新春特別コラム:2021年の日本経済を読む〜コロナ危機を日本経済再生のチャンスに

2021年日本経済:ヒトに投資を

佐藤 主光
ファカルティフェロー

本稿を執筆中(2020年12月時点)、我が国は新型コロナ禍の「第三波」に見舞われている。東京都の新規感染者は連日600人を超えてきた。重症患者も増加しており、「医療崩壊が近い」との懸念が高まっている。こうした中、政府は新たに事業規模73.6兆円の追加経済対策を決定した。「雇用を維持し、事業を継続し、経済を回復させ、グリーンやデジタルをはじめ新たな成長の突破口を切り開く」(菅総理)べく、新型コロナ関連に約5兆9千億円、デジタル化を含む経済構造の転換に約18兆4千億円、国土強靱化に約5兆6千億円の財政支出を充てる。政府は実質GDPを3.6%程度押し上げる経済効果を見込んでいる。とはいえ、「規模ありき」の感は否めない。「34兆円」(2020年7月~9月期の年換算)を試算させた需要不足を埋め合わせるよう大規模な財政支出が優先された格好だ。マクロ経済へのカンフル剤として一時的に需要の喚起になっても、中長期的に「新たな成長」に繋がるかは定かではない。既に国の財政赤字(新規国債発行額)が100兆円を超えるなど財政も悪化の一途をたどっている。当面、民間のカネ余り(資金余剰)が続き、国債金利は低水準に留まると財政の先行きを楽観視する向きもある。しかし、こうしたいわゆる「ニューノーマル」はデフレ、即ち物価・賃金の低迷と雇用の不安定の継続を意味しており、経済の今後には悲観的にならざるを得ない。

かつて経済学者のクズネッツは「世界には4種類の国がある―先進国、後進国、日本、アルゼンチン―」と評したという。ここで日本は当時、急速な工業化と高度成長を実現した国として紹介されている。他方、アルゼンチンは「先進国だったが衰退した国」と位置付けられる。実際、アルゼンチンは、第1次世界大戦前は世界で十指に入る豊かな国だった。1910年の一人当たり国内総生産(GDP)は英国の8割でドイツを上回っていた(注1)。しかし、1930年代の世界大恐慌で小麦等一次産品が低迷するとアルゼンチンは保護主義による工業化に踏み出した。その政策の失敗と政情の不安定が長期に渡る低落傾向をもたらしたとされる。経緯こそ異なれ我が国が同じ轍を踏まないという保証はない。実際、一人当たりGDPのランキングは2018年には26位まで更に低下、既にOECD平均を下回り、韓国にも迫られている。高齢化・人口減少といった構造問題に加えて、コロナ禍が契機となって日本経済が「アルゼンチン化」することは決して絵空事ではない。再生か衰退か、2021年の日本経済は岐路に立っているといっても過言ではあるまい。

ではどうするか? わが国は1800兆円を超える潤沢な金融資産を抱える。過去の成長の果実(ストック)といえるが、その多くは国債等に充てられてきた、これを転換して将来の成長に繋げられるかがカギになろう。従前、金融機関が企業等に資金を融資するにあたっては設備・土地などを含む実物資産の担保を求めてきた。つまり、融資の基準は「モノ」であった。しかし、(知的財産等)無形資産が増えるデジタル経済において経済の成長に寄与するのはモノではなく人材=「ヒト」であろう。新興(ベンチャー)企業の成否を決めるのも、経営者の能力だ。よって、モノ=担保に代えて人材=ヒトへの評価に基づく資金を提供する仕組みの構築が望まれる。これまでも金融機関、特に地方銀行には「目利き力」(事業性評価)が求められてきた。これを徹底すべく本稿では以下のようスキームを提案したい。

