならない。実際、財政の持続可能性は現在から将来(理論上、無限先)までの基礎的財政収支(税収マイナス政府支出)の合計(現在価値ベース)が現行の債務残高に一致する、つまり、将来の財政黒字で国債を償還することを要請している。基礎的財政収支が赤字であれば、増税を含めて黒字への転換が必要だ。今後とも増税を認めないまま、つまり課税権を放棄した形で国債を発行し続けるのは、それ自体、持続可能ではなく、市場からの国債への信認を損ないかねない。防衛の分野では最近、弾丸の補充など戦闘の継続能力を指す「継戦」が重視されているが、財政の「持続性」も有事においては欠かせない。

政府の主な税源は所得税、法人税、消費税である。増税の選択肢としては所得税額を課税標準とした「付加税」があろう。実際、東日本大震災では、震災の復旧・復興財源を調達するため、政府は「復興債」を発行する一方、「復興所得税」として2013年から25年間、所得税に2.1%相当額を上乗せしている。防衛が「国民の生命と財産を守る」ものとして、生命は平等だが、財産は格差がある。守られることで、より利益を得る所得の高い人に応分の負担を求める所得税が応益原則にもかなう。高額納税者ほど付加税率を高くすることで累進性を持たせても良い。防衛力で企業の経済活動が守られるという観点から法人税の増税を志向する向きもある。ただし、賃上げなどに向けた税制優遇の効果を減殺しかねない。増税には慎重であるべきだろう。なお、消費税については社会保障費の財源として留保しておく。

所得税の改革を

とはいえ、現行の所得税には課題が少なくない。公的年金等控除などの「手厚い所得控除」で所得税の課税ベースは狭い。実際、(金融所得等は除く)「総合課税対象となる収入」が270兆円余りに対して、各種所得控除後の課税所得は120兆円にとどまる(令和2年ベース)。税率1%あたり2兆5000億円強の税収を上げる消費税とは対照的に所得税の財源調達能力は限られる。2022年度の所得税収は約20兆円の見込みだが、付加税率を5%として捻出できる財源は1兆円程度にとどまる。仮に「合計所得」2000万円以上に10%と付加税を課すとしても(この階級からの税額は約3兆7000億円のため)税収は3700億円程度にすぎない(数値は「令和2年申告所得税標本調査」(国税庁)による)当面は現行の税制に基づいて付加税を課すとしても、これを契機に所得控除など現行の所得税の課税ベース自体を見直すことはあって然るべきだろう。合わせて現在、(国・地方合わせて税率20%で)分離課税になっている金融所得にも(総合課税と同様の)付加税を課すなど課税強化を図ることが望ましい。「一億円の壁」とも揶揄されるが、株式譲渡益等金融所得が多くを占める高所得層の間での所得税負担の低下への歯止めにもなろう。

非常時は平時の構造の不備を露呈させる。以前から政府税制調査会でも所得税の「再分配機能の回復」に加えて、「財源調達機能の向上」が求められてきた。所得税の不備=狭い課税ベースが非常時の対応=防衛費の財源確保を困難にするとすれば、その是正に取り組むことが喫緊の課題であろう。各国の歴史を振り返っても、ナポレオン戦争や南北戦争など所得税の創設を含め戦時あるいはその危機が税制改革を促してきたことは否めない。かつ第二次英仏戦争、日露戦争、あるいは第二次世界大戦に際しても、勝者は常に相手より財源確保に成功した国だった。

2022年12月22日掲載

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