新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

より良い社会をつくる政策形成に向けて

近藤 恵介
研究員

「エビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making, EBPM)」が日本でも叫ばれるようになり、国だけでなく地方政府の政策立案の現場においてもEBPMという言葉は浸透しつつある。しかしながら、そもそも「政策形成(Policy Making)」という概念について、まだ十分な理解が進んでいないという印象を個人的には感じている。これまでのRIETIにおける経験から、政策形成の土台としてより良い社会をつくるという未来志向の視点を共有すること重要だと感じている。ここでの議論は私自身の「経験に基づく(Experience-Based)」ものではあるが、このような1つ1つの経験の集合知がエビデンスを形成するものと理解し、今後の政策形成に少しでも寄与できればと思いから本コラムを執筆した。

「政策形成」と「政策ビジョン形成」の違い

政策といってもさまざまあり、ひとくくりに議論できない。例えば、経済学の教科書で扱われるように、「市場の失敗」が起こる状況では政府の介入が必要とされる。また格差を是正するための政策もある。EBPMの文脈では、事前に課題設定が明らかで目的が明確化されている状況のもとでの政策形成が前提になっている。一方で、のちに詳細を説明するが、未来志向型の政策形成もある。この場合は通常の政策形成とは区別して、「政策ビジョン形成」と呼ぶことにする。

例えば、現在、世界的に最も注目を浴びている分野の1つとして、人工知能やロボットに関連する自動化技術に関する政策議論がある。このような最先端技術が日常生活に広まることで、これまでになかった新たな社会が期待されている。国内では、内閣府がSociety 5.0として政策ビジョンを掲げ(内閣府、2016)、また経済産業省はConnected Industriesという考え方に基づき「新産業構造ビジョン」を掲げている(経済産業省、2017)。他にも、気候変動や持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)等、世界規模での政策ビジョンが掲げられている。

そもそもなぜ「政策ビジョン」を示す必要があるのだろうか。政策ビジョン形成の目的は、それぞれの関心がばらばらな状況において、主体的に集まることで大きな力を生み出す環境を作り出すことにある。政策ビジョンを提示することによって、各主体に対してインセンティブを与えるという理解もできる。このような考え方をより体系的に精緻化したものとして、「コレクティブ・インパクト(Collective Impact)」という社会的課題を解決するためのアプローチが提唱されている(Kania and Kramer, 2011)。

「EBPM推進」という考え方も未来志向型の課題解決であり、政策ビジョン形成という捉え方を私はしている。これをコレクティブ・インパクトという考え方に当てはめてみると、そもそもの第一歩として、成田(2018)が議論しているように、EBPM推進をなぜ進める必要があるのかという政策ビジョンの共有がさまざまな主体間でまだなされていないという印象を持っている。これに関連して、川口(2019)でも指摘されているように、EBPM推進が掛け声だけで終わってしまうのではなく、どのようにインセンティブを与えていくのかを考えることが重要である。EBPM推進を根付かせていくために、RCTの個別事例の積み上げや統計分析の専門家育成も非常に重要ではあるが、EBPMの「政策ビジョン」をまず共有できている状態をつくりだすことが重要だと考えている。

どのように「政策ビジョン形成」を進めていくのか

政策ビジョン形成において、さまざまな立場にある人々の主体的参加を取り込む必要がある。そのためには、多様な価値観を持つ個人間で、いかに「共感」を生み出せるのかが協創環境として重要である。この「共感」という状態は、政策ビジョンに対する合意形成という結果として現れる。ここでは、一例として、人工知能に関する政策ビジョンがどのように作られてきたのかを整理したい。

人工知能やロボット等の自動化技術の導入が進むことで、より豊かな社会が期待され、世界中の多くの政府が関心を持っている。研究開発を支える環境を国が整備していくことが求められる一方で、技術進歩の結果として、雇用への負の影響のように社会に不安を与える要素もある。このような不安要素があることで、より良い社会の実現に向けた取り組みがうまくいかない可能性がある。したがって、同時に起こりうる様々なリスクを把握していること、それに対応できる支援策を用意していることを同時に示すことが重要である。自然科学者が技術開発を行う一方で、社会にどのような影響が生じるのかという調査は社会科学者の役割として期待されている。

