心身と地域を元気にするウェルネスツーリズム

関口 陽一
上席研究員

ウェルネスツーリズムは、地域資源を活用した取り組みとして地域活性化に貢献するほか、企業が研修・福利厚生、ワーケーションに活用することで、従業員の健康増進にも寄与することが期待される旅行形態である。RIETIの関口陽一上席研究員がこのほど上梓した『心身と地域を元気にするウェルネスツーリズム』では、地域資源を活用したアクティビティを体験するウェルネスツーリズムへの関心が高まった背景やウェルネスツーリズムの特徴、関連する政策、国内外の事例などを紹介している。今回は関口上席研究員から、ウェルネスツーリズムに着目するようになったきっかけを伺うとともに、今後ウェルネスツーリズムを推進していくために必要な施策などについて考えを聞いた。

聞き手:谷本 桐子(RIETI国際・広報副ディレクター)

地域マネジメントを学び始めたきっかけ

――関口さんのご専門についてお伺いします。

日本政策投資銀行に勤めていたときに地域活性化に関心を持ち、現在に至っています。大学時代は国際政治のゼミに所属していたこともあり、就職当初は地域活性化にはあまり興味がなく、日本の内側からの国際化のお手伝いができたらいいなと思っていましたが、ロンドン駐在員事務所勤務時に自らの出身地のことを誇らしく語る人々や地域に根差したスポーツチーム、人々の営みと自然が調和した景色に触れ、地域の持つ力に興味を持ちました。

――関口さんは香川大学大学院地域マネジメント研究科を修了されていますよね。通学するきっかけは何だったのでしょう?

日本政策投資銀行四国支店に勤務していたときに入学しました。せっかく高松にいるのであれば、香川県や四国の活性化のために何ができるか考えてみたかったのと、経済に関する研究や勉強をしてみたいと思ったのが動機です。

研究科では、産業連関分析や統計分析などの研究手法に加え、マーケティングや会計などの基礎分野を学んだほか、四国地方の経営者や地域の行政機関トップの方による講義を聴く機会もありました。2年目のプロジェクト研究では「さぬきうどんの上海展開戦略」をテーマに論文を書きました。

ウェルネスツーリズムとは何か

――ウェルネスツーリズムの概念についてご説明いただけますか。

本の中ではウェルネスツーリズムを「さまざまなアクティビティへの参加を通じて人々の健康増進が図られる旅行形態」と定義しました。具体的には自然の中でウォーキングや山登り、シーカヤックをしたり、地域の文化に触れる体験をしたり、地域の食材を使った健康的な食事を頂いたり、温泉やサウナで休養したり、地域が持っている自然や文化や食や人といった資源を楽しみながら元気になることがウェルネスツーリズムだと考えています。

似た言葉に経済産業省が支援しているヘルスツーリズムがあります。ヘルスツーリズムが上位概念で、ウェルネスツーリズムとメディカルツーリズム(医療行為が主目的のツーリズム)を合わせたものがヘルスツーリズムとされています。

日本にはもともと、温泉地に2~3週間滞在してのんびり過ごす湯治という文化がありますが、湯治とウェルネスツーリズムはかなり近いと思っています。環境省が提唱している「新・湯治」ともほぼ同義ですが、ウェルネスツーリズムは温泉がなくてもできる点が異なります。

――ウェルネスツーリズムに関心を持ったきっかけは何だったのですか。

温泉地に関わるようになったのは、日本政策投資銀行地域企画部にいた2003年からです。当時、銀行の取引先でもある宿泊事業者の業績が思わしくなく、経営が厳しくなるところも増えていました。個々の宿泊施設の経営を立て直すために経営再建策を考えるのも大事ですが、地域全体として温泉地の魅力を高め、個々の宿泊施設の経営状態も引き上げる取り組みが必要ではないかと考えられるようになりました。

そこで、宿泊施設の事業再生を担当する部署と地域企画部という地域活性化を考える部署で一緒に温泉地の活性化を考えるチームができ、それに参加しました。そのとき、石川県の山中温泉の歴史や自然、食、人に触れて、温泉地の奥深さを学び、温泉地が持つ身も心も潤す力を理解したいと思ったのがウェルネスツーリズムに関心を持ったきっかけでした。

