中島厚志のフェローに聞く

第13回「空間経済学から見る地方創生のあり方とは」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第13回目は、空間経済学を専門にしている近藤恵介研究員をお迎えして、空間経済の観点から、都市集積・地方創生やグローバル経済などについてお話しを伺いました。

東京一極集中が起こるメカニズム

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
近藤さんは地域の経済分析をやっていますが、少子高齢化が進み、過疎化も進み、東京一極集中との二極化が進んでいる中で、地方創生についてはどういうふうに見ていらっしゃいますか。

近藤恵介研究員 写真近藤 恵介 (研究員):
私の専門は空間経済学なのですが、この分野は地方創生を考える上で、非常に有用な示唆を与えてくれるのではないかと思います。特に地方創生の議論においては、東京一極集中の是正が1つの論点になっています。地域経済が活性化されるには東京一極集中が是正されなければいけないという論調があるのですが、果たしてそうなのか。別の言い方をすれば、地域が均等になれば、各地域経済が自然と活性化され、そして、グローバルな競争の中で日本全体としても高い経済成長を達成できるのかが政策立案における議論のポイントになると思います。

中島:
空間経済学の今までの分析だと、どちらなのでしょうか。地域が均等のほうがいいのか、それとも大きな極が1つあって、それ以外と二極化しているほうがいいのでしょうか。

近藤:
どちらがいいと判断する基準を決めることが現実には難しいので、まずはそもそもなぜ経済が地域間で均等化する場合と、集積する場合とが生じるのか、そしてその状態が安定的に続くのかというメカニズムを理解することが重要で、東京一極集中がなぜ起こっているのかについては、空間経済学から説明されると思います。

まず、集中するプロセスについて考えます。都市ができるのは、自然条件や歴史的・制度的な要因もあると思いますが、空間経済学では人が集まることで各個人の生活水準が高くなり、それがさらに人を呼び込むことにあります。要は循環するような相互作用が働くというのがポイントで、それがある条件下で起こり始めると、どんどん都市が大きくなっていくわけです。まさしく今の東京一極集中の背景には、そのような循環的な作用が働いていると考えられます。

そういう状態が起こっていた場合、東京もしくは大きな都市に出てくることでその人たちの生活水準は高くなっていると考えられます。そうなると、地方創生と銘打って政府が地域間の人口分布の均等を目指し、政策的に人口移動を制限するような行動をすると、本来得られるべき高い生活水準が得られなくなる人々がいるはずです。国全体として見た時も、自由な移動にまかせていた方が、日本全体として高い成長が達成できていたかもしれない。人口移動に政策的に介入しようとすると個人の生活水準を引き下げてしまう可能性が高く、必ずしも地域の人口を均等すればよいというわけではないと思います。また政策を実行したとしても、均等な人口分布を安定的に維持しなければいけない政策的コストは非常に高くなると思います。

中島:
東京が集積の利益を得ていることが日本全体としてプラスというのはわかりますが、過疎になっている地域はどうすればいいのでしょうか。過疎が進んでいくと、マイナスが深まっていくことになりますよね。

近藤:
おっしゃる通りなのですが、ただ、地域活性化として政策的に人口を均等にしましょうという議論は、根本的な解決策にはならないと思っています。むしろ不均等な人口分布が起こり得ることを前提に、地域と都市の相互補完的な経済成長のあり方を考えるべきで、政策的に人口移転を意図した話まで安易につなげるべきではないと思います。国は地方創生の評価として、1つの地方自治体を取り上げて、人口が増え経済も成長したという成功事例を挙げたくなるかもしれませんが、その裏で人口が減少し経済が衰退した地方自治体もいるかもしれません。その場合、ある地方自治体にとってよい政策であっても、他の地方自治体に対して思わしくない影響を与えている可能性があります。地方自治体間のゼロサム的な競争にするのではなく、国としては、地方創生を通じて日本全体から見ても経済が良くなっているのかどうかを判断することが求められます。

もう1つは、地方自治体のあり方が重要だと思っております。たとえば地方自治体が公共サービスを提供する際に、非常に大きな固定費用がかかります。その場合、公共サービスを需要する人達が多ければ、大きな固定費用を払ったとしても、効率性としては高くなります。地方は人口規模が小さくなっていく中で、地方自治の体制を既存のまま維持するのでは非効率になっていく可能性が十分あるわけです。地方において効果的な公共サービスをどう効率的に提供するのかという点でも、地方創生のあり方を考えていかなくてはなりません。

