新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

「IoTによる生産性革命」を全国津々浦々にまで広めるために

岩本 晃一
上席研究員

今のIoTブームは東京だけの現象

地方からの依頼で講演のため地方に出張することがよくある。その際のエピソードをいくつか紹介する。札幌に出張したとき、今、IoT/Industrie4.0をテーマに講演会が開かれると、どのくらいの人が集まるのかと聞いたところ、札幌ではそのテーマで講演会が開かれたとは聞いたことがなく、おそらく誰も集まらないだろうとの返事が返ってきた。そこで、私から、いま東京でこの種の講演会があると、軽く500人は集まり、先日の日立製作所社長の講演では1000人が、GE日本代表の後援会には3000人が集まったと言ったところ、むしろ先方の方がとても驚いていた。

ある地方都市の講演会終了後の懇親会で、IoTについて会話をしていたところ、ある人は「この地域の企業は、IoTブームが早く過ぎて過ぎ去ってほしいと頭を低くして耐えている」とおっしゃった。また、ある地方自治体の幹部の方が、東京で聞いたIoTの話を地元に持ち帰って役所の中で話をしたところ、あの人は東京で変な話を吹き込まれた、誰かに騙されたのではないか、と言われたとのことだった。

私のこうした経験から言えば、今のIoTブームは、関東圏だけ、もし仮にもう少し広めにとったとしても、三大都市圏だけの現象というのが私の見方である。このままでは、IoTシステムが東京の大企業だけに導入されただけで終わってしまい、日本全国にまで広く浸透することなく、安倍政権が「新三本の矢」のなかで掲げる「IoTによる生産性革命」が遠い夢物語となってしまう。

だがかつて、オフィスにパソコンが導入され、やがてインターネットに接続され、それを使うビジネスが当たり前になっていった歴史を我々は経験している。当時、パソコンが怖くて使えなかった人は知らない間にどこかに異動し消えていなくなってしまった。いま、世界中であらゆる分野に押し寄せているネット化の波は、頭を低くして耐えてやり過ごせばよいというものではない。このネット化の流れに追従しなければ、単に世界から取り残されるだけなのである。

IoTは中小企業と農業にこそ最も効果が大きい

大企業はこれまで効率化を追求してきたので、多額の投資をしてIoTシステムを導入したとしても生産性向上はせいぜい数割程度であろう。富士通は2割、オムロンは3割、コマツは5割の生産性向上を実現するという数字が新聞記事に載っている。

だが、これまでさしたる効率化に取り組んでこなかった中小企業や農業がIoTを導入すれば、生産性向上は数倍に達する可能性がある。しかも投資額は数百万円程度でしかない。

日本で最も成功した中小企業と農業の事例-山口県旭酒造のケース

旭酒造はかつて山口県で4位の酒造メーカーであったが、経営が悪化し、杜氏に逃げられた。桜井社長は従来から杜氏が酒造りのノウハウをブラックボックス化していたことに疑問を持っていたため、杜氏がいなくなったのを機に、「理論とデータによるサイエンス」で酒造りをすることにした。すなわち、工場内のあらゆる工程にセンサー、ライブカメラ、計測器を設置してデータを計測し、美味しい日本酒が出来るとされる理論に忠実に作ったところ、正に美味しい日本酒が出来た。しかも品質・生産量が一定化し、量産が可能になった。そうして出来上がった「獺祭」720mlは3万円で売られ、2014年に米国オバマ大統領が来日した際に安倍総理がプレゼントしたのも「獺祭」であった。2014年9月期の売上高は前年比26%増となった。

旭酒造の工場内の様子
旭酒造の工場内の様子
出典)富士通

また、品質の高い日本酒を安定的に供給するためには、原料となる「山田錦」も安定的な供給が必要となる。そのため、水田のなかにセンサーを置き、気温、湿度、土壌温度、土壌水分などを1時間おきに計測し、携帯電話でデータを送信し、状態を管理する。栄養分が不足していることがわかると直ちに水田に肥料を撒く。

水田に設置されているセンサーと発信器
水田に設置されているセンサーと発信器
出典)富士通

当地で導入されているシステムの概念図を描くと以下のようになる。本システムはとてもシンプルであり、中小企業であっても十分に対応可能である。

旭酒造及び山田錦のシステム
1個のセンサーと1個の携帯電話
1個のセンサーと1個の携帯電話

以上からおわかりのように、IoTシステムは、単純化して言うなら、「1個のセンサーと1個の携帯電話」から構築可能である。これなら投資額は数十万円程度であろう。わずかこれだけのことで、企業の売りげが飛躍的に伸びる可能性がある。

TPPにより市場開放が行われ、大きな影響が予想される品目にとって、いま最も重要なことは、これら品目の産業競争力を強化することである。IoTはそのための大きな手段となりえるだろう。

私の体験から

私事で恐縮だが、私は過疎化が進んだ9000人の町の母子家庭で生まれ育った。家が農家だったので、大学に進学して家を出るまで、泥だらけになりながら田植えや稲刈りをした。母は私に、農家を継いでは駄目だ、これからの時代は勉強して大学に行かなければならない、というのが口癖で、私は大嫌いな勉強を泣きながらやらされた。大学卒業後、東京で就職し、東京の人々の生活を見るにつけても、親が我が子に、家の家業を継いでは駄目だといいながら子育てする「日本の農業」とは一体何なのか、ずっと考え続けてきた。そして田舎を出て約30年経った今、ようやく結論にたどりついた。

「普通の若者が喜んで参入するような農業の形に変えなければ、日本の農業に将来はない」というのが私の結論である。

2015年12月21日掲載

2015年12月21日掲載

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