急速な少子高齢化や人口減少に直面する日本において、地方創生をいかに成功に導くのかが喫緊の課題だ。住民、企業、政府などの立場から地方創生への関わり方はさまざまだが、本コラムでは政策立案を中心に地方創生について議論をしたい。特に、持続可能な地方自治を構築するために必要となるコンパクト・シティ政策の考え方について私見を述べたい。
新春特別コラム:2017年の日本経済を読む
コンパクト・シティ政策に必要とされる視点
近藤 恵介
研究員
地方における問題の根源
地方消滅という議論が世間の関心を呼び、地方創生として各自治体に対し地域活性化政策が求められている。地方政府が行うべき政策として、地域経済の活性化の重要さもさることことながら、より大きな問題は地方財政の改革にあるのではないかというのが私の考えである(近藤, 2016)。つまり、少子高齢化や人口流出がより早く進む地方自治体において、既存の公的サービスを維持しようと思えば、財政収入以上に支出が膨らむことになる。
そこで解決策としてしばしば議論されている内容は、いかに域外から人口流入を増加させるかだ。しかし、人口減少に直面する日本において、市区町村間で人口の争奪が起こるだけでは全体として本質的な解決策とはいえない。一方で、国外から外国人労働者・移民を受け入れることはもちろん1つの解決策となりうるが、単に受け入れ条件を緩和するだけでは地方財政の本質的な問題が解決されるとは限らない。根本的な問題を先延ばしし、楽観的な期待だけで政策を押し進めることは、さらなる財政悪化を招くという危険性が孕んでいる。
政策担当者が今後避けて通れない課題は、財政収支の制約を考慮したもとで、いかに持続可能な地方自治の在り方を構築していくのかということではないだろうか。もちろん、公的サービスの質を落とさず財政支出を減らすというのは簡単ではない。財政支出の削減により公的サービスの質の低下が起こるのならば、さらなる住民の流出、財政収支の悪化という負のスパイラルが起こりうる。
NHKスペシャル「縮小ニッポンの衝撃」で報じられたように、2007年に財政破綻のあった夕張市はそのような経験を越えて、財政再建に向けた改革に奮闘している(注1)。これを他人事とせず、人口減少に応じた財政議論をできる土台を作っていくことが政策立案に携わる人々に対して求められているのではないだろうか。財政収入が増えるという従来の前提で政策立案を進めるのではなく、膨張する財政支出を縮小させながら、いかに地域を持続可能な経済圏にしていくのかが地方創生においてより必要な視点であると思われる。
コンパクト・シティ政策は何をコンパクトにするのか
従来の日本のコンパクト・シティ政策では中心市街地の活性化が主な目的になっている(注2)。つまり、コンパクト・シティにおける「コンパクト」とは、主に都市経済圏の地理的な縮小を示唆している(注3)。その背景として、集積の経済で指摘されるような経済活動の集中によるさまざまな便益を享受することが主な目的にある。一方で、地方におけるコンパクト・シティ政策としてより重要な視点は、「財政のコンパクト化」ではないかと私は考えている。
そもそもなぜ都市を「政策的に」コンパクトにする必要があるのかという原点を再度よく考えなければならない。先に論じたように、特に人口流出が進む地方での重要な課題は財政収支の悪化を改善し、住民に継続的に公的サービスを提供していくことにある。内閣府(2016)でも、特に少子高齢化・人口減少社会において、どのように公的サービスの提供を維持していくのか、行政の効率化を達成するのか、その重要性が指摘されている。
コンパクト・シティ政策は、財政の健全化を達成しながら住民に公的サービスを提供することで持続可能な地方自治を達成するための政策的手段であると私は考えている。経済産業省の「日本の『稼ぐ力』創出研究会」の資料で議論されているように、地理的に都市を縮小するということは、公共インフラの維持費を抑えるという観点からもちろん重要な手段となりうる(経済産業省, 2014)。
ただし、もし財政をコンパクトにするという目的を達成できるのならば、必ずしも経済圏を地理的に縮小させる必要はない。都市のコンパクト化により、知識創造において重要とされる各地域の多様性を失わせる可能性もあるからだ。たとえば、大分市が目指すコンパクト・シティ政策では、中心市街地の活性化だけではなく、ネットワークという視点も取り入れることで多様な都市政策の在り方を考慮している(注4)。
コンパクト・シティ政策によって何を達成しようとしているのかは、特に大都市や地方都市の間でそもそもの目的が異なっているはずで、コンパクト・シティ政策を画一的な政策として議論すべきではないだろう。コンパクト・シティ政策に対する批判の要因は、本来の目的を達成するための政策的手段が、いつの間にか、それ自身が目的と化してしまった点にあるのではないかと思われる。
財政の健全化と日本の未来
コンパクト・シティとは政策の手段であり、それ自体が目的ではないことを再度認識すべきであろう。「財政のコンパクト化」により地方財政の健全化を通じて、持続可能な地方自治を達成することが現在の日本におけるコンパクト・シティ政策に求められている目的ではないかと私は考えている。
財政収支の悪化が問題となるのは、将来世代に負担を回している点にある。星(2016)で述べられているように、まだ生まれていない将来世代がどのような負担を背負わなければいけないのかは、現世代である我々の決断に大きく依存している。また、小黒(2014)でも述べられているように、上記の議論は単に地方の問題だけでなく、国についても全く状況は同じであることも認識しなければならない。現在の日本が抱える問題を解決できるようなコンパクト・シティ政策をもう一度よく考える必要があるのではないだろうか。
- 脚注
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- ^ 「縮小ニッポンの衝撃」、NHKスペシャル、2016年9月25日放送(2016年12月12日ウェブページ確認)。
- ^ 国土交通省「中心市街地活性化のまちづくり」(2016年12月12日ウェブページ確認)。
- ^ 政策担当者の中でもコンパクト・シティという概念の曖昧さは指摘されている(内閣府, 2012)。
- ^ 「地方創生と経済成長:有効な政策は?(議事概要)」、大分市・RIETI経済シンポジウム、2015年10月26日開催(2016年12月12日ウェブページ確認)。
- 文献
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- 小黒一正 (2014)「敗戦から70年、財政再建の道筋を示せるか」、新春特別コラム:2015年の日本経済を読む、経済産業研究所(2016年12月12日ウェブページ確認)
- 経済産業省 (2014)「日本の『稼ぐ力』創出研究会」、資料3(12)、経済産業省(2016年12月12日ウェブページ確認)
- 近藤恵介 (2016)「空間経済学から見る地方創生のあり方とは」、中島厚志のフェローに聞く、第13回、経済産業研究所(2016年12月12日ウェブページ確認)
- 内閣府 (2012)『地域の経済2012―集積を活かした地域づくり―』、内閣府
- 内閣府 (2016)『地域の経済2016―人口減少問題の克服―』、内閣府
- 星岳雄 (2016)「将来世代への『責任』果たせ」、『日本経済新聞』、朝刊、経済教室、2016年1月7日付
2016年12月28日掲載
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