地方創生への処方箋

中島:
地方創生について伺います。たとえば地域をもっと広域化するなど、やり方はいろいろあるのでしょうか。

近藤:
そうですね。やり方はいろいろあると思います。たとえば1つはコンパクトシティです。公共サービスを提供する場合、地方の広大な面積の中に、まばらに人々が住んでいるのは非効率にならざるをえません。大きくなってしまう固定費用をいかに小さくして、すべての市民に対して公共サービスを提供できるのかが重要だと思います。

中島:
東京の場合は、一極集中の弊害も言われています。たとえば道路が混雑し、公共輸送機関も混雑しているため、通勤時間も長く、ロスが発生しています。大都市に集積しても、もっと効率的で、質の高い生活をするには、どういう知恵があり得ますか。

近藤:
現状だと、生活水準の高さと引き換えに、ある程度の混雑を受け入れている部分があると思いますが、集積から生じる混雑自体は、政策的に下げることができると思います。そのためには空間経済学的な視点からというよりは、新たな制度を導入できるかどうかが鍵になると思います。たとえば、インターネットを利用することで、週に1回でも在宅勤務にすることで混雑を減らせると考えられます。在宅勤務の議論は、子育てや介護などとも密接に関連してきます。また通勤の場合、ピークの時間は集中するので、勤務時間をある程度フレキシブルに選択できるようにするだけでも混雑は改善されると思います。分野を越えた学際的な知識が必要になると思います。

中島:
いろいろな知恵があるのはわかりましたが、空間経済学では、どのような要因が地域の集積なり、最適な分布なりに効くのかといったことが、今までの研究で分かってきているのでしょうか。

近藤:
大きな要因として考えられているのは、賃金や所得水準ですが、2つの重要な概念があります。まず1つは名目賃金つまり額面の額、もう1つが実質賃金です。この実質という言葉は、新聞等でも一般的に使われていると思いますが、少し複雑な概念になります。通常使われている実質賃金は、異時点間での価格の違いをコントロールしており、消費者物価指数で賃金を割ったもので、消費者の立場から計算されています。つまり、ここでの実質という意味は、ある財・サービスの1単位のバスケットを基準に金銭的な生活水準を測っているわけです。実物を基準にすることで、実質賃金は我々の生活水準を実質的な意味で比較可能にしている訳です。

地方創生との点で強調したいことは、空間的な意味で物価の違いを調整した実質賃金を見ることにあります。たとえば家賃の違いは地域間の生計費の違いを生じさせる大きな要因の1つです。東京は家賃が高く、地方では低い。仮に同じ名目賃金を稼いでいるなら、地方に住んだほうが実質的な生活水準は高くなります。この空間的な意味で調整された実質賃金を用いて地域間比較することがポイントで、その際に各地域の生計費をいかに正確に測るのかが重要になります。

中島:
そう考えると、大都市への集積は、たとえ生活水準を上げるなど、ベネフィットが大きくても、物価も高い訳で、実質賃金が高くなるとは限らないのではないですか。

近藤:
おっしゃる通りで、大都市で名目賃金が高くても同時に実質賃金も高いとは限らないというところがポイントになります。分母の生計費は地域内で人によってそれほど大きく変わらない一方で、分子の賃金は、人によって大きく変わり得ます。

中島:
仕事や経験などによってもずいぶん違いますよね。

近藤:
そうですね。他に、産業によっても違っています。要は、都市でかかる生計費は、ある程度全員に共通にかかるのですが、名目的な都市賃金プレミアムをより多く得られる職種・産業には大きな差異があります。総合的に見て、実質賃金が高い人は大都市に住むことがメリットになるし、逆に、実質賃金が低くなる人は郊外に出ていくことが考えられます。

中島:
先ほどの地方創生の話になりますが、実質賃金を計算する時に、名目賃金が物価に対して割り負けているような産業は、地方に立地したほうがいいということになりますか。

近藤:
企業・産業間に強いつながりがあるとすると、また少し話は変わってくるかもしれませんが、基本的にはそういうことになると思います。たとえば、企業側があえて大都市に立地し高い賃金を払って雇わなくちゃいけないというのは、非常にコストになるわけです。一方で、製造業であれば郊外に移動して、比較的低い名目賃金の下で労働者を雇って、そこで作ったものを輸送・販売すればいいので、あえて都心に立地する必要はなく、工場を都心から郊外に移したほうがいいわけです。労働者にとっても名目賃金は低く見えても実質賃金は高いということになれば都市部よりも高い生活水準が得られることになります。