このような背景のもと、藤田昌久RIETI前所長の主導により、人工知能が社会・経済に及ぼす影響の調査を開始した。私自身は、2015年8月から開始した「国際化・情報化新時代と地域経済」プロジェクト(PJリーダー:浜口伸明ファカルティフェロー)において担当することになった。調査を進めるうちに、人工知能技術が拡大するとともに労働市場における男女間格差が拡大しかねないと感じるようになった。また機械学習という手法を単純に適用することにも危惧を感じるようになった。もし単純に過去のデータを「正解」として学習していくならば差別的な格差が再生産されてしまうのではないかと懸念するようになった。そのような状況が将来的に生じる可能性をどのように統計的データを用いて説得的に示すのかという課題に直面し、最終的には近藤・浜口(2017)(英語版は、Hamaguchi and Kondo, 2018)、近藤(2017)、Hamaguchi and Kondo (2018, 2019)として研究成果を公表した。

人工知能として使われている現在の機械学習では人間のバイアスまでも学習し、そのバイアスが再生産されるという指摘は、Caliskan et al. (2017)の研究でもなされている。また大湾(2018)では、人事データの利用において人工知能による統計的差別の可能性が解説されている。既存の労働市場で観測されるデータを「正解」という前提で学習させることに対する懸念は徐々に理解されるようになってきた。2019年5月22日にはOECDの年次閣僚理事会で「人工知能に関するOECD原則(OECD Principles on Artificial Intelligence)」が42か国によって採択され、またこの原則は2019年6月8、9日に行われたG20貿易・デジタル経済大臣会合でも「G20 AI原則(G20 AI Principles)」として声明に盛り込まれ、「人間中心」のAI開発という政策ビジョンが世界的に共有されることになった。

「政策ビジョン形成」とは、単に過去から未来への延長ではなく、現在はまだ起こっていない未来で達成したい構想を作っていくことにある。そしてそれを個別具体的な政策によってどのように達成していくのかという道筋をつくっていくことにある。

政策シンクタンクとしての役割は様々ではあるが、このような未来志向型の政策ビジョン形成という役割も担っていることはまだ知られてないという印象を持っている。例えば、日本では、NIRA総合研究開発機構はより未来志向課型の政策シンクタンクとしての役割を果たしている(注1)。これまでのRIETIの経験から、このような「政策ビジョン形成」という政策シンクタンクの役割については、学術研究者に対してうまく伝えられていないと感じている。

「政策ビジョン形成」に求められるスキルは「データ駆動型仮説設定」

政策ビジョン形成では、ありとあらゆる可能性が存在する中から最も影響度が大きく可能性の高い事象をどのように把握するのかが重要である。これを示すために必要なスキルが「データ駆動型仮説設定(Data-Driven Hypothesis Making, DDHMと呼ぶことにする)」と考えている。まだ現時点では起きていないが、将来起こりうる潜在的な事象を現時点のデータに基づいて説得的に仮説が作れるかどうかである。データの解釈も重要である。自分の中で視点がはっきりしていなければ、データに振り回され、誤った判断をしてしまう。したがって、データに基づいた帰納的推論に依存しすぎず、理論体系を身に付けたうえで演繹的に物事を考えられる能力は非常に重要である。

政策ビジョン形成においては、個人のビジョンのように好き勝手に主張することとは異なる。社会において達成すべき目標を政策ビジョンとして示し、多様な価値観をもつ人々に納得してもらう必要がある。そのために「エビデンス」を提示することで、円滑な合意形成を進める必要がある。

なお、ここでの「エビデンス」とは政策ビジョンの実現可能性に対する説得的な根拠であり、EBPMにおける統計的な意味での因果関係のエビデンスではない。そもそも政策ビジョンに対して、いわゆる狭義のエビデンスを提示することはできない。例えば、研究者であれば、科研費の研究が完遂できる因果関係を計画書で示せと言われて示せるだろうか。この場合は因果関係を示すことはできないが、実現可能性が少しでも高いことを示すデータと理由は提示できる。ここでのエビデンスの意義とは、因果関係というよりは、合意形成としての役割が大きいということが分かる。

