1. はじめに
2021年には、デジタル庁が発足して、日本の新たな国のかたちを実現する取り組みが開始された。社会のデジタル化は、2022年以降も進展する。デジタル化とは情報を0と1に特定化することを基本とするので、その本質は情報の標準化に他ならない[1](注1)。
本稿では、このような重要性が高まっている技術概念である標準化が、経営戦略に係る分析枠組みにおいてどのように取り扱うことができるかについて論じる。技術標準に関する分析を行う上での限界についても述べる。 既存の経営戦略論を拡張的に扱うことにより、標準化の効果、とりわけ競争戦略に係る影響の分析を試みる。
2. 経営戦略論の視座と限界
今日、標準化が製品やサービスの競争力に与える影響が大きくなっているが、既存の主な経営戦略理論では、標準化が戦略にもたらす含意は、副次的に分析されているにとどまる[2, 3](注2)。
1つの理由として、分析枠組みの概念が提示された年代(-2000年代初頭)においては、今日ほど標準化が重要な技術概念でなかったことがまず挙げられる。他の理由として、既存の経営戦略理論は、「いかに経営上意味のある差別化を実現するか」を重視するので、技術の「共通化」、つまり「非差別化」を行う標準化は、基本的なアイデアになじまない点を指摘できる。その本質において、旧来の経営戦略理論は、標準化戦略を説明することに適さない部分を有している。3. 標準化の効果
(1)分析枠組
今日の代表的な経営戦略に関する分析枠組みとしてVRIOフレームワークが挙げられる[2]。企業レベルの戦略において、この枠組みは、とりわけ競合相手から模倣されにくい経営資産を有することを重視する。つまり主に企業の固有の内部資源等に着目して、持続的競争優位をもたらす要因に注目する。(1)経済価値(value)、(2)経営資源の希少性(rarity)、(3)模倣困難性(imitability)、(4)組織(organization)の4要因によって、企業が持つ競争力を把握する(注3)。
製品製造の事例で述べれば、市場の機会をとらえて製品を生み出す能力(すなわち消費者が購入したいと考える製品の製造能力)があり、その製品を生産するために必要な資源を独占でき、製造に利用する技術が模倣困難で、技術をうまく取り扱う組織能力がある場合に持続的な競争優位を確保できると主張する。つまり、「市場が求める模倣困難な商品を製造すること」の重要性を説いている。とりわけ、組織に関する要因として、そのような製品につながる技術を見いだす組織ルールを競争優位の持続性の面で重要視する。
価値のある模倣困難な技術シーズを研究部門が生み出したとしても、その新たな経済価値を見いだす能力を有する組織でない場合には、持続的な競争優位の確保は困難である。例えば、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)は、今日、コンピュータOSにおいて広く利用されているグラフィカル・ユーザー・インターフェース (GUI)を開発したが、その技術の製品への実装を当初、行ったのは、アップルコンピュータのマッキントッシュであった[2, 4](注4)。
(2)標準化の影響と効果分析
では標準化は、VRIO分析枠組みの中でどのような効果を各分析項目にもたらし、どのような影響を経営戦略にもたらすだろうか。ここでは、通信機能を提供する機器を例とし、技術要因以外は固定される仮定とする。

まず、経済性においては、技術の標準化により端末間のネットワーク効果に起因する外部経済により製品の経済性は上昇する。希少性については、希少性が技術要因によらない場合に影響は中立的と見なされる。模倣困難性は、標準化により模倣の困難性は低下するであろう。組織要因の影響は、標準化活動に関する社内コーディネーションが整備されている場合には、競争優位の継続に正の影響を有するか中立的であろう[5]。つまり、このフレームワークにおいては、標準化は経済的価値の上昇をもたらす一方で、模倣困難性を低下させる働きをすることを示唆する。標準化により経済的な価値の向上が、模倣困難性の低下を上回れば、持続的な競争優位を確保することができると期待できる。一方で、経済的な価値の向上が、模倣困難性の低下を下回れば、一時的な競争優位にとどまることを示唆している。
先端的技術分野での自社の技術標準の策定においては、一定の技術情報の開示が必要であることから、模倣困難性を高くするためには、標準化活動における技術情報の自社の管理と、標準化団体における開示情報の管理体制の整備が重要である[5, 6, 7, 8, 9, 10]。標準化に関する企業内の情報管理に係る体制整備はある程度進んでいると考えられる一方で、標準化団体における、企業側の開示情報の扱いは差があるとの結果が得られている[10]。本フレームワークに基づく分析は、標準化における技術情報管理の経営戦略理論上の重要性と、そのための組織能力向上の必要性を示唆している。
4. 結語
競争戦略に係る経営戦略理論の枠組みにおいて、標準化の効果を分析することの意義と内在する限界について述べた。既存の枠組みを拡張的に扱う分析を行い、標準化は経済価値を上昇させる一方で模倣困難性を低下させる効果を有するとの示唆を得た。持続的な競争優位を確保するためには、模倣困難性の向上のために技術情報管理などに係る組織能力の向上が経営および政策課題として重要であるとの知見が得られた。
謝辞
本稿のコラムに関する研究は、JSPS科研費(15K03718および19K01827:研究代表者 田村 傑)の助成を受けて実施している。注)「科研費による研究は、研究者の自覚と責任において実施するものです。そのため、研究の実施や研究成果の公表等については、国の要請等に基づくものではなく、その研究成果に関する見解や責任は、研究者個人に帰属します。」(「科研費ハンドブック」[日本学術振興会])