中島:
人が集まるとなると、その多くの人が消費するものは、安い地域で作って持って来るほうがいい。そこで働く人々にとっても、地方に住んでいたほうが最終的には有利になる可能性はある。ただ、サービスは地方で作って持って来るわけにはいかないですよね。サービスもいろいろなサービスがあると思いますが、たとえばIT関連のように、賃金が高く専門性の高いサービスもあれば、そうでないものもあります。その点はどう見たらいいでしょうか。

近藤:
おっしゃる通りで、製造品と異なりサービス自体を遠くまで輸送するということはできません。サービスが生産される場所に消費者が移動して需要する、もしくはサービスが需要される場所に企業が供給しに行くことになるので、財の輸送費用よりは、人の移動費用がより重要な要因となります。そういう意味でサービス産業は集積の便益がより大きいと考えられます。

中島:
あまり賃金を得られないとなると、より遠くに住んだほうがいい。要するに物価の安いほうがいいということになりますよね。そうすると、より遠くから通勤しなくてはならない。

近藤:
大都市圏内で起きているのは、住む場所と働く場所の差が長期的に広がっているという点です。働くときに集まる一方で、住む場所は郊外へ分散する。人の移動費用は依然として高いですが、交通網の発達により徐々に低下してきています。それが都市圏の拡大をもたらしていますが、通勤の費用は、集積のコストの部分に入ってくると思います。

中島:
賃金が安くて、働く人がもう通えないとなれば、そこで都市の成長や人口集積もストップしますよね。

近藤:
仮に名目賃金において都市圏間で差が生じていないとなると、生計費の低い方へ人々は移動すると思います。東京圏への集中が起こっていることを踏まえると、今の人々は、東京圏の集積のコストよりも便益の方が高いと考えているのではないかと思います。ただし、今後転換点があって、別の人口分布の形は起こるかもしれません。

日本における空間経済学の現状

中島 厚志理事長 写真中島:
藤田前所長が、空間経済学の理論的フレームワークを作られた中心的な研究者のお一人です。この経緯もあって、RIETIでの空間経済学の研究は進んでいると思いますが、日本の空間経済学は世界でどういう位置づけにあるのでしょうか。

近藤恵介研究員 写真近藤:
空間経済学は、80年代から90年代にかけて、藤田先生、クルーグマン先生、ベナブルズ先生をはじめ、多くの経済学者の方々が理論的な枠組みを作り上げてきました。日本からも多くの経済学者の方々が空間経済学の発展に貢献されています。アダム・スミス、リカードなどの経済学の長い歴史の中で見たら、空間経済学の研究はここ数十年の間に起こっていて、ここ数十年における経済学の学術研究は著しく発展していると思います。一方、経済学の一般的なコースワークの中で学ぶ基本的な枠組みでは、集積がなぜ起こるのかを実は説明できません。この著しく成長している分野の中で、日本人が情報を仕入れていくのは非常に重要だと思います。

中島:
情報を仕入れるとはどういうことでしょう。

近藤:
新しい経済学の枠組みが、今まで説明できなかった現象をどう説明するのかを積極的に学んでいかなくてはならないということです。経済学部の一般的なコースワークで学ぶ経済学の基本的な枠組みだけで理解・説明しようとすると、行き詰まってしまう場合があります。今の地方創生の政策を考える時でも、基本的な経済の知識だけでは説明できない部分があると思います。研究者は、最先端の研究を説明、解説していかなければならない。政策を作る側も、今何が最先端で議論されているのか、情報を仕入れていくことが重要だと思います。(注1

中島:
空間経済学自体が、経済学の長い歴史の中で新しい分野であり、複雑な経済モデルを作り解析するなど、高度な経済学の知識だけではなく、数理的な知識も必要になると思います。近藤さんは、どのような背景で空間経済学を勉強しようと思ったのでしょうか。

近藤:
学部の時はスペイン語と言語学という、まったく経済学とは関係ないところから始まりました。スペイン語が話されているラテンアメリカの地域では、貧困の問題がありますから、そのような人達に何か貢献できることがあるのではないかと思い、開発経済学から入ったわけです。その中で産業クラスター政策について考えていくうちに、空間経済学が有用だと感じ勉強し始めた経緯があります。

空間経済学の観点でみるグローバル化の動向

中島:
ラテンアメリカのお話しがありましたが、最近メキシコは調子がいいようです。空間経済学から何か言えることはありますか。

近藤:
最近メキシコで、産業クラスターが活発に進んでいます。

中島:
NAFTAがあり、米国などとの分業も進んでいますよね。

近藤:
特に自動車産業のクラスター化が進んでいて、内陸のグアナファト州で起こっています。90年代、00年代初頭はアメリカとの国境付近に工場を作り、アメリカとの貿易というのが一般的だったのですが、自動車産業の集積はもう少し南下してきています。北部の治安問題や、中部において教育水準が高い労働者を確保できるのも南下している要因だと思います。また、北米向けだけでなく、今後メキシコが中南米向けの自動車輸出の拠点と考えているのも要因にあると思います。

