熊本震災から学ぶ防災シリーズ 番外編

2026年ネパール土砂・洪水災害:壊れた場所と、困る場所は違う

馬奈木 俊介
ファカルティフェロー

2026年8月26日の朝、ネパール北部ラスワ郡の標高5,000メートル付近で、幅1キロを超える岩と氷の塊が崩れた。崩落は谷を駆け下り、前年の氷河湖決壊で溜まっていた土砂に当たって、川を一時的にせき止めた。その天然のダムが破れると、土砂を含んだ水の波がボテコシ川からトリシュリ川へ抜け、130キロ以上下流まで達した。

被害をもたらしたのは単一の災害ではなかった。氷が崩れ、土砂が川をふさぎ、ダムが破れ、洪水が起き、道が消えた。ひとつの出来事が次の出来事を引き起こす。こうした災害を「連鎖型」と呼ぶ。

私の研究室は株式会社aiESG、アジア開発銀行研究所と共同で、この災害で何が壊れ、その結果としてどの人々の生活に影響を及ぼしたのかを、衛星観測と他の入手可能な統計から推計した。対象はラスワ、ヌワコット、ダディンの3郡、32の地方自治体、767の集落である。

結論から書く。壊れた(インフラ等の破損があった)場所と、困る(支援を必要とする)場所は、同じではなかった。

直接の被災は8集落、孤立したのは13,906人

まず、どこが壊れたのかを確かめた。複数の独立した情報源が一致する範囲、つまり最も確実な被災範囲は20.4平方キロメートルだった。そこには8,033人、道路96.6キロ、建物2,871棟、橋62本、医療・緊急施設27カ所、そして集落八つが含まれる。

問題はここからである。失われた道路を道路網に及ぼす影響を分析すると、新たに完全に孤立する住民は13,906人にのぼった。被災範囲の内側にいた8,033人より多い。さらに24,488人が、孤立はしないものの5分を超える遅れを負う。遅れを人数と時間の積で足し合わせると、540,233人・分になる。

孤立した集落の多くは、壊れた場所から離れていた。北部の谷筋には迂回(うかい)路がほとんどない。だから、どこか一カ所が途絶されると、その先の集落がまとめて外れる。逆に南部では道路が維持されているため、遠回りにはなるが、つながりは保たれている。

被害の写真は、壊れた場所しか写さない。孤立は、そこには写らない。

図1 道路の途絶と、サービスへの到達性の喪失
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図1 道路の途絶と、サービスへの到達性の喪失
aは被災の証拠と結びついた道路の閉鎖箇所、bは災害前の医療・緊急施設への到達時間、cは途絶後の遅れと、新たに孤立した集落を示す。

194本のうち、復旧すべき道は2本だった

では、どこから復旧すればよいのか。

途絶した道路を194の区間に分け、1本ずつ「これを開けた(通れるようにした)場合に何人の救助につながるか」を推計した。効果が大きいのは、たった2区間だった。

しかも、その2本は役割が違う。ひとつはパサン・ラム・ハイウェイの一区間で、開ければ一つの集落、2,678人が再び外部とつながることになる。ただし、すでにハイウェイとつながっている人の移動時間はまったく短くならない。もうひとつは名前のない道路区間で、こちらは孤立を1件も解消しないかわりに、121,986人・分の移動時間の遅れを取り除く。

つなぎ直す道と、短くする道。同じ「復旧」でも、効果が別である。

さらに、この2本を同時に開けた条件下で経路計算を再実施し、さらに3本目および5本目を追加した場合について検討した。追加の効果はゼロだった。2本で頭打ちになる。予算がついた分だけ順に直していけばよい、という発想が、必ずしも効果に結びつかないことを意味する。

もちろん、これは通行のしやすさだけを見た推計である。工事が可能か、何日かかるか、いくらかかるか、作業員の安全は確保できるか。それらはこの推計には含まれていない。だが、どの2本を先に技術調査すべきかは、これで決まる。

図2 道路復旧候補の絞り込みと、組み合わせたときの効果
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図2 道路復旧候補の絞り込みと、組み合わせたときの効果
aは検討した道路区間と対象人口、bは「孤立の解消」と「遅れの短縮」を区間ごとに分けて示す。cは1本・2本・3本・5本を同時に開けた場合を比較し、2本で効果が頭打ちになることを示す。

「192通り検討しました」は、192通りではない

私たちは、前提の置き方を変えて192通りの計算をした。被災範囲をどこまで広く取るか、施設が動いているとみなすか、集落を道路にどう結びつけるか、といった選択の組み合わせである。

ところが、実際には、得られた結果は10通りにとどまった。残りの182通りは、いずれかの結果と重複していた。

内訳を見ると、被災範囲の線引き、施設の稼働状況、集落の結びつけ方は、確かに結果を変える。一方で、道路の閉鎖ルールを変えると最大147本の道路が開いたり閉じたりするのに、住民のアクセスの結果はまったく変化はなかった。動かした道路が、そもそも誰の移動経路にもなっていなかったためである。

地味だが、重要なことだと考えている。「多くのシナリオを検討しました」という言葉は、検討の量を表しているようで、実は何も表していない。効果のある前提と効果のない前提を分けて示さなければ、分析の厚みは水増しされる。

同じことは優先順位にも言える。優先度の上位4集落——デビガット、バインセ、ナウビセファット、ベトラワティ——は、どの前提を置いても順位が動かなかった。人口の割り当て方を変えても、重み付けを変えても動かない。ところが7位以下は7位から9位を行き来し、10位に至っては前提次第で3回に1回しか上位10に残らない。

だから現地に人を送るなら、動かない上位から行く。下位は、確かめに行く前に、前提そのものを疑ったほうがよい。

図3 集落ごとの被災・孤立と、介入の優先順位
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図3 集落ごとの被災・孤立と、介入の優先順位
aは被災の証拠と集落の推計人口、bは到達性の喪失と孤立、cは三つの要素を合成した優先度、dは郡単位の社会指標を加えたときの順位の動きを示す。

社会的な条件についても同じ前提をとった。この地域では、事前の警報を受け取れていなかった住民が96.1%から98.1%、防災の取り組みに参加したことがない住民が75.3%から86.0%にのぼる。厳しい数字である。だが、これは郡や生態帯という広い単位でしか得られない。とくにラスワ郡は調査地点が一つしかなく、誤差の幅すら計算できなかった。そこで私たちは、この指標を優先順位の本体には入れず、参考の感度分析として別に示した。数字がないことを、数字があるように見せないためである。

災害支援の資源配分は、しばしば被害額や全壊棟数で決まる。だがこの分析が示したのは、壊れた量と、生活が止まる量が一致しないということだった。橋が1本落ちれば、その先の集落は無傷でも病院に行けない。

必要なのは、被害を数えることではない。誰が、何から切り離されたのかを数えることである。そしてそれは、現地に入る前に、衛星と公開データから見積もることができる。

ただし、これは推計であって観測ではない。道路が本当に通れないのか、施設が動いているのか、集落に人が残っているのかは、現地で確かめるしかない。この分析の役目は、答えを出すことではなく、限られた人と時間を、どこから確かめに行くかの順番を決めることである。

災害は繰り返される。次に問われるのは、どれだけ壊れたかではない。誰が、どこから切り離されたかである。

2026年10月2日掲載