新型コロナウイルス感染症の影響でストレスを感じている人は少なくない。筑波大学が2020年8月に実施したメンタルヘルス全国調査の中間結果によれば、約80%の人が新型コロナウイルスに関連したストレスを感じており、40%近い人がストレスを「とても感じた」と回答していた(注1)。
ストレスと上手に付き合うリラックス法として腹式呼吸やストレッチング、適度な運動、音楽鑑賞などがあるが、入浴、温泉浴には生活習慣病や要介護認定のリスク軽減効果もある。湯船に浸かる入浴文化や温泉文化の発信を通じて、将来的にはユニットバスの輸出増加、外国人観光客への訴求効果も期待できる。
本稿では、入浴、温泉浴を日常生活に取り入れて健康な生活を送りながら日本経済再生につなげる方策を、2020年11月19日に開催されたRIETI BBLウェビナー「現代湯治とヘルスツーリズム-温泉の力でココロとカラダと地域を元気に」における議論も参考に検討する(注2)。
入浴、温泉浴によるストレス軽減効果
体を温めて血流を改善する温熱作用、筋肉や関節の緊張を緩める浮力作用、体の汚れを洗い流す清浄作用、日常から解放される開放・密室作用などにより、入浴すると心身ともにリラックス、リフレッシュできる。もともと余裕のある人の方が、入浴頻度が高い可能性もあるものの、静岡県で実施された入浴頻度と主観的幸福度に関する調査では、毎日、湯船に浸かる人に占める主観的幸福度の高い人の割合が53.9%だったのに対し、毎日は湯船に浸からない人の場合は44.0%にとどまった(注3)。
調査対象が温泉利用者のみである点には留意を要するが、環境省の新・湯治効果測定調査プロジェクトで温泉利用者を対象に実施されたアンケート調査によると、温泉利用後に「疲労が少なくなった」(83.0%)、「より幸せを感じるようになった」(82.6%)、「ストレスが少なくなった」(82.0%)、「ぐっすりとした良い睡眠が取れるようになった(取れそうになった)」(81.1%)など、温泉浴により症状の緩和・改善が見られた(注4)。
同じ温泉施設で実施された、さら湯入浴と天然温泉入浴の効果に関する対照実験において、天然温泉入浴がさら湯入浴より高いリラックス効果を示した研究もある。入浴中の天然温泉水の湯触りの良さや経皮吸収の影響、皮膚に付着した天然温泉水成分による保湿効果が高いリラックス効果をもたらしたと推察されている(注5)。
入浴、温泉浴による予防医療効果
入浴、温泉浴には生活習慣病や要介護認定のリスク軽減効果もある。
生活習慣病が関係する虚血性心疾患(心筋梗塞、心臓突然死)、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)と湯船に浸かる入浴頻度の関連を調べた研究によると、ほぼ毎日湯船に浸かって入浴する人は、湯船に浸かる入浴頻度が週2回以下の人よりも虚血性心疾患発症リスクが35%、脳卒中の発症リスクは26%低かった。もっとも、病型別には、心筋梗塞、心臓突然死、くも膜下出血では統計学的に有意な関連は見られなかった(注6)。また、週7回以上湯船に浸かって入浴する高齢者は、週2回以下の高齢者と比べ要介護認定のリスクが約3割減少したとする研究もある(注7)。
静岡県熱海市における特定健診受診者を対象とした調査からは、自宅に配湯された温泉に日常的に入浴している人の方が高血圧症の割合が低く、コレステロール値が良好であることが示唆された(注8)。
入浴、温泉浴によるストレス軽減・予防医療の推進で日本を元気に
入浴、温泉浴をストレス軽減、予防医療に一層活用するには、入浴、温泉浴を促す仕組みづくりが重要になる。
企業には、健康経営を推進する取り組みとして入浴、温泉浴を積極的に評価し、健康診断結果を踏まえ、エビデンスに基づき入浴施設、温泉施設の利用を補助することなどが期待される。厚生労働省が策定する「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」(健康日本21(第二次):2013年度〜2022年度)には、生活習慣病およびその原因となる生活習慣等の課題について、9分野(栄養・食生活、身体活動と運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がん)ごとの「基本方針」「現状と目標」「対策」などが掲載されている。同方針改正時に入浴、温泉浴のストレス軽減・予防医療効果や活用法に言及されると、企業も入浴、温泉浴を健康経営に取り込みやすくなると思われる。
地域では、住民の健康増進のみならず、地域活性化につなげることもできる。大分県竹田市は、温泉を生かした予防医療・健康づくりと長期滞在型観光などの新たな観光振興を目的として、2011年に独自の温泉療養保健制度を創設した(注9)。同制度は、6カ月に延べ3泊以上温泉付きの宿泊施設に宿泊するか、温泉のない宿泊施設に宿泊して宿泊日数の半数以上、立ち寄り入浴施設を利用した場合に一定額が宿泊者に給付されるもので、2019年度には625人が給付を受けた。
温泉療養を公的に支援する仕組みとして、厚生労働省が認定した温泉利用型健康増進施設で医師が作成した温泉療養指示書に従って温泉療養を行った費用の一部を、所得税の医療費控除対象にできる制度がある。しかし、必ずしも広く知られていないこともあり、皮膚疾患に効能があり多くの湯治客が訪れる豊富温泉(北海道豊富町)利用者以外による医療費控除申請は限定的である。各地域の事情に応じた利用しやすい制度づくりが期待される。
国民健康保険中央会の調査では、温泉を活用した保健事業を積極的に展開する市町村で老人医療費が低下したほか、温泉をよく利用する人の医療費は低かった(注10)。社会保障負担が増大する中、持続可能な社会保障制度実現に向けて入浴、温泉浴と医療費の関連の検証を進める必要があろう。
ユニットバスの輸出促進、入浴文化、温泉文化の外国人観光客への訴求には、入浴、温泉浴のストレス軽減効果、予防医療効果の情報発信と併せた取り組みが望まれる。本稿で紹介したように英語でまとめられたエビデンスもある。ユニットバスの輸出には施工や保守の体制整備も欠かせないが、まずはエビデンスを整理し、分かりやすく発信して入浴文化、温泉文化に対する理解を得ることが重要と思われる。