健康経営×ヘルスツーリズム×ワーケーションの可能性

関口 陽一
上席研究員

従業員が健康的に働ける環境づくりを企業が進めることで、従業員の活力や生産性向上につなげ企業の業績や価値向上を目指す「健康経営」に取り組む企業で、自然豊かな地域を訪れて自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒し、健康を回復・増進・保持する「ヘルスツーリズム」を活用する動きが広がりつつある。経済産業省が健康経営銘柄の選定及び健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定等に活用している『健康経営度調査』に回答した健康経営に取り組む企業において、メンタルヘルスやがんの予防などの健康保持・増進に関する教育、コミュニケーションの促進、運動習慣の定着を目的として従業員を対象にヘルスツーリズムが実施されている割合は増加傾向にある(図1)。

図1 従業員を対象にヘルスツーリズムを実施している企業の割合(目的別)
図1 従業員を対象にヘルスツーリズムを実施している企業の割合(目的別)
出典:経済産業省『健康経営度調査』より作成

一方で、新型コロナウイルス感染症拡大を機に、Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語で、テレワーク等を活用してリゾート地や温泉地、国立公園等、普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う「ワーケーション」の認知度が高まっている。ヘルスツーリズムとワーケーションを組み合わせると、業務を休まず従業員の健康状態改善を図りやすくなり、ワーケーションの充実も期待できる。本稿では、健康経営の施策としてヘルスツーリズムを組み込んだワーケーションの可能性を検討する。

健康経営×ヘルスツーリズムの展開

国民の健康寿命の延伸に向けて、経済産業省は健康経営とヘルスツーリズムを推進しており、健康経営銘柄の選定、健康経営優良法人の認定などの健康経営に係る顕彰制度やヘルスツーリズムの品質を可視化するヘルスツーリズム認証制度が創設された。他省庁も健康経営、ヘルスツーリズムに関連する以下の事業を展開している。

(1) 宿泊型新保健指導(スマート・ライフ・ステイ)プログラム(厚生労働省)
『日本再興戦略2014』において「(生活習慣病に)必要な予防サービスを多様な選択肢の中から選択できること」が求められたことを踏まえ、ホテル、旅館等の宿泊施設や地元観光資源等を活用して保健師、管理栄養士、健康運動指導士等が連携して糖尿病が疑われる者等に対応する宿泊型新保健指導(スマート・ライフ・ステイ)プログラムを厚生労働省が創設した。2014年度にプログラム(案)が検討され、2015年度に全国で23の地方自治体、医療機関、健康保険組合、保健指導機関による試行事業が実施された。2018年4月には、健康増進法に基づく生活習慣病対策を推進するための効果的な健康診査・保健指導の実施に当たっての基本的な考え方や実施する際の留意点等を示した『標準的な健診・保健指導プログラム【平成30年度版】』に盛り込まれた。

(2) 森林サービス産業~新たな森と人のかかわり「Forest Style」の創造~(林野庁)
山村の活性化に向けた関係人口の創出・拡大のため、林野庁が森林空間を健康、観光、教育等の多様な分野で活用する新たなサービス産業(森林サービス産業)の創出に取り組んでいる。2018年8月に森林サービス産業検討委員会が設置され、教育、健康、観光等の場としての森林空間の利用やライフステージに応じた森と人のかかわり(Forest Style)について検討されている。2019年度には、企業の健康経営における森林空間活用を促進する制度づくりを見据え、健康経営を目指す企業や健康保険組合に対して森林セラピーなどの森林空間を活用した健康プログラムを提供する仕組みと体制づくりに取り組むモデル事業が全国7カ所のモデル地域、9カ所の準モデル地域で実施された。

上記事業も活用しながら、ウォーキングや温泉の利活用を通じて元気なまちづくりを目指す「上山型温泉クアオルト(健康保養地)事業」を推進する山形県上山市、森林セラピーを核にした「癒しの森事業」を展開する長野県信濃町などは、企業と協定を締結して研修、福利厚生で訪れる従業員を受け入れ、健康経営に取り組む企業の支援と地域活性化に取り組んでいる。