EBPMにおけるエビデンスの役割

近年のEBPMの取り組みを振り返ると、政策形成における政策評価という側面では因果関係の識別や方法論について重要な貢献があった。伊藤(2018)や山口(2019)のように、世界で活躍する経済学者から一般向けにわかりやすく説明がなされるというのは大変素晴らしい状況である。

一方で、EBPMの議論において、「エビデンス(Evidence)」という言葉に注目が集まりすぎているという指摘もなされている。林(2019)では、EBPMにおけるPM(政策形成)の重要性を述べている。政策形成における「エビデンス」が重要なのはもちろんだが、因果関係を識別する方法論に議論が偏ってしまい、「政策形成」という本質的な議論が深まっていないという現状は私も感じている。

政策形成において、「エビデンスがあるのかないのか」という視点で政策形成が進められてしまうことに強く懸念をしている。政策形成において「エビデンスがどのような役割を担うのか」という視点からEBPMの役割を見直すことが重要だろう。政策ビジョン形成でも述べたように、エビデンスの役割として合意形成という側面がある点は、EBPMでも全く同じである。

政策形成における合意形成が重要な理由は、全ての政策をいわゆる因果関係としてのエビデンスによってつくることができないからである。関沢(2018)でも議論されているように、現実には政策形成において適切なエビデンスがない・限られているという状況は多い。そのような状況であっても政策形成が必要とされている場合にどのように進めるべきかという議論が重要である。また、エビデンスをつくること自体が目的化し最優先されてしまうならば個人情報保護や倫理といった側面が軽視されかねない事象も発生する可能性がある。

合意形成という視点は、「閉じた」、「開かれた」という概念を導入しているとも考えられる。政府がEBPM推進を掲げたとき聞くようになった意見は、「これまでエビデンスに基づいて政策形成を行っていなかったのか」というものである。これまでEBPMが行われていなかったという訳ではない。因果関係まではいかなくても、各省庁の審議会での議論をもとに一定のエビデンスに基づいて政策形成は行ってきた。現在のEBPMは、エビデンスの質を改善しようという議論が中心になっている。

ただし合意形成という視点がなければ、因果関係を示すエビデンスを用いても「閉じたEBPM」になりうる。つまり、専門家が示す高度なエビデンスに従わざるを得ない状況での政策形成である。専門家の示すエビデンスさえあれば自然と合意形成がなされるわけではない。「エビデンスがあるから」という理由のみで、一方的に意見が抑えられてしまうような政策形成であるべきではない。多様な価値観を持つ主体が存在するからこそ、様々なエビデンスを軸にして対話の機会を持ち合意形成を行っていくことが「開かれたEBPM」と言える。

開かれたEBPMにおいて重要なことは、「対話力」を各個人が備えることである。専門家しか理解できないエビデンスであれば、それをわかりやすく一般向けに解説していくことが必要である。この点は徐々に進んでいることを実感している。またわからないからといってそれを人のせいにするのではなく、継続的に知識を身に付けていくことが必要である。この状況は、専門家の間でも起こる。他分野に対する無理解によるものが大きい。自分には理解できないからといって、否定するだけでは前に進めない。批判と否定は全く違う。近藤(2019)で述べたように、エビデンスを軸にすることで、誰もが対話できる全員参加型EBPMという体制を作れることが理想であると考えている。

政策ビジョンが共有できてこそ個別具体的な政策が意味をなす

政策形成において、因果関係が証明されることが政策実施の十分条件ではないということを理解する必要がある。政策をパッケージとして考える必要がある。近藤(2015)でも指摘したように、ある目標を達成する政策が、別の政策目標の達成を妨げるような可能性がある。ポリシーミックスという考え方に行き着くが、現時点では、政策効果の総和を最大にするような政策パッケージを選択するという評価はまだ行われてない。

現実に政策パッケージとしての総効果を比較検証することは困難かもしれないが、そのような意識を持っておくことは重要である。政策間の相互性ということになるが、政策ビジョンを共有できていなければ、個別の政策間の調整はできない。全体像を共有したうえで、個々の政策によってどのような目標を達成するのかということについて、EBPMを進める際に理解しておくことが求められる。

