新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

人口の地方分散は有効な出生率向上策か?

森川 正之
理事・副所長

2016年の経済政策は、「新・三本の矢」の理念に沿って進められていくと予想される。そこでは、GDP600兆円とともに(希望)出生率の1.8への回復が重要な数値目標となっている。最近、日本の総人口が減少する中、大都市圏の低い出生率、地方圏の高い出生率に着目して、人口減少に歯止めをかける手段として地方分散が論じられることが少なくない。人口の地方分散は有効な少子化対策たりうるのかどうか、改めて考えてみたい。

大都市圏への人口集中は出生率の低下をもたらすか?

地方分散による出生率向上という議論の主な根拠は、人口密度と出生率の間に観察される負の相関関係である。たしかに、1960年~2010年の5年毎の都道府県データで、各都道府県の合計特殊出生率(TFR)を人口密度と年次で説明するクロスセクションの回帰分析(OLS)を行うと、人口密度が高いほど出生率が低いという相関が存在する(表1A-(1)参照)。ただし、これは価値観や文化的伝統の違いなどさまざまな地域特性に起因する見せかけの相関かも知れない。そこで、都道府県固有の諸要因を考慮した固定効果(FE)推計を行うと、やはり人口密度が高くなると出生率が低くなるという負の関係が観察される(表1A-(2)参照)。

しかし、日本の出生率低下が深刻化した1990年以降の20年間に限って同様の推計を行ったところ、クロスセクションでは依然として有意な負の関係が見られるものの、都道府県固有の特性を考慮したFE推計では、人口密度の係数は負から正へと符号が逆転する(表1B-(2)参照)。つまり、近年に限って見ると、ある県の人口密度が高く(低く)なるほどTFRが高く(低く)なるという関係になっている。

表1:人口密度とTFRの関係
推計期間(1) OLS(2) FE
A. 1960-2010-0.0501***
(0.0064)
-0.1623***
(0.0414)
B. 1990-2010-0.0663***
(0.0076)
0.2483**
(0.1032)
(注)5年毎の都道府県パネルデータによるOLS(最小二乗法)およびFE(固定効果)推計。被説明変数はTFR、説明変数は人口密度(対数)および年次ダミー。カッコ内は標準誤差。***は1%水準、**は5%水準で統計的に有意。

筆者は、この単純な推計結果について、人口を大都市に集中させるほど出生率が高くなるなどと解釈するつもりはない。産業構造、自営業比率、三世代同居・近居といった時系列的に変化しているさまざまな要因の影響がありうるし、集計データでは人々の地理的移動に起因する選別バイアスの可能性も排除できない。しかし、この結果は人口集積以外の諸要因が出生率の地域差の背後にあることを示しており、少なくともクロスセクションでの単純な相関関係に基づいて、政策上の重要な判断を行うことの危険性を示唆している。

人口分布と日本全体のTFRの定量的な関係

出生率の決定要因については、多くの理論・実証研究が行われてきている。代表的なサーベイ論文に基づいて、都市化など地理的要因の影響を見ると、人口密度や住宅価格は出生率の時系列的な変化や国による違いとは関係がないと総括しているもの(Feyrer et al., 2008)がある一方、都市化に伴う住宅価格の変化が出生率に関係していると結論しているものもあり(Guinnane, 2011)、残念ながら頑健な実証的事実があるとは言い難い現状にある。

しかし、日本について言えば、都道府県別・年度別のデータを丁寧に見ると、都道府県を問わず長期・時系列的なTFR低下トレンドが近年の低出生率の支配的な要因であり、都市集中の影響はあったとしても定量的には非常に小さい。たとえば、2010年の都道府県の人口構成比が、仮にTFRが2を超えていた1970年(TFR2.13)と同じだったとして機械的に計算すると、2010年のTFRは1.40と実績値(1.39)とほとんど違わない。日本全体のTFR低下(この間▲0.74ポイント)に対する都道府県間の人口構成変化(再配分効果)の寄与度は▲0.01ポイント(寄与率約2%)に過ぎず、ほとんどは全国を通じた出生率の低下トレンド(内部効果)である(表2参照)。