メキシコの自動車産業クラスターを理解するキーワードは、規模の経済と生産ネットワークだと思っています。世界的に貿易費用が下がってきている中で、1つの場所でより多く生産することで効率的な生産活動を行うことができグローバル経済の中で競争力をつけていると思います。

またメキシコはNAFTAだけではなく、多くの中南米の国々とFTAを結んでいますので、生産ネットワークをメキシコ国内で構築し、その生産拠点からFTAネットワークを利用して製品を輸出するということになります。空間経済学でいうと、輸送費用の低下が進むことで今まさに集積が進んでいる最中だと思います。産業集積がさらに産業集積を呼び込み、規模が大きくなっていくという状況は、空間経済学の相互循環するメカニズムで説明されると思います。

中島:
空間経済学の分析から言えば、世界はもっとグローバル化して、障壁や関税も非関税障壁もなくなったほうが全体として成長力が高まるという見方でよろしいのでしょうか。

近藤:
国際貿易の研究から見ても、グローバル化によって全体として貿易の利益が生じると思います。空間経済学の観点から新たに示唆があるとすると、人の移動というのが重要な視点になってきます。そこで、労働者がどこからどこへ動くのかが問題となってきますが、伝統的な国際貿易の中では、人が動かないというのが前提となっています。労働者は消費者でもあり、労働を供給して、賃金を得て、その賃金で財・サービスを購入するわけです。仮に人々が自由に国境を越えて移動できるとすると、たとえば、日本からアメリカに多くの人たちが移ってしまうことも起こり得て、日本経済の規模は小さくなっていく可能性もありえます。まさに、今の日本の地域と都市で考えているような問題が、国際的にも起こりえます。今のところ、国際的な人の移動は制度的・言語的等の要因から日本ではまだ容易ではないので、あまり考えられていないわけです。

空間経済学は、93年に欧州連合が発足したように、 ヨーロッパの国々が国境を取り払ってアメリカのような一種のヨーロッパ合衆国を作る状況になった際に、人が自由に国境を越えて移動できるようになると人口・産業構造がどう変わるのかという議論から始まっているところもあります。今後のグローバル化が貿易の自由化だけでなく国際的な人の移動でも起こった場合にどうなるのかという視点で将来を見据えないと、つまり、国内の都市・地域問題のみに視野が狭まってしまうと、世界的な競争力という点で日本経済は今後衰退しかねないと危惧しています。

今後の展望

中島:
難しい分野ではありますが、これからどう研究を広げていくのか、教えてください。

近藤:
今考えているのは、都市賃金の話です。大都市ではより高い賃金が得られることが知られており、都市賃金プレミアムと言われています。集積の経済の便益として考えられていますが、どのように便益が生じて労働者がプレミアムを受け取っているのかというメカニズムについて実証分析はまだまだ始まったばかりです。そのメカニズムを、企業と労働者の情報をマッチさせて検証できるのではないかと考えております。

中島:
それによって、どういうことがわかってくるのでしょうか。

近藤:
伝統的な集積の経済は、企業の生産性が高くなることを通じて賃金水準も高くなると考えています。一方で、規模の経済を考えた場合、生産技術は企業間で全く同じでも、需要が増えるほど、収益が高くなり結果として生産性は高くなります。つまり、生産性向上の結果として高い賃金がもたらされているのか、もしくは規模の経済を通じて事後的に生産性と賃金が同時に高くなっているのかという仮説を識別できるのではないかと考えています。

企業の生産性が上がったから賃金が上がったという因果関係ではなく、もっと別の要因があって、それが賃金を上げると同時に生産性も上げているとすると、政策的にターゲットとするところが変わってくるはずです。生産性向上と賃金上昇の議論が政府内で高まっていると思いますが、両者の間の関係をより密接につなげた議論ができるのではないかと思っています。

中島:
今の日本の場合、企業収益が上がっても、賃金はなかなか上がらないという状況にありますからね。そこに道筋が出てくるといいと思います。今後ともぜひ頑張ってください。ありがとうございました。

近藤:
ありがとうございました。

中島・近藤2ショット写真
2016年6月21日開催
2016年8月24日掲載
脚注
  1. ^ 最先端の経済学の動向について以下の著書をお勧めする。ダイアン・コイル著、『ソウルフルな経済学―格闘する最新経済学が1冊でわかる』、インターシフト、合同出版、2008年。

2016年8月24日掲載