ワーケーション導入の課題

新型コロナウイルス感染症拡大を機に認知度が高まっているワーケーションには、従業員のストレス軽減やリフレッシュ効果も期待されている。和歌山県で実施されたワーケーションと在宅リモートワークの比較検証では、抑うつ感(気分の落ち込みや物事に集中できない感覚)がワーケーション期間中に最大56.2%、ワーケーション終了後も42.5%低減するなど、ワーケーションが心身の健康、ワークエンゲージメント、生産性等にポジティブな影響を与えると示唆された(注1)。

ヘルスツーリズムをワーケーションに組み込むと、業務を休まず従業員の健康状態改善を図りやすくなり、ワーケーションの充実も期待できる。しかし、休暇で行くヘルスツーリズムと異なり、ワーケーションの一環としてヘルスツーリズムを実施するにはワーケーションの制度化、執務環境整備が求められる。

国土交通省観光庁が2020年12月から2021年1月に実施したアンケート調査によると、ワーケーションは新たな働き方として企業に広く認知されている(80.1%)ものの、就業規則、テレワーク規定、旅費規定、情報セキュリティ規定等の中でワーケーションを定めている企業はわずか(0.4%)だった(注2)。ワーケーション導入に関しては、「業種としてワーケーションが向いていない」「適用できる部署や従業員が限定的になるため、社内で不公平感が生じる」といった業務の性格、「労災適用の判断が難しい」「社員の勤怠管理及びそれに伴う給与計算が難しい」など制度化が課題として挙げられている(図2)。

図2 ワーケーション導入の課題(複数回答)
図2 ワーケーション導入の課題(複数回答)
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出典:国土交通省観光庁(2021)より作成

ワーケーション導入の検討推進、利用促進には、通信環境、セキュリティ対策、プライベートな空間、複合機など執務環境整備が求められている。一方で、ヘルスツーリズムのプログラムに欠かせない「地域の魅力を体験できるアクティビティや体験コンテンツ」「特色がある地域の食材や食事の提供」の要望はそれほど多くない。ワーケーションには休暇が主体のものと仕事が主体のものがあるが、いずれの場合も仕事を行う環境整備が前提になる(図3)。

図3 ワーケーション導入時に受け入れ地域や施設に整備して欲しいこと(複数回答)
図3 ワーケーション導入時に受け入れ地域や施設に整備して欲しいこと(複数回答)
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出典:国土交通省観光庁(2021)より作成

健康経営×ヘルスツーリズム×ワーケーションの可能性

健康経営に取り組む企業でヘルスツーリズムを活用する動きが広がりつつある。しかし、高齢者向け医療への拠出金増加等により健康保険組合の財政が厳しくなっており、特定健康診査や特定保健指導、人間ドック助成、健康相談、ヘルスツーリズムなど従業員の健康増進を支援する保健事業が縮小される懸念もある。

健康保険組合には、健診・レセプト情報等のデータ分析に基づき保健事業を効果的・効率的に実施するデータヘルス計画の策定が義務付けられている。生活習慣病の医療費は、重症者が約半分を使っているとの分析もある(注3)。データ分析に基づきターゲットを絞って保健事業を強化して従業員の健康を増進できれば、従業員の健康状態が改善、生産性が向上し、長期的には医療費が適正化されて健康保険組合の財政が安定する。土木建築業の大企業23社を健康経営度調査結果の中央値で高スコア群と低スコア群に分けた医療費と各種リスクとの関係性の分析では、高スコア群の企業の年間医療費、メタボリック・シンドローム該当率、各種リスク者率が低スコア群の企業を下回った(注4)。

林野庁が2019年度に実施した森林セラピーなどの健康プログラムのモデル事業参加者には、体重、腹囲、血糖値、生活習慣などの改善が見られた(注5)。保健事業の一環として健康経営に活用されているヘルスツーリズムに参加しやすい環境づくりが進めば、従業員がより健康になり、健康保険組合の財政健全化につながることも期待される。ワーケーションの制度化、受け入れ側の通信環境、セキュリティ対策、プライベートな空間、複合機などの執務環境整備は欠かせないものの、ワーケーションとヘルスツーリズムの組み合わせにより健康経営を推進できる可能性があると思われる。

脚注
  1. ^ 株式会社NTTデータ経営研究所ほか(2021)
  2. ^ 国土交通省観光庁(2021)
  3. ^ 株式会社野村総合研究所(2017)
  4. ^ 古井(2017)
  5. ^ 公益社団法人国土緑化推進機構(2020)
参考文献
関連URL

2021年10月13日掲載

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