新春特別コラム:2019年の日本経済を読む

平成初頭の政策目標と現実

森川 正之
副所長

2019年以降の日本経済を考えるに当たって、平成時代30年間の変化を振り返っておきたい。この期間、日本経済は停滞していた印象が強いが、IT普及による生活の利便性向上、国民の生活満足度の上昇など良くなったことも少なくない。しかし、財政の大幅な悪化という負の遺産が、次の時代の課題として積み残されている。

平成初頭の政策目標:ゆとりと豊かさ

平成時代に入った頃、バブル経済の終盤、高い経済成長率であり、経済政策のプライオリティは、経済成長よりも国民の生活者としての豊かさの向上に置かれていた。『経済白書』(1990年)は、平成経済の目指すものとして、「基本となるのは、経済力の強化よりも経済力の活用を一層重視することである」と述べ、生産力と豊かさのギャップの解消を図ることを課題として挙げていた。『90年代の通産政策ビジョン』(1990年)では、「ゆとりと豊かさのある生活の実現」がキーワードだった。

バブル崩壊後、株価が大幅に下落し、経済成長率が低迷したこともあって、平成の30年間は経済的に停滞していた時代という印象が強い。株価が市場最高値を付けたのは平成元年末だった。平成時代30年間を通じた実質経済成長率は年率1.2%で、1980年代の4%台から大きく低下した。この間の生産性(TFP)上昇率は年率1%に満たない。この結果、世界のGDPに占める日本のシェアは、円高効果もあってピークとなった1995年の17.6%から2016年には6.5%へと大きく低下した。東西冷戦が終結し、経済のグローバル化が加速する中、中国が2010年に日本を追い抜き、2016年には世界GDPの14.6%と圧倒的に経済的プレゼンスを高めている。

しかし、この間に良くなったこともある。携帯電話やインターネットが本格的に普及を始めたのは、平成時代に入った頃である。携帯電話の契約数はその後約200倍に増大したし、インターネット利用率は80%を超えた。ネット通販やインターネット予約の普及、無料コンテンツの増加などにより、生活の利便性は高まった。

「国民生活に関する世論調査」(内閣府)は「現在の生活に対する満足度」を長期にわたって調査してきている。30年の間には振幅があるが、「満足」は1989年の66.8%から2018年には74.7%に増加し、「不満」は35.9%から24.3%に減少した。2018年の生活満足度は60年前に同調査が始まって以来の最高値を更新した。全ての年齢層で生活満足度が高くなっているが、20代・30代という若い世代ほど生活満足度の上昇が顕著であり、年齢階層別のパタンは平成初期とは全く異なっている〈図1参照〉。

「期待値」が低下したことを反映している可能性もあるが、若い世代ほどIT普及の便益を享受していることが関係しているかも知れない。「時間のゆとりがある」という人の割合も、平成初期に比べて約10%ポイント増加し、70%近くに達している。生活保護世帯の増加、所得格差の拡大などネガティブな変化も多いが、国民の生活者としての豊かさの実現という平成初期の政策目標はかなり実現したように見える。

図1:平成時代30年間の生活満足度の変化
図1:平成時代30年間の生活満足度の変化
(注)内閣府「国民生活に関する世論調査」より作成。数字は「満足」(%)から「不満」(%)を引いた値。

高齢層の就労拡大

少子高齢化は予想以上に進行した。平成初期に約70%だった生産年齢人口比率は、60%を下回る水準へと約10%ポイント低下した。生産年齢人口比率の低下自体はもともと予測されていた通りである。1990年「国勢調査」を発射台とした平成初期の将来人口推計は、2018年の生産年齢人口比率を59.0%と推計しており、実績値はこれとほとんど差がない(表1参照)。

しかし、従属人口の構成は当時の予測とは大きく異なる。2018年の0~14歳人口は当時の推計値と比べて▲507万人下振れした(▲24.8%)のに対して、65歳以上人口は307万人(+9.4%)上振れた。言うまでもなく、平成時代を通じて出生率が想定を下回ったこと、長寿化が予想以上に進行したことによる。つまり生産年齢人口比率の低下は、これから本格化していく。

表1:2018年人口の年齢構成(推計値と実績値、単位:万人)
表1:2018年人口の年齢構成(推計値と実績値、単位:万人)
(注)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(1992年9月推計)、総務省統計局「人口推計」より作成。[ ]内は構成比。

ただし、高齢者の労働参加率はかなり上昇している。60歳代男女の就業率は平成初めの46%弱から56%強へと10%ポイント以上高まった。70歳代の就業率もここ数年で5%近く上昇した。子育て世代女性の就業率は平成時代を通じて17%上昇したが、労働供給の絶対数という意味では分母の大きい高齢層の寄与度の方がずっと大きい。「長寿社会に対応した高齢者の就業拡大」も、平成初期の政策ビジョンが強調していた点の1つであり、未だ十分とは言えないものの、一定の進捗があったと言える。

2019年以降に積み残された政策課題

一方、平成時代を通じて大幅に悪化したのが政府財政である。平成初頭の財政収支は黒字だったが、1993年以降赤字が継続し、政府債務残高のGDP比は1989年の約60%から約200%へと大幅に上昇した。小泉内閣の初期に設定されたプライマリー・バランス黒字化目標の達成時期は、当初の2010年代初頭から2025年まで先送りされている。想定以上の高齢化に伴う社会保障費の増加、低い経済成長率や消費税率引き上げの延期などに起因する歳入減少が主因である。

国民の生活満足度は高まったが、万が一、財政や社会保障制度の持続可能性が失われれば、生活基盤が崩壊しかねない。財政は日本経済の最大のリスク要因である。高い経済成長の実現は、税収を増加させるとともに、分母の拡大を通じて政府債務残高のGDP比を抑制する。このため、生産性上昇率を高め、日本の潜在成長率を引き上げることが望ましいのは言うまでもない。特に、労働力需給がタイトな現状では、中長期的・構造的な成長政策に伴う雇用への短期的な副作用が生じにくいので、規制改革・雇用制度改革などに取り組む好機である。

反面、楽観的な成長見通しが財政悪化につながることは、各国共通の経験則である。生産性向上が必要なのは確かだが、財政や社会保障制度の持続可能性を考える前提としては、生産性上昇に過大な期待をすることは避けた方が良い(拙著『生産性 誤解と真実』参照)。

消費税が導入されたのは平成が始まった1989年の4月だった。2019年秋には10%への税率引き上げが予定されている。これを確実に実施した上で、社会保障制度改革を含めて日本の財政を持続可能にしていくことが、2019年以降に積み残された重要な政策課題である。

2018年12月26日掲載

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