新春特別コラム:2010年の日本経済を読む

新政権下における労働・雇用政策をどう考えるか
派遣労働者への対応を中心に

鶴 光太郎
上席研究員

2009年12月28日、厚生労働省の労働政策審議会労働力需給制度部会は次期通常国会に提出予定の労働者派遣法改正法案の内容について、民主党のマニフェスト、与党三党合意にも含まれていた、日雇い派遣を含む登録型派遣(注1)の原則禁止、製造業派遣の原則禁止などを内容とする部会報告を公表した。

労働政策審議会労働力需給制度部会の論点

部会での論点整理をみると、派遣切りにみられる雇用の不安定、登録型派遣では派遣契約期間と労働契約期間の一致し本来の派遣の趣旨から逸脱していること、製造業派遣によるものづくり現場力の低下、労災の多発などが禁止賛成理由として挙げられていた。一方、禁止反対理由として、労働者のニーズへの対応、中小企業の人材確保、需要への即応などが困難になること、失業増大、海外への生産拠点シフト、派遣会社の雇用喪失などが指摘され、労使間の対立が続いてきた。

部会報告では、意見の集約を図るために、(1)禁止の例外、(2)施行期日や追加的な暫定措置など盛り込んでいる。具体的には、前者については、常用以外の労働者派遣を禁止するところ、専門26業務、産前産後休業・育児休業・介護休業取得者の代替要員派遣については常用雇用以外の労働者派遣を認めるとともに、製造業派遣も常用雇用であれば認めるものである。後者については、施行期日について、登録型派遣と製造業派遣の原則禁止は施行まで改正法公布日から3年以内という猶予期間を設け、更に、登録型派遣で比較的問題が少なく労働者のニーズがある業務への労働者派遣については禁止適用を施行日から更に2年後まで、最長で計5年間適用を猶予できるようにしている。

こうした例外・猶予措置は登録型派遣原則禁止への反対や直接的な影響を少しでも緩和しようとする苦肉の策と思われる。しかし、例外・猶予措置を幅広く認めれば、そもそもなぜこうした形態の派遣の禁止が必要なのか、また、他の措置ではなく禁止という措置でなければ問題解決ができないのか、という根本的な疑問に立ち戻ってしまう。派遣労働者を含めた非正規労働者と正規労働者とに労働市場が分断されるという、「労働市場の二極化」現象の進行とそれに起因した格差問題は旧政権では問題視されてきたにもかかわらず抜本的な改革は手つかずであった。したがって、新政権がこの問題に本腰を入れて取り組んでくれるのではないかという国民の期待は大きく、新政権の責任もそれだけ重大といえる。

そうした国民の声に真摯に答えるためには、新政権はその場限りの対症療法を取るのではなく、本質を見極めた包括的・長期的な雇用・労働改革を志向すべきである。

「働き方改革元年」になることを期待したい2010年

非正規雇用が議論される場合、今回に限らず派遣という形態が問題視される場合が多い。しかし、派遣か否かは、多様な非正規雇用形態を決めるひとつの「軸」に過ぎない。非正規雇用の形態を決める軸は、この「雇用関係の軸」(勤め先と同じ(直接雇用)or勤め先と異なる(派遣・請負))以外に、「労働時間の軸」(フルタイム又はパート)、「契約期間の軸」(期間の定めなし又は有期)、「指揮命令の軸」(勤め先と同じ(直接雇用・派遣)or異なる(請負))がある。したがって、政策対応を考える際には、まず、非正規性を特徴付けるどの「軸」が問題なのかを正確に捉える必要がある。

今回の登録型派遣、製造業派遣の原則禁止はそもそも「派遣切り」などの雇用の不安定とその副次的悪影響(技能伝承の難しさ)が背景となっている。それならば、派遣という「雇用関係の軸」ではなく、そもそも有期雇用、つまり、「契約期間の軸」の問題として捉えるべきだったはずだ。非正規労働が主婦のパートや学生のアルバイトが中心であった時代に比べ、世帯の主たる働き手において有期雇用が増加している現状では雇用不安定の問題は格段に大きくなっている。2009年にRIETIが実施した「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」(注2)を分析すると、非正規労働者の主観的幸福度(0~10)は概ね雇用契約期間が長いほど高くなり(図)、暫定的な分析ではあるものの、主観的な幸福度との関係は他の非正規雇用を特徴付ける「軸」に比べても、より強い「軸」であることが明らかになった。

図 非正規雇用労働者の主観的幸福度(縦軸:0~10)と雇用契約期間(横軸)との関係
図 非正規雇用労働者の主観的幸福度と雇用契約期間との関係
出所:RIETI「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」より作成

それではなぜ、派遣という形態が問題にされるのか。それは90年代以降の労働・雇用政策の中で規制緩和がはっきりと進んだのは派遣労働の分野であり、旧自民党政権時代の政策を批判するには派遣を持ち出すのが好都合であるという政治的な思惑が影響しているかもしれない。しかし、こうした規制緩和だけで有期を中心とする非正規雇用の増大を説明することは難しい。むしろ、日本の場合、有期雇用に関する規制は元来それほど強くはなく、経済状況いかんによってはそれが容易に上昇していく土壌が日本の労働市場には元来備わっていたと考えるべきである。OECDが公表している加盟国の雇用保護指数をみると、正規雇用について日本は雇用保護の強さが中程度のグループに属するが、有期雇用については雇用保護が非常に弱い英語圏の国を除くと以前から最も弱いグループに属していた(注3)。ヨーロッパではドイツ、フランスのように有期雇用の締結自体に合理的、客観的理由(臨時的業務、一時休業の代替、試用など)を要求する入り口規制をかけている国も多い。

したがって、有期雇用を問題視するならば、派遣だけでなく有期雇用全体に対してヨーロッパ型の入り口規制を強めるか、または、その弊害が大きいと考えるならば、有期雇用の締結は自由に認めるとしても、雇用期間中の待遇や雇い止めの際の対応について労働者側の納得感が得られるような措置をいかに体系的に構築するかが必要となる。たとえば、有期雇用労働者に対してもスキルアップに向けたインセンティブが高まるような雇用期間中の年功的な待遇(期間比例の原則適用)、雇い止めの際における広い意味での金銭解決の活用、職探しの支援など、検討すべきテーマは多岐にわたる。厚労省も有期労働研究会を2009年初頭から立ち上げ、有期労働契約のあり方を検討し始めているが、労働市場の二極化問題の包括的な解決のためには、広範な視点から議論を加速させて、改革に繋げていくことが重要だ。2010年が真の意味での「働き方改革元年」になることを期待したい。

2010年1月5日
脚注

  1. 派遣先への派遣期間が派遣元との労働契約の期間と一致するような派遣形態。派遣労働者は、派遣元(派遣会社)に登録し、派遣就労することになった時点で派遣元と期間を定めた労働契約(有期雇用契約)を締結し、派遣が終われば、派遣元との労働契約も終了し、登録状態に戻る。
  2. 筆者と大竹文雄氏(大阪大学)、奥平寛子氏(岡山大学)、久米功一氏(経済産業省)との共同研究
  3. OECD加盟国のうち、90年代以降加盟した国々でかつデータが入手可能な22カ国中の順位をみると、正規雇用の雇用保護の強さは90年1.9(平均2.1)、08年1.9(平均2.0)といずれも12位であり、ほぼ真ん中に位置するが、有期雇用でみると90年1.8(平均2.5)、08年1.0(平均1.8)でそれぞれ14位、16位であり、雇用保護がほとんどない英語圏の国を除くと最も雇用保護が弱い国のグループに属する。

2010年1月5日掲載

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