政策とはより良い社会をつくるためにある

そもそもなぜ政策をつくっていく必要があるのか。私は、より良い社会をつくっていくために政策があると考えている。「より良い社会」とは何かという具体像が政策ビジョンで示されなければならない。政策ビジョンに対する合意形成がまず第一歩である。そして、政策ビジョンを達成するためには個別具体的な政策が必要であり、そこでEBPMは重要な役割を果たす。ただし、統計的な因果関係としてのエビデンスさえあれば政策形成が達成されるわけでもなく、合意形成に非常に多くのエネルギーが必要とされ、対話力も求められる。

以上の考えは、私自身のこれまでの経験に基づくものではあるが、1つ1つの経験の集合知がエビデンスを形成するものと理解している。本コラムが今後の政策形成に少しでも寄与できればと考えている。

参考文献
  • 伊藤公一朗(2017)『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』、光文社新書、878
  • 大湾秀雄(2018)「AIと働き方(上) 『人事』でデータ活用力磨け」、日本経済新聞、2018年2月26日付朝刊、経済教室
  • 川口大司(2019)、「エビデンスを使うインセンティブを設計する」、柳川範之(企画)『わたしの構想』、NIRA総合研究開発機構
    https://nira.or.jp/outgoing/vision/entry/n191210_944.html#05
    (2019年12月16日確認)
  • 経済産業省(2017) 「新産業構造ビジョン」、経済産業省
    https://www.meti.go.jp/press/2017/05/20170530007/20170530007.html
    https://www.meti.go.jp/press/2017/05/20170530007/20170530007-2.pdf
    (2019年12月4日確認)
  • 近藤恵介(2015)「学術研究と政策をつなげる」、REITI新春特別コラム:2016年の日本経済を読む
    https://www.rieti.go.jp/jp/columns/s16_0013.html
    (2019年12月16日確認)
  • 近藤恵介(2017)「地域の雇用と人工知能」、RIETI Highlight Vol. 65、pp. 10-13
  • 近藤恵介(2019)「全員参加型EBPMの推進と市区町村データの活用」、EBPM Report 006
    https://www.rieti.go.jp/jp/special/ebpm_report/006.html
    (2019年12月16日確認)
  • 関沢洋一 (2018) 「EBPMとは何か?」、RIETI EBPM Report 002
    https://www.rieti.go.jp/jp/special/ebpm_report/002.html
    (2019年12月4日確認)
  • 浜口伸明・近藤恵介(2017)「地域の雇用と人工知能」、RIETIディスカッションペーパー 17-J-023
  • 内閣府(2016)「Society 5.0」、内閣府
    https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
    (2019年12月4日確認)
  • 成田悠輔(2018)「EBPMは本当に有効か? エビデンスに基づいて考えなおす」、RIETIシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を根付かせるために」、2018年12月14日開催
  • 林岳彦(2019)「EBPM、"E"から見るか?"PM"から見るか?」、『研究者/研究所として"EBPM"にどう関わるとよいのか?』、国立環境研究所公開研究集会、2019年12月10日開催
    https://speakerdeck.com/takehikoihayashi/ebpm-e-karajian-ruka-pm-karajian-ruka
    (2019年12月16日確認)
  • 山口慎太郎(2019)『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』、光文社新書、1015
  • Kania, John and Mark Kramer (2011) "Collective impact," Stanford Social Innovation Review, 2011 (Winter), pp. 36-41
  • Caliskan, Aylin, Joanna J. Bryson and Arvind Narayanan (2017) "Semantics derived automatically from language corpora contain human-like biases," Science, 356(6334), pp. 183-186
  • Hamaguchi, Nobuaki and Keisuke Kondo (2018) "Regional Employment and Artificial Intelligence in Japan," RIETI Discussion Paper 18-E-032
  • Hamaguchi, Nobuaki and Keisuke Kondo (2019) "AI technology and gender inequality," VOX, April 11, 2019
    https://voxeu.org/article/ai-technology-and-gender-inequality
    (2019年12月16日確認)

2019年12月26日掲載