図表
図表:資金供給フレーム
出所:筆者作成

融資の対象は新興企業の経営者の他、専門的な知見を持ったフリーランス等とする。(融資された資金は事業の他、教育投資に充てられる。)ここで金融機関には「目利き」としての能力が求められてくる。融資額は年間最大400万円、融資期間は最大5年間(総額2千万円)など小口を原則とする。さらに2年間など一定期間を据え置いた上で返済期間に入るものとする。金融機関等はモノ=担保に代えて、彼等の将来性を評価した上で融資の可否・金額を決定する。他方、貸し手のリスクを軽減するよう融資額については一旦、準備金として損金算入して法人税等を減税、後年資金の償還に合わせて利益計上(益金算入)させる。これに関連して政府は「経営資源集約化税制」において中小企業のM&Aを促進すべく将来の支出・損失に備えて積み立てる準備金の損金算入を認めるとしている。貸し手は個人投資家、つまり、金融機関を介した間接金融ではなく、直接金融の形態でも良い。富裕層が新興企業・フリーランス等の「パトロン」になるケースを含む。金融機関等が大口(パトロン)あるいは小口の個人投資家と新興企業等をマッチングさせて資金提供を促すことがあっても良い(注2)。この場合、「エンジェル税制」同様、融資額を所得控除できる仕組みを取り入れる。融資を受けた経営者等は自身の事業からの収益から償還資金を捻出する。ただし、元利償還は固定的ではなく、所得に連動させる。人材=ヒトへの投資からの収益は所得に反映されると見做されるからだ。これに類似した制度としては「所得連動返還型奨学金制度」がある(注3)。英国では卒業後の年収が2万1千ポンドを超えた金額について9%を返還させている。その徴収は所得税と合わせて税務署が担う。これに倣い毎年の償還額を課税所得の一定比率(例えば、10%)として、一旦所得税に上乗せした上で、金融機関・投資家に移転する。事業が赤字(課税所得がマイナス)であれば償還は免れるなど、借り手からみれば負担が平準化される。また、税務署が代行することで課税所得の捕捉、及び償還が確実になろう(注4)。更に融資額や(融資時点で今後見込まれる)課税所得に応じて返済期間を固定(例えば15年)し、償還総額(=返済割合*課税所得*返済期間)を変動させる(注5)。事業が失敗すれば、結果的に借り手の返済額は通常の元利償還額よりも低くなる(注6)。他方、成功裡の事業からはそれ以上の資金が貸し手に還流される。いわば融資と出資のハイブリット型である。返済期間=満期とする「GDP連動債」(金利を成長率に連動させた国債)にも類似する。その分、金融機関・個人投資家のリスクは増えるが、その一部は融資時の減税という形で政府と分担(シェア)されている(注7)。

わが国は「カネ余り」に加えて「カネ詰まり」の状態といえる。即ち、将来性のある人材と彼等が担う事業・分野に必要な資金が行き渡っていない。政府、貸し手(投資家・金融機関)及び借り手(新興企業・フリーランス等)がリスクを分担する所得連動(融資と出資のハイブリット)型の新たな資金供給の仕組みはヒト=人材への投資を促す一助になろう。

脚注
  1. ^ 原田 泰・黒田 岳士「なぜアルゼンチンは停滞し、チリは再生したのか」ESRI Discussion Paper Series No.46(2003年6月)
  2. ^ こうした仲介機関の存在は貸し手と借り手の間での(援助交際的)「不適切」な関係を排除する上でも有用だろう。
  3. ^ 毎年の返済額は所得に応じるが、奨学金の「完済」は求められている。他方、本稿が提言するスキームは融資と出資のハイブリッドであり、失敗時には完済を免れるという意味で投資家とのリスク分担がある。
  4. ^ 借り手は返済を免れるよう所得を過小に申告する誘因があったとしても、所得税に賦課する以上、それは脱税にあたる。
  5. ^ ただし、ヒトに対する融資であることから融資対象の事業が廃業になっても、原則とすいて一定期間中は返済義務を負うものとする。当該期間中、国外に出国した(よって所得税が賦課されなくなった)ときは、融資(プラス一定利息)の残存額について個人の保有財産に応じて繰り上げ償還させる。
  6. ^ ここで通常の元利償還額は融資額プラス同額を他に投資したときの利息額に等しい。
  7. ^ 減税措置でカバー仕切れないリスクは部分的に課税所得に対する返済割合にリスクプレミアムとして上乗せされるかもしれない。

2021年1月4日掲載

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