表2:TFR低下の要因分解
TFR低下再配分効果内部効果
1970~2010▲0.74▲0.01▲0.73
1990~2010▲0.15▲0.01▲0.14
(注)再配分効果は都道府県の人口シェアが期首年と同じだったと仮定した場合の2010年のTFRと実績値の差。内部効果は各都道府県の出生率低下の寄与度。

逆に言えば、東京圏をはじめとする大都市から地方への人口分散により、仮に1970年頃の人口分布に戻すことができたとしても、TFRを0.01ポイント程度高める効果を持つにとどまる。日本全体の出生率を1.8程度まで大幅に引き上げるために有効な政策を立案しようとするならば、9割以上の寄与率を占める各地域共通の時系列的な要因を探り、そこにターゲットした政策を採ることが必要である。

生産性向上との両立のためのポリシー・ミックス

都市型産業という性格を持つサービス産業のシェア拡大という産業構造のシフトは、人口の地理的分布と深く関わっている。1990年代半ば頃から東京圏の中でも東京都への人口集中が顕著になっているが、これはサービス産業拡大の加速とタイミング的に符合している。サービス経済化は経済活動の都市集中をもたらし、都市化が多様なサービスを生み出すという双方向の関係がある。

そして、「生産と消費の同時性」という特徴を持つサービス産業の生産性は、人口密度と強く関連しており、大都市ほど高い傾向が製造業に比べて顕著である(森川, 2014)。また、日本経済の将来を担う知識・情報集約型サービス産業では、立地場所の雇用密度の高さが生産性を左右する(森川, 2015)。したがって、日本の総人口が減少する中、潜在成長率を高めるカギとなっているサービス産業の生産性向上にとっては、人口稠密な大都市への経済集積が望ましい。

前述の通り、人口集積が出生率に対して負の因果関係を持つのかどうか確定的なことは言えないが、仮にそうした関係があるとすれば、サービス産業の生産性向上という成長政策と出生率の引き上げとはトレードオフを孕むことになる。その場合、異なる複数の政策目標に対しては異なる複数の政策手段を割り当てることが、「政策割当の原則」に沿った対応である。すなわち、人口集積を通じた経済効率の向上を図りつつ、出生率の回復という目標に対しては、地方分散という間接的手段ではなく、人口集積地に重点を置いて、出生率に直接効く可能性が高い公共政策(保育所の整備、公教育の充実、通勤インフラの改善等)を割り当てることが適切なポリシー・ミックスということになる。女性の就労と子育ての両立についても同様の議論が可能である(森川, 2016)。

最近公表された「一億総活躍社会緊急対策」は、出生率向上につながる対策として、若者の雇用安定、保育サービスの充実、三世代同居・近居の環境整備、奨学金の充実といった施策を挙げており、総じて適切な方向性だと評価できる。

2015年12月21日掲載
参照文献
  • Feyrer, James, Bruce Sacerdote, and Ariel Dora Stern (2008), "Will the Stork Return to Europe and Japan? Understanding Fertility within Developed Nations," Journal of Economic Perspectives, Vol. 22, No. 3, pp. 3-22.
  • Guinnane, Timothy W. (2011), "The Historical Fertility Transition: A Guide for Economists," Journal of Economic Literature, Vol. 49, No. 3, pp. 589-614.
  • 森川正之 (2014), 『サービス産業の生産性分析:ミクロデータによる実証』, 日本評論社.
  • 森川正之 (2015), 「知識・情報集約型サービス業の立地と生産性」, RIETI Discussion Paper, 15-J-050.
  • 森川正之 (2016), 「サービス産業の生産性と労働市場」, 『日本労働研究雑誌』, 近刊.

2015年12月21日掲載

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