1.はじめに
昨年を振り変えると人工知能を利用したサービスの提供が日常の生活の中で広がったと感じられる年であったと思います。今後の人工知能関係の製品やサービスの普及を図るとの観点から、イノベーションの社会受容と規格や表示の役割について論じたいと思います。
2.新技術の普及の特徴
今後とも、人工知能関係技術によるさまざまな製品やサービスの開発が行われていくものと思われます。一方で、技術の社会受容のためには、消費者側が当該技術を受容することが重要となります。消費者における技術の受容を促進するためにはどのような方策が考えられるでしょうか。新技術や新製品の普及のパターンとしてはロジャーズによるモデルがあります[1]。概ね凸型の曲線を描いて普及が進むと考えるモデルですが、人工知能関係技術のような新技術による製品やサービスの場合には、当初の普及の進捗が、既存の技術を用いた場合に比べて緩やかなものとなると思われます。
人工知能関係技術を利用した製品やサービスの印象は、コンピュータが、人間が行うより、早く、正確に、そしてバイアスなく、物事の判別を示すといったものと思われます。人間が作業を行う際に避けがたい、疲労や、誤認、あるいは意図的なバイアスを避けることができると考えられますので、適切な分野で利用法を間違えなければ、人間が作業を行うより消費者の満足度を上げることが期待できます。一方でその製品やサービスが人工知能関係技術を利用して行われているのであるかどうかは、本技術が情報の処理手法に関するものであることから、利用者に判別しにくいと思われます。技術を認知することが困難であることは、当該技術の普及の阻害要因となり得るものです。
3.財やサービスの特徴
財やサービスが消費者にとって認知しにくい、もしくは分かりやすいとはどのように説明できるのでしょうか。財やサービスはいくつかの種類に分類することができます。理論的な枠組みとして探索財、経験財、及び信用財について説明をしたいと思います。探索財とは、製品やサービスの内容がカタログなどデータから読みとれる製品を言います。例えば、パーソナルコンピュータなどが典型でしょう。カタログに記載してある性能で製品が消費者に提供できる効用はほぼ説明することができます。一方で経験財とは、その財やサービスを実際に消費や利用してみないと価値がわからないものをいいます。教育や医療サービスはこれに該当するでしょう。教育や医療サービスは、事前にある程度のことまで分かるとしても、実際に受けてみないと、どれくらいの満足を得られるかは分からないものです。
ここで述べている探索財と経験財との分類は財やサービスにおいて相反するものでありません。探索財であっても、経験財の性質をもっている場合は多いと考えられます。自動車は、おおよその性能はカタログでわかるでしょうが、実際の乗り心地などは、実車してみないとわからないものです。
それでは、人工知能関係技術を利用する財やサービスはどのように捉えられるでしょうか。先に述べたように人工知能関係技術は、計算上のアルゴリズムに関する技術ですので、外部からみても、その他の技術による処理との違いを判別することはできません。このように利用してみてもその財やサービスに関する情報がよくわからないものを信用財といいます。現在のところ、人工知能関係技術を利用した財やサービスは概ね信用財としての特徴を、有していると言えるでしょう。このように、財やサービスに関する情報が消費者に伝わりにくい場合、選択的に消費者が利用することが難しく新たな技術の社会への普及が遅れる恐れがあります。本例は、新たな技術が社会に普及する際に直面する困難さを示す一例であると思われるのです。
4.標準の技術普及に果たす役割と課題
このような場合の対応方法として、外部から情報を読み取れるようにすることが考えられます。つまり人工知能関係技術を利用していることを示す表示を付与する手法です。このような手法はラベリングと言われます。ラベリングにより人工知能関係技術が、利用されていることが消費者に分かり選択的に利用することができるようになります。表示をつけるためには、該当することを判断する基準が必要となりますので、人工知能関連技術をどのようなものとするかを規格として定める必要があります。
このような規格の策定は、新技術の普及に一定の役割を果たすと考えられています。新技術に係る基本的な概念が社会の中で共通化されることにより、コミュニケーションが促進されるためです。規格の内容としては、用語、計測方法、安全性といったものが一般的には考えられます。例えば、ナノテクノロジーの場合では、基本的な概念などの規格の策定が、新技術として登場した際に迅速に進み、技術の普及の上で大きな役割を果たしたと考えられています[2]。
現在のところ人工知能関係技術については、国際的な標準に関する技術分類上では明確に規定されておらず、その範囲は曖昧であると考えられます[3][4]。今後の当該技術の社会的な受容の促進を図る観点からは、規格の制定は重要な課題であると思われます。
5.まとめ
人工知能関係技術の社会的な普及促進を図る上で、当該技術を利用した財やサービスであることが判別しにくい点を解決することが課題であると思われます。本課題を解決して当該技術の普及を促進する方策の1つとして規格や表示(人工知能ラベリング)は有効な役割として期待できるものと考えられます。