AI時代の経済学③:完全自動化社会の貯蓄と投資

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

これまでのコラムでは、人工知能(AI)やロボットが社会に必要な財やサービスのほぼすべてを生産できる「完全自動化社会」を思考実験として考えてきた。第1回では所得分配、第2回では自由になった時間の使い方と「参加と共創」を取り上げた。今回は、もう少し長い時間軸で、貯蓄と投資について考えてみたい。

完全自動化社会における貯蓄

私たちは老後や失業、病気に備え、住宅や自動車を買うために貯蓄する。経済学では、生涯にわたって消費を平準化するライフサイクル仮説(Modigliani and Brumberg, 1954)や、不確実性に備える予備的貯蓄(Kimball, 1990)、所得変動に備えるバッファーストック貯蓄(Carroll, 1997)などが、こうした行動を説明してきた。

しかし完全自動化社会で、生活に必要な財やサービスへのアクセスが労働所得から切り離されれば、失業や退職に備える貯蓄の必要性は小さくなる。将来の労働所得を前借りする住宅ローンなどの借金の役割も弱まるかもしれない。

さらに、シェアリングエコノミーが進めば、住宅や自動車などを「所有するため」に長期間貯蓄したり借金したりする必要も小さくなる。必要なときにサービスへアクセスできればよいからである。

災害への備えも変わる。現状では地震の直前予知は困難とされるが、この思考実験では、地震の発生や台風の進路も十分早く高い精度で予測できるとしよう。災害そのものを制御できなくても、必要な物資や復旧ロボットを事前に配置できれば、「念のため蓄えておく」ことから、予測に基づいて資源を動かすことへ重心が移る。

完全自動化社会における投資

貯蓄の必要性が小さくなっても、投資の必要性はなくならない。両者は経済的な機能が異なるからである。貯蓄が現在の購買力を将来へ移す機能だとすれば、投資は現在の資源を使って将来の生産能力を構築する機能である。

完全自動化社会においても、発電所、データセンター、ロボット、住宅などの有形固定資産は更新し続けなければならない。ただし、既存の技術、需要、価格、設備の耐用年数などが分かっていれば、どの設備をいつ、どれだけ更新するかは、複雑ではあっても動学的な最適化問題に帰着する。

企業の投資については、資本の使用者費用から望ましい資本ストックを考える Jorgenson (1963) の新古典派投資理論や、最適な資本蓄積とq理論の関係を整理し、一定の条件のもとで限界qと観測可能な平均qが一致することを示した Hayashi (1982) など、長い研究の蓄積がある。

この種の投資判断は、AIや数理最適化が得意とする領域だろう。需要や故障確率、資源制約を計算し、最適な更新計画を立てる。災害への備えも、予測が十分正確なら同じである。物的投資がなくなるのではない。それは次第に、自動化された経済システムを維持する「日常運転」の一部になっていくと考えられる。

一方、投資の対象は機械や建物だけではない。ソフトウエア、データベース、研究開発、組織能力などの無形資産も重要な資本である(Corrado, Hulten and Sichel, 2005)。 とりわけ研究開発やイノベーションへの投資は、通常の物的投資とは性質が違う。何を研究すればよいのか、何が成功するのか、成功した技術が何に使われるのかは、最初から分かっているとは限らない。既存の生産能力を増やすというより、生産可能性フロンティアを広げ、ときには経済の選択肢そのものを変える投資である。

完全自動化社会では、情報収集、分析、設計、プログラミングなどの多くをAIが担うようになるだろう。人間は、これまでより自由に新しいことを試せるようになるかもしれない。前回取り上げた「参加と共創」も、新しい知識やアイデアを生み出す活動になり得る。

ここで思い出されるのがシュンペーターである。『経済発展の理論』で、彼は既知の欲求、技術、生産方法のもとで経済が繰り返される「循環」と、「新結合」による経済発展を区別した(Schumpeter, 1934)。

未来への投資――科研費申請はなくなるのか?

未来への投資先を選ぶという問題の、身近な例が科研費である。この原稿を書いている9月、日本では多くの研究者が科研費の申請作業に追われている。科研費という制度は、見方を変えれば、限られた研究資源を将来のどの可能性に振り向けるかを決める仕組みでもある。

完全自動化社会になれば、申請書を書く作業そのものはAIによってほとんど自動化されるだろう。しかし、実験設備、計算資源、エネルギーなどが有限である限り、「どの研究に資源を投じるか」という問題は残る。

AIはシュンペーターのいう「循環」に相当する部分の多くを自動運転できるかもしれない。しかし、循環を最適化することと、「新結合」を生み出すことは同じではない。そして、新結合を実現するには、限られた資源を新しい用途へ振り向けなければならない。

人間とAIが生み出す可能性が増えるほど、どの可能性に資源を投じるのかという問題は、むしろ難しくなるのかもしれない。

完全自動化社会で、科研費申請はなくなるのか。次回は、この問いから「イノベーション」について考えてみたい。

参考文献
  • Schumpeter, J. A. (1934) The Theory of Economic Development: An Inquiry into Profits, Capital, Credit, Interest, and the Business Cycle, Harvard University Press.
  • Modigliani, F. and Brumberg, R. (1954) “Utility Analysis and the Consumption Function: An Interpretation of Cross-Section Data,” in K. K. Kurihara (ed.), Post-Keynesian Economics, Rutgers University Press, 388–436.
  • Jorgenson, D. W. (1963) “Capital Theory and Investment Behavior,” American Economic Review, 53(2), 247–259.
  • Hayashi, F. (1982) “Tobin’s Marginal q and Average q: A Neoclassical Interpretation,” Econometrica, 50(1), 213–224.
  • Kimball, M. S. (1990) “Precautionary Saving in the Small and in the Large,” Econometrica, 58(1), 53–73.
  • Carroll, C. D. (1997) “Buffer-Stock Saving and the Life Cycle/Permanent Income Hypothesis,” Quarterly Journal of Economics, 112(1), 1–55.
  • Corrado, C., Hulten, C. and Sichel, D. (2005) “Measuring Capital and Technology: An Expanded Framework,” in C. Corrado, J. Haltiwanger and D. Sichel (eds.), Measuring Capital in the New Economy, University of Chicago Press, 11–46.

2026年10月9日掲載