今となっては不思議ですが、2004年に日本交通公社が出している機関誌『観光文化』に山中温泉の記事を書く機会を頂いたときの特集のタイトルが「ウェルネスでツーリズム活性化」でした。そうしたことも今回の発刊につながっているのかもしれませんね。

ウェルネスツーリズム活性化に国ができること

――ウェルネスツーリズムを活性化させるために国ができることにはどんなことがあるのでしょうか。

観光とは別の面でいくつか考えがあります。1つ目は健康経営との関わりです。経済産業省が推進する健康経営への企業の取り組み状況を評価する健康経営度調査にも、ヘルスツーリズムへの取り組みが設問に含まれています。

地方自治体と企業が協定を結び、特定保健指導の対応が必要な従業員が生活習慣を見直すための滞在プログラムを実施したり、職員研修を地域で行っている所も少なからずあります。そうして企業と良好な関係を築いていくような仕組みができたらいいと思います。

身体の調子が思わしくなくて長時間の通勤が厳しかったり、療養を挟みながらでも仕事を続けたい人もいると思います。今はテレワーク環境も随分整っていますし、ワーケーションも浸透していますので、そうした方々が休養しながら仕事を続けられるよう、半日勤務・半日療養という形で保養地でのテレワークを認めたり、そういう働き方の受け入れを国も応援してはどうかと思います。

北海道の豊富温泉には、アトピー性皮膚炎に悩む方が多く湯治に行かれています。数週間とか数カ月滞在する方も中にはいます。仕事を辞めて行く方もいますが、そうした方々を地元の宿泊施設が働き手として受け入れて収入がゼロにならないようにしています。湯治をしながらオンラインで仕事をしている方もいます。療養する人を送り出す企業側だけでなく、受け入れる地域側においても、療養したい人がある程度の収入を得ながら安心して療養できる環境をつくれるといいと思います。

社会保障との関係

財政の問題も大事だと思っています。ウェルネスツーリズムを通じて人々が健康を取り戻し、仕事を休まなくてよくなったり、生活習慣病の症状を改善できたりすれば社会保障費の負担も減りますし、地域で働く人たちの所得が増えて地域の納税額も増えるというメリットがあります。そうしたことをトータルで評価する考え方が求められます。

一方で、人々が健康になることで社会保障費の減るメリットが医療機関や介護事業者の人たちにあまりないのが現状です。もちろん皆さん一人一人の患者さんと向き合って良くしようと努力されているのですが、組織経営として見ると、悪くなり過ぎない状態が続くことが理想かもしれません。介護業界で成功報酬制度を本格導入する話もあります。患者さんの状態を良くすれば別途報酬を得られるようになるのは良いことだと思います。今の報酬の仕組みでは、医療機関には患者さんがたくさん来ればお金が入りますし、介護事業者もそれなりに手間のかかる介護をすればその分だけお金が入ることになるのです。

――ちゃんと良くなっていることを報酬にすることが大事ですよね。

もちろん働いている方々は良くしようと思って取り組んでいらっしゃるのですが、報酬として報われない面があることに複雑な思いがあります。

エビデンスをどうするか

ウェルネスツーリズムを推進するには、エビデンスも大事だと思いますが、温泉の場合、エビデンスを示すのが難しい面もあります。身体への直接の効果を証明できる部分はあるのですが、温泉地に滞在してリラックスできることも含めてエビデンスを問われると立証が難しくなります。

医師に伝統医学や民間療法にもっと関心を持ってもらえる機会があるといいと思います。温泉地には、肌に良いとか、目の病に効くと言われている所もあります。そうした伝承をエビデンスがないからといって否定するのではなく、伝統医学や民間療法と近代医学をうまく組み合わせて、ウェルネスツーリズムに取り入れていけばいいと思うのです。

エビデンスはもちろん大事なのですが、エビデンスだけにとらわれない見方も大事だと考える人が少しでも増えたらいいと思います。

一番のお勧め保養地は?

――最後に、関口さんが一番お勧めする保養地を教えてください。

昔は名所をたくさん回ったり、おいしいものをたくさん食べたりしたいと考えることが多かったのですが、歳を取ってきたせいか、最近は日常生活の延長のような感じでのんびり過ごせればいいと思うようになってきました。その点では、周りに何もなく、35℃ぐらいのぬるめの温泉に長時間つかる長湯で知られている新潟県の栃尾又温泉は、今の私には合っていると思います。

(敬称略)

2023年2月